【糖尿病体験】20代で発症… 「自覚症状はまったく無かった」
糖尿病は、インスリンの分泌が様々な要因で働きにくくなる内分泌の疾患で、血中の糖(血糖)が増えてしまう病気です。高血糖が長期間続くと脳梗塞や心筋梗塞、失明、腎機能低下などさまざまな合併症が引き起こされます。Kさん(仮称)は2011年秋頃、会社の健康診断でHbA1cの数値が高く、糖尿病が判明。介護福祉士として夜勤を含む過重労働と不規則な生活をおくる中での発症でした。そんなKさんに、自身の糖尿病体験について話を聞かせてもらいました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2023年3月取材。
体験者プロフィール:
Kさん(仮称)
1983年新潟県生まれ。40歳。家族は夫と未就学児一人。発症診断後も介護福祉士として働いており、入所や居宅での介護職員、生活相談員、ケアマネジャーを続けている。父方の祖父と父も糖尿病を患っている。
記事監修医師:
久高 将太(琉球大学病院内分泌代謝内科)
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。
健康診断がきっかけで糖尿病が判明
編集部
病気が判明した経緯について教えて下さい。
Kさん
2011年秋頃、会社で受けた健診の結果、HbA1cが7.0%あると判明しました。糖尿病の特徴的な症状である多尿や多飲の症状はなく、全くの無症状でした。小さな頃からお世話になっていた皮膚科医に相談したところ、早いうちに治療を開始するよう勧められました。
編集部
病気が判明した時の心境について教えて下さい。
Kさん
一生糖尿病を既往歴として抱えていかなきゃいけないのかと、最初は落ち込みました。それまで持っていた糖尿病のイメージは、高齢になるとなりやすい病気というイメージでしたね。介護福祉士、ケアマネジャーの資格取得のため、医療分野の勉強をした時に合併症についても学びましたので、失明したり、足を切断したり、腎不全からくる透析へ移行したりする可能性があることはわかっていました。いつかそれが自分にやってくるかもしれないと思ったら、怖さしかありませんでしたね。夫には妊娠がわかってから伝え、両親にはショックを受けさせたくなくてなかなか伝えられず、ようやく昨年暮れに打ち明けました。
編集部
糖尿病発症前の食生活について教えて下さい。
Kさん
バランスを考えずに食べていました。夜勤のときは勤務の合間に食べることも多く、よく間食もしていました。
不規則な過重労働の中、治療開始
編集部
医師からどのように治療を進めると説明がありましたか?
Kさん
まずは、薬物治療はせず、食事・運動療法で体重を減らしていくとのことでした。そして、1ヶ月毎に尿と血液検査、体重測定を行い、HbA1cに改善の傾向がなければ薬物治療を開始すると説明がありました。幸い、入院するほどの症状ではなかったため、仕事を続けながら通院で様子を見ました。
編集部
当時のお仕事についても教えて下さい。
Kさん
介護福祉士をしており、早番(7時~16時)、日勤(8時30分~17時30分)、遅番(10時30分~19時30分)、夜勤(16時~翌朝9時)のシフト制でした。残業も月に20~40時間ありました。独身で歳も若かったため、気力で乗り切っていた記憶があります。夜勤も月に7~9回入っていました。
編集部
今も夜勤はあるのですか?
Kさん
妊娠して以降は会社からの配慮もあり、夜勤はしていません。現在も未就学児がいるので夜勤はありません。今後も体調を維持するために、なるべく夜勤は避けたいと思っています。
編集部
治療内容について教えて下さい。
Kさん
現在は定期的な通院と検査、必要に応じて投薬治療を受けています。最新の血糖値は110で、HbA1cは7.7%です。食事や運動に制限はなかったので、腰痛や肩こりを改善するためにも近所にできたスポーツクラブに通い、時間があれば昔から大好きだった水泳をしていました。おかげで大分身体が引き締まったように感じていたのですが、残念ながらそのプールが無くなってしまったので、現在は天気のいい日に子どもと公園へ行き、なるべく身体を動かすようにしています。
編集部
治療中の心の支えはなんでしたか?
Kさん
身体が引き締まると、1サイズ下の服が着られるようになり、フットワークも軽くなるに連れ、あちこちに出かける機会も増えて、いろんな人にモテるようになりました。友人もたくさんでき、スポーツクラブのおばちゃんたちとのおしゃべりも良いストレス発散になりました。現在は、仲良しグループチャットでいつでも相談や愚痴を言えることが心の支えになっています。
発症前後の生活と気持ちの変化
編集部
現在、食生活をどのように注意しているのか教えて下さい。
Kさん
味噌汁などは様々な野菜が摂れるよう具沢山にしたり、果物をたくさん摂ったりするようになりました。なるべく間食の量も減らしました。「食べてはダメ」だとストレスになってしまうので、完全に禁止にはしませんでした。
編集部
現在の心境を教えて下さい。
Kさん
現在は、最初に抱いたような怖さは感じていません。少しでも数値を正常に近づけなければならないと思っていますが、一方でなるようにしかならないと、焦る気持ちを抑えられるようになりました。
編集部
もし、健康な時の自分に声をかけられたら、なんと言ってあげますか?
Kさん
「自分の身体を見つめ直さないと、いつか後悔するときがくるんだよ、病気になってからじゃ遅いんだよ」と伝えたいです。自分の健康に目を向け、考える時間を作ってほしいと思います。
編集部
医療従事者に伝えたい事はありますか?
Kさん
医療従事者には、感謝してもしきれません。しいて言うならば、医療従事者の仕事かはわかりませんが、発症数十年後の経過や合併症の怖さをもっと発信してほしいと思います。
編集部
最後に、読者へ向けてのメッセージをお願いします。
Kさん
私は、HbA1cや血糖値が異常値であるときに、妊娠と出産も経験しました。糖尿病を発症しても妊娠出産は可能ですし、育児をしながら社会にも参加することができています。「糖尿病=療養生活」だけではないということは理解してもらえると嬉しいです。さまざまな苦悩、病気、障害を持ちながら社会に参加するということは、予想以上に大変なことではありますが、そんな自分でも誰かの力になれるという事実が心の支えになっていることもあります。
編集部まとめ
Kさんは不規則な勤務形態、過重労働の中で発症し、治療に必要な規則正しい食生活やストレスを溜めない事が難しい環境ですが、職場の配慮により現在は昼間の勤務となっています。医療や介護現場だけではなく、あらゆる職場で起こる過重労働を少しずつ無くし、すべての職場で健康的な生活が送れるような社会になって欲しいと思います。