目次 -INDEX-

特発性細菌性腹膜炎
中路 幸之助

監修医師
中路 幸之助(医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター)

プロフィールをもっと見る
1991年兵庫医科大学卒業。医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター所属。米国内科学会上席会員 日本内科学会総合内科専門医。日本消化器内視鏡学会学術評議員・指導医・専門医。日本消化器病学会本部評議員・指導医・専門医。

特発性細菌性腹膜炎の概要

特発性細菌性腹膜炎(Spontaneous Bacterial Peritonitis:SBP)は、主に肝硬変を患っている方に発症しやすいとされている感染症です。一般的な感染症と異なり、明確な感染源がわからないため「特発性」と呼ばれます。

通常、お腹の中には20~50mlの水分が溜まっていますが、肝硬変をはじめとする様々な病気の影響で、通常よりも多くの水分が溜まってしまうことがあります(腹水)。その腹水で細菌が増殖し、お腹にある臓器を包む膜(腹膜)に炎症を引き起こすのが特発性細菌性腹膜炎です。

特発性細菌性腹膜炎は、腹痛や腹部の膨満感、発熱、倦怠といった症状を引き起こします。
治療は主に抗生物質による薬物療法がとられます。

特発性細菌性腹膜炎は、肝硬変の合併症の中でも深刻なものであり、生命予後に大きな影響をおよぼします。特発性細菌性腹膜炎を発症してから1年以内の生存率は40%という報告もあります。治療後に再発しやすいことも知られており、肝硬変の治療とともに、適切な検査や予防に努めることが重要です。
出典:日本消化器学会「日本消化器学会・日本肝臓学会 肝硬変診療ガイドライン2020(改訂第3版)

特発性細菌性腹膜炎

特発性細菌性腹膜炎の原因

特発性細菌性腹膜炎は、肝硬変をきっかけとして腹水に細菌が感染し、腹膜に炎症が生じることで発症します。感染を引き起こす細菌としては大腸菌をはじめ、クレブシエラや肺炎球菌など、複数の原因菌が知られています。

腹水への感染が生じる要因としては「肝硬変による腹水の増加」「免疫機能の低下と腸透過性の亢進」の2つが挙げられます。

特発性細菌性腹膜炎は進行が速く、治療が遅れると敗血症や多臓器不全など、より生命に関わる合併症を引き起こすリスクがあるため、早期発見・早期治療が求められます。

肝硬変による腹水の増加

腹水増加の症状がある病気は複数知られていますが、肝硬変もその1つです。肝硬変とは、肝臓が繰り返し傷つくことで硬くなり、肝臓が正常な機能を失う病気です。

肝臓は本来、体中から血液を集めて、栄養の貯蓄や毒素の分解する役割を担っています。しかし、肝硬変が進行すると、血液が肝臓の中に入りにくくなり、入りきれなかった血液の水分がお腹の中に漏れ出てきます。

さらに、肝臓には「アルブミン」という、血管の中に水分をとどめておくタンパク質を作る働きもありますが、肝硬変ではこの機能も低下します。結果として水分がお腹の中にさらに漏れ出しやすくなるのです。

腹水が増加しただけでは、必ずしも特発性細菌性腹膜炎を発症するわけではありません。しかし肝硬変では次で説明するような免疫機能の低下なども同時に起こるため、発症リスクが高まってしまいます。

免疫機能の低下と腸透過性の亢進

通常の場合、腸内に存在する細菌は、腸壁の免疫機能などが働いて血管内へはほとんど侵入することができません。しかし、肝硬変によって免疫機能が低下すると、細菌が腸壁を通過しやすくなる「腸透過性の亢進」という状態が生じます。

腸透過性の亢進が生じると、腸内細菌が血管内に入り込みやすくなり、血流を通して腹水にも細菌が移動しやすくなります。特発性細菌性腹膜炎では、原因菌として大腸菌などの腸内細菌も確認されますが、こうしたメカニズムにより感染が進むと考えられています。

特発性細菌性腹膜炎の前兆や初期症状について

特発性細菌性腹膜炎の初期症状として、腹痛や倦怠感、腹部の膨満感があげられます。症状の進行に伴い、発熱、嘔吐、意識障害なども見られるようになります。

急な腹痛や圧痛、腹部の膨満感

腹膜に細菌が感染すると、腹部全体に痛みが広がります。特に腹部を軽く押したときに強い痛みを感じる「圧痛」があり、特発性細菌性腹膜炎の初期症状として重要なサインとなります。痛みは突然あらわれることが多く、徐々に強くなる傾向があります。

発熱や倦怠感

特発性細菌性腹膜炎が発症すると細菌に対抗するために体温が上昇し、発熱が生じます。また、発熱にともない、体がだるく感じる倦怠感や疲労感もあらわれます。

吐き気や嘔吐

特発性細菌性腹膜炎が進行すると、胃腸にも影響が及び、消化不良や吐き気、嘔吐を引き起こすことがあります。吐き気や嘔吐にともない、食欲も低下することで栄養不足や疲労感を引き起こす場合があります。

集中力の低下や意識障害

特発性細菌性腹膜炎の進行にともない、脳や神経系にも悪影響がおよび、集中力の低下や突然の意識障害が見られることがあります。特発性細菌性腹膜炎が進行している危険なサインと考えられています。

特発性細菌性腹膜炎の検査・診断

特発性細菌性腹膜炎は、主に腹水穿刺検査や腹水培養検査によって診断が行われます。これらの検査では、細菌感染の有無や原因菌の種類を調べます。

腹水穿刺(ふくすいせんし)検査

腹水穿刺検査では、少量の腹水を採取し、腹水中の白血球数が増加しているか、細菌が存在するかを確認します。細菌感染が確認された場合、腹水培養検査を行います。

腹水培養検査

採取した腹水を培養にかけ、感染している大腸菌や腸球菌といった細菌の種類を特定します。細菌の特定とは別に、腹水中の好中球数なども検査します。

画像検査

特発性細菌性腹膜炎の診断においては、同じような症状を引き起こす他の病気(消化管穿孔や急性虫垂炎の破裂、腸捻転など)との鑑別も重要です。その際には画像検査も活用されます。

特発性細菌性腹膜炎の治療

特発性細菌性腹膜炎の治療では、抗生物質による薬物療法が主軸となります。早期治療が生命予後に影響をおよぼすため、感染が確認された場合は速やかに治療が開始されます。

薬物療法

特発性細菌性腹膜炎は細菌感染が原因のため、抗生物質による治療が有効です。細菌培養検査の結果に基づいて、原因菌に最も効果的な抗生物質が選択されます。

抗生物質と同時にアルブミンを投与するケースもあります。抗生物質だけによる治療よりも、効果的な治療ができるという報告があります。

また、特発性細菌性腹膜炎は治療を行っても再発するケースが多いため、治療後も再発予防を目的とした抗生物質が投与されることもあります。

特発性細菌性腹膜炎になりやすい人・予防の方法

特発性細菌性腹膜炎の発症例は、肝硬変以外の病気の合併症としても報告がありますが、とくに肝硬変によって腹水の溜まっている患者さんに発症が見られ、重篤化しやすい病気です。
したがって、肝硬変を発症しないことが、この病気の最初の予防法と言えます。

すでに肝硬変を発症してしまっている患者さんは、医師の指導のもと、肝硬変や腹水の状態が悪化しないように、食事療法や薬物療法によって発症予防に努める必要があります。


この記事の監修医師