がん治療で最初に選ぶべきは「標準治療」。その科学的根拠を医師が解説

巷には「最新の免疫療法」を謳う宣伝が数多く存在します。しかし、その多くが実は一世代、二世代前の古い治療法であることをご存知でしょうか? こうした情報に惑わされず、患者にとって本当に効果的な治療を選ぶためには、科学的に確立された「標準治療」の意味を正しく理解することが重要です。なぜ標準治療が「一番効く」とされているのか、本物の最新治療はどこで受けられるのか。アラバマ大学の大須賀覚先生に、がん治療の「本当の優先順位」を科学的根拠とともに説明していただきました。

監修医師:
大須賀 覚(米国アラバマ大学バーミンガム校 脳神経外科助教授)
なぜ標準治療が「一番効く」のか?

編集部
がん治療において、標準治療が最初の選択肢とされる理由を教えてください。
大須賀先生
がん治療には手術や放射線、化学療法、分子標的薬、免疫療法などの様々な方法があります。その中でも、「一番よく効く」ことが分かっている治療戦略が標準治療と呼ばれるものになります。多数の患者さんですでに試して、最も効果があった治療戦略が選ばれています。そのため、がんと診断されたら、医師にどれが標準治療なのかを聞いて、それを選ぶことをまずは検討してもらいたいですね。ネットには様々な民間療法が紹介されていたり、クリニックなどでは保険がきかない高額な治療が紹介されていたりします。でも、それらの治療は標準治療と比べて、効果が明確でないものばかりです。それらを検討する前に、標準治療をまず受けてほしいと思います。
編集部
たしかに、ネットにはいろいろな情報がありますね。「免疫を強くすればがんを倒せる」という話も広がっていますが、この考え方は間違っていますか?
大須賀先生
正しい理解ではありません。がん患者さんの免疫は基本的には普通に機能するものです。風邪を引けば治りますし、インフルエンザにかかっても回復します。外からの細菌やウイルスには普通に働きます。しかし、がん細胞に対して免疫が適切に働かないことが問題なのです。
編集部
なぜがん細胞には適切に働かないのでしょうか?
大須賀先生
がん細胞が免疫から逃れる術を身につけているためです。私はこれを「警察への賄賂」に例えています。普通の細胞が悪性化していく過程で、免疫という警察に捕まらないよう、賄賂を渡したり、隠れ蓑に隠れたりする能力を獲得した細胞だけが、最終的にがんになるのです。そのため、働いていない免疫を多少強くしても、うまくは機能しません。がん細胞からの賄賂を遮断するようなしっかりとした治療が必要ということになります。
編集部
個々の患者のがん遺伝子を「がんゲノムパネル検査」で検査して、患者さんに最適な分子標的薬を使うという方法も近年はおこなわれていますね。これは、なぜ標準治療の後におこなわれるのでしょうか? 標準治療前ではよくないのでしょうか?
大須賀先生
じつは、メジャーな遺伝子変異については、すでに標準的な検査で調べられているのです。例えば、肺がんのEGFR変異などは、パネル検査以前から通常の検査項目に入っています。パネル検査は、いわば「マイナーなしのぎ」を探しに行く作業です。標準治療で使われるメジャーな標的が見つからなかった場合に、ほかに攻撃できる標的がないかを網羅的に調べるのです。早い段階で受けたいという患者さんの気持ちは分かりますが、まずは標準治療を受けるのが適切で、その後にパネル検査などを検討してもらえればと思います。
「最新」を装う古い免疫療法にだまされないために

編集部
日本には様々な免疫療法を提供するクリニックがありますが、注意すべき点はありますか?
大須賀先生
日本ではクリニックで保険外の免疫療法がおこなわれていることがあります。一部は大変に高額で、お金持ちがうける特別な治療として考えられていると思います。しかし、残念ながらこれらの免疫療法の中には、一世代、二世代前の古い免疫療法で、すでに効果が得られないことが報告されているものも含まれます。「最新治療」のように宣伝していることもありますが、ガラケーを最新スマートフォンとして売っているようなものもありますので注意が必要です。
編集部
どうやって見分ければいいのでしょうか?
大須賀先生
最も重要なポイントは、高額な費用を請求されるかどうかです。すでに効果が証明されている免疫療法は保険適用されるので比較的安価です。本当の最新治療、つまり臨床試験(治験)として、未来の新薬となるかもというのが試されている場合には、基本的に参加費は無料で費用がかかりません。効果があるかどうか分からない段階の薬を試すわけですから、患者さんにリスクを負ってもらう以上、費用を請求することはありません。高額な治療費を請求される保険外診療にと、「臨床試験」と銘打ちながら高額な費用を請求する場合には注意をしてもらいたいです。
編集部
治験に申し込むにはどうすればいいのでしょうか?
大須賀先生
※国立がん研究センター がん情報サービス「がんの臨床試験を探す」
https://ganjoho.jp/public/dia_tre/clinical_trial/search2.html
治療の選択で後悔しないために

編集部
保険外の治療に興味が出た時には、どのような点に注意すべきでしょうか?
大須賀先生
最も重要なのは、その治療を「おこなっている医師」ではなく、第三者の専門医に意見を聞くことです。おこなっている側は当然「効く」と言いますから、客観的な意見が必要です。確認すべきポイントは、「本当に新しい治療なのか」「自分のがんに効果が期待できるエビデンスがあるか」「標準治療と比べてどのような位置づけなのか」です。最新の治療を作るには何千億円もかかる時代です。それが普通のクリニックに簡単に転がっているはずがないということも、冷静に考えてみてください。
編集部
日本とアメリカで、治療の選択肢に差はあるのでしょうか?
大須賀先生
脳腫瘍をはじめとした多数のがんでほとんど差がありません。日本の医療システムはしっかりしていて、効果が確認された治療は速やかに保険承認される傾向にあります。ただし、新たな「ドラッグラグ」の問題が生じ始めています。日本の薬価は低く抑えられているため、製薬会社が日本での承認を目指さないケースが出てきているのです。開発に1800億円もかかる薬を、採算が合わない価格で売ることはできないからですね。そのため、海外で承認されているけど日本で使えないという薬剤が増えてきています。
編集部
将来的に心配な状況ですね。
大須賀先生
はい。政府も対策を始めていますが、「ほかの国では使えるのに日本では使えない」という薬が増える可能性があります。これは日本の医療の大きな課題の一つです。
編集部
最後に、読者の方にメッセージをお願いします。
大須賀先生
- まずは標準治療から始めること
- 高額な「最新」治療には注意が必要なこと
- 免疫力を高めるという民間療法には注意すること
これらを頭の片隅に置いておくだけで、いざというときに適切な選択ができるはずです。がん治療は日進月歩で進化しています。研究者としては本当に面白い時代ですし、患者さんにとっても希望の持てる時代になってきています。正しい情報を基に、最適な治療を選んでいただきたいと思います。
編集部まとめ
大須賀先生のお話から、がん治療における「優先順位」の重要性を改めて認識しました。特に「本当の最新治療(治験)は無料」という点は、多くの方に知っていただきたい事実です。高額な治療費を請求される時点で、その治療の信頼性を疑うべきという明確な判断基準は、患者さんやご家族にとって非常に有益な情報となるでしょう。健康な今のうちに、この知識を心に留めておいていただければと思います。






