「
インプラントを入れたら自分の歯と変わらない状態に回復できた」という、
インプラント経験者からの話はよく聞かれる。欠損歯の補綴として、「
入れ歯」「ブリッジ」「
インプラント」の中では、「
インプラント」が最上級の解決策と説く人も多い。しかし、「もり歯科」の森院長は、
「インプラントは確かに素晴らしいものだが、あくまで選択肢のひとつ。過度な期待は禁物」と言う。その真意のほどを詳しく伺ってみた。
Doctor’s Profile
森 悟
もり歯科 院長
2006年に姫路赤十字病院歯科口腔外科臨床研修医としてキャリアをスタートした後、愛知学院大学歯学部の顎口腔外科学講座助教、口腔インプラント科、顎変形症診療部と口腔外科、特に「顎の骨」に関するエキスパートとして経験を積む。2016年に博士(歯学)を取得し、同年に市立伊勢総合病院歯科口腔外科副部長となり、2019年5月「もり歯科」を開業。2019年現在、兵庫県内では唯一の口腔外科学会専門医・日本顎顔面インプラント学会専門医の資格を持つ開業医として活躍している。
欠損歯の治療にあたっては、やはりインプラントをご提案することが多いのでしょうか。
そんなことはありませんよ。お口の状態によりますが、ご希望を聞いて
入れ歯が適切という場合もありますし、それなら保険適応の範囲内で作ります。それで問題がなければ、自費診療を検討する必要もありません。まだ親知らずが残っているなら、自家
歯牙移植も検討できます。
安易にインプラントをすすめることはないですね。
患者さん本人が最初からインプラントを希望だったらどうでしょうか?
たとえば、下の歯が欠けている患者さんが「ここに
インプラントを入れて」とおっしゃっているとします。しかし
歯は「噛み合わせ」て機能します。もし噛み合う歯が弱っていれば、
インプラントを入れた途端に噛み合う上の歯がダメになります。すると、その上の歯も
インプラントにしなければいけなくなり、どんどん費用がかさんでしまいます。
患者さんの希望だからといって、その通りにするだけではいけないんですね。
そうですね。歯は全体のバランスで判断しなければなりません。患者さんは言う通りにしてくれる歯科医ではなく、「正しく総合的に判断できる知識と経験を持つ専門家」を頼っておられるはずです。
ほかに、治療前に明言されているようなことはありますか?
人工物である
インプラントが体になじむには、必然的に時間がかかります。ですから
「始めたら1~2年かかりますよ」と伝えます。もし「すぐだよ」とか「早い、安い、きれい」みたいなことを言う歯科医がいるなら、ちょっとそれは信じられないですね。また、
インプラントが一生涯必ず維持できるとも限りません。
インプラントは「費用が高い」ことで敬遠される方が多くおられます。
インプラント本体の原価がありますからね。実績のないメーカーなら1本数千円かもしれません。しかし実績あるトップメーカーだと1本数万円。一見高いと感じられるでしょう。しかし、歯を削ってブリッジを付けて、ブリッジが保たなくなって
入れ歯に…とするくらいなら、
最初にお金をかけてインプラントにした方が安かった、というのもよくある話です。
そのときだけの解決だけでなく、長い目で見ないといけないわけですね。
そうなんです。そして、
インプラントは数十年保つものでないといけません。私の場合は
「30年後も存続していると思えるインプラントメーカー」がひとつの基準になります。
30年とはまた長いですね。
よほど若い頃からでなければ、その頃には相当のご高齢でしょう。すると何らかの事情が起きて
インプラントを外さないといけないかもしれない。ところが
粗悪なメーカー製では、どうやっても外せない事態もありうるわけです。
なるほど……。それはちょっと怖いですね。
いくら原価が高くても、いつでも部品を取り寄せられ、ノウハウが確立している安心感は大切です。将来的に国内外どこでも対応できる可能性の高いものを選ぶのは、施術する歯科医としての誠意じゃないかと考えています。
先生はどちらのメーカーを選んでおられるのでしょうか?
当院は
「京セラ」の製品を使っています。急な仕様変更がなく、長期間にわたって部品在庫があるのが国内メーカーの良さです。最近はメーカー名や規格などを記録した「
インプラント手帳」というものがありますので、それを用意しているかどうかも選ぶ参考にしてください。
せっかくお金をかけてインプラントを入れたのに、「外れた」などのトラブルも聞きます。
私は年間100例程度の
インプラント治療をしています。
幸い治療したインプラントが取れたということは、今のところありませんので、成功率は100%になります。
取れてしまう原因は、きちんと顎の骨に固定されていないからです。歯が欠けて顎の骨が痩せていたら、
インプラントを入れる前に
骨造成をします。これは口腔外科の専門領域で、きちんと骨が増えているかは経験がないとわかりません。
何か検査機械で見れば一目瞭然、というわけではないのですか?
いや、わからないでしょうね。結果、骨に入ってないので外れる事故が起きるわけです。もちろん施術した当人に手抜きみたいな気持ちはないでしょう。何があるかというと、結局は経験の差ではないでしょうか。
では「口腔外科」で、さらに「経験を積んでいる」のが大切だと。
口腔外科って「うまく治っていない症例をなんとかする」という側面があるんです。当院でも、遠く九州で30年前に
インプラントを入れた方などがお見えになります。近隣ではお手上げだったそうです。つまり
インプラントを「取り扱っているか」ではなく、
「不測の事態を解決してくれるか」が大事。インプラントは外科手術ですから「口腔外科のスペシャリスト」かどうかがポイントでしょうね。
スペシャリストかどうか、私たち一般患者に判断できますか?
顎顔面インプラント専門医という資格があります。最近変わったんですが、2018年以前は口腔外科の認定医・専門医の資格がないと取れず、
公共性の高い医療機関で経験を積んだベテランだという証明ともいえます。
インプラントも自分の歯と同じで、突発的な事故で折れたり取れたりが起こり得ます。これに対処できる証として、資格の有無もひとつの基準でしょう。
一般的には、インプラントは見た目も機能も「自分の歯と同じ」というイメージがあります。
大学で働いていた頃から、
インプラント治療後の使用感を調査していました。よく目にしたのが
「すごく良いが、自分の歯とは別物」という回答です。「ほとんど自分の歯と変わらない」などとよく言いますが、実際の声はやはり違和感が否めない。ただし、逆に「自分の歯よりよく噛める」という方もいます。
およそ「よく噛める」くらいで考えた方がいいと。
やっぱり自然の歯とは違いますね。ただ、「嚙める」ことはやはりとても重要なんです。というのも、噛めないとお肉を食べられず、柔らかいおかゆみたいなものばかり食べようになってしまう。カロリーは足りますが、それではタンパク質が足りないので筋肉が痩せていってしまう。筋肉が痩せるから、さらに体が弱くなる。
悪循環に陥ってしまうんですね。
まさに「体の衰えは口の衰えから始まる」といえます。ですから、
噛める環境を整えることが大事です。そのためには、その患者さんにとって
入れ歯でも
インプラントでも、何がベストなのかということです。
インプラントが良いとなれば、そこに全力を尽くします。
先生が取り入れている院内環境の工夫について、具体的に教えてください。
院内に
CTとマイクロスコープを完備しています。口腔インプラント学会のガイドラインでは、CTを使うのが今や「標準」ですから。ただ、自分の歯には勝てないですから、抜かない、削らないのが一番いい。そこで
マイクロスコープの出番です。どうしても削らざるを得ないときに精密に必要最低限で済ませます。また、他院で治療されて
インプラント周囲炎などのトラブルになった方にも対応できるよう、
専用のクリーニング機器なども揃えています。
最後に、読者へのメッセージがあればお願いします。
インプラントはとてもすぐれた治療法ですが、経験豊かな歯科医であるほど、何が起こり得るかを知っています。欠損した歯の機能を回復するには必ず選択肢があり、「絶対にこれ」とは決めつけられません。
いろんな選択肢をきちんと話し、選んだ治療に全力を尽くす歯科医に出会うのが一番です。ただ歯科医によって技術力に差があるのも事実ですので、たとえ「これはどうにもならない」と言われたからといってあきらめないでください。
インプラント治療での医院選びのポイントは「その後の数十年」をまかせられるか、にあると知りました。「噛む機能」を回復するには、入れ歯・ブリッジ・インプラントといった選択肢がありますが、インプラントには、自分の歯のような審美性や機能性、長期的なコストパフォーマンスなど、すぐれたことが多々ありそうです。それでも万が一壊れてしまったら、逆に外さなければならない事態になったら、インプラント周囲炎などが起きたら…。インプラント治療の「その後」を知り尽くしてきたスペシャリストにぜひ相談したいものですね。
医院情報
もり歯科
所在地 |
〒679-2161
兵庫県姫路市香寺町溝口1283番地
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アクセス |
JR播但線 溝口駅より徒歩5分 |
診療内容 |
歯科一般 小児歯科 予防治療 歯科口腔外科など |