

監修医師:
勝木 将人(医師)
目次 -INDEX-
進行性多巣性白質脳症の概要
進行性多巣性白質脳症(Progressive Multifocal Leukoencephalopathy:PML)は、ウイルス感染によって脳の白質という部分に障害が起こり、徐々に神経の働きが損なわれていく疾患です。中枢神経に影響を及ぼす疾患で、発症するとさまざまな神経症状があらわれます。
進行性多巣性白質脳症の原因は「JCウイルス」というウイルスです。日本人のおよそ7割以上がこのウイルスを体内に持っているとされていますが、健康な人で症状がみられることはありません。HIV感染症などの基礎疾患をもっていたり、がんや自己免疫疾患の薬剤の影響で免疫機能が低下していたりする場合に、発症リスクが高まると考えられています。
進行性多巣性白質脳症であらわれる症状は、片側あるいは両側の手足が動かしづらくなる麻痺、認知機能の障害、言葉が出なくなる失語、視覚異常などです。症状が進行すると、最終的には寝たきりの状態になることもあります。
現時点では、進行性多巣性白質脳症に対する根本的な治療法は確立されておらず、免疫機能を回復させる治療が基本となります。一般的には進行性の病気ですが、適切な治療を受ければ、進行の抑制や回復が期待できます。
日本国内の発症頻度は、1000万人あたり年間0.9人と推定されており、まれな疾患ですが、近年は増加傾向にあります。なお、進行性多巣性白質脳症は、厚生労働省の指定難病に認定されています。
出典:感染症に関する調査研究班 進行性多巣性白質脳症 (Progressive multifocal leukoencephalopathy: PML) 診療ガイドライン 2023
進行性多巣性白質脳症の原因
進行性多巣性白質脳症の原因は、ヒトのポリオーマウイルス科に属するJCウイルスです。JCウイルスは、日本人の約70%以上が保有しているとされる一般的なものであり、健康な状態では通常、発症することはありません。
しかし、HIV感染症のように免疫機能が著しく低下する疾患や、自己免疫疾患などの治療で免疫機能が抑える薬剤を使用している場合には、体内のJCウイルスが再活性化することがあります。近年では、一部の生物学的製剤(生物由来製品)や多発性硬化症の治療に用いられる薬剤に関連した進行性多巣性白質脳症が増加傾向にあることが報告されています。
ただし、JCウイルスがどのようにして脳に侵入し、増殖するかの詳細なメカニズムについては、まだ明らかになっていません。
進行性多巣性白質脳症の前兆や初期症状について
進行性多巣性白質脳症の症状は多彩で、初期症状にも個人差があります。一般的には、片側あるいは両側の手足が動かしにくくなる麻痺、記憶力や判断力の低下、言葉を話したり理解したりすることができなくなる失語、視覚の異常などが初期症状として現れます。
病気が進行すると、こうした症状がさらに悪化するだけでなく、食べ物や飲み物をうまく飲み込めなくなる嚥下障害や、自分の意思と無関係に体が動いてしまう不随意運動、脳神経麻痺などの症状もあらわれます。
症状は、数日から数週間のうちに徐々に悪化していくことが一般的です。治療せずに未治療のまま経過すると数ヶ月のうちに寝たきりの状態に至ることがあります。そのため、できるだけ早い段階で症状に気づき、適切な治療を受けることが重要です。
進行性多巣性白質脳症の検査・診断
進行性多巣性白質脳症は、臨床症状に加え、画像検査や脳脊髄液の検査、病理検査などの結果をもとに、総合的に診断されます。
進行性多巣性白質脳症では、脳の白質に異常が広がることが特徴です。そのため、まず行われるのが頭部のMRI検査です。MRI検査によって、白質に異常な変化が確認できれば、診断の重要な手がかりとなります。
確定診断には、脳脊髄液にJCウイルスの遺伝子が存在するかを調べるPCR検査が用いられます。PCR検査は精度が高い検査ですが、すべての患者でJCウイルスが検出されるわけではありません。そのため、画像検査で進行性多巣性白質脳症が強く疑われるにもかかわらず、PCR検査でJCウイルスが検出されない場合には、脳の病変部分から少量の組織を採取し、顕微鏡で詳しく調べる病理検査が必要になることもあります。
進行性多巣性白質脳症は、症状だけで診断を確定することが難しい疾患であるため、複数の検査結果を組み合わせて診断を行い、同様の症状を示す他の脳疾患との鑑別も重要です。
進行性多巣性白質脳症の治療
現時点で、進行性多巣性白質脳症の確立された治療法はなく、免疫機能の低下を回復させることを目的とした治療が中心となります。
たとえば、HIV感染症が基礎疾患としてある場合には、まずHIV感染症の治療が優先されます。この場合、複数の抗ウイルス薬を併用する「抗レトロウイルス療法(ART: Antiretroviral Therapy)」が推奨されており、進行性多巣性白質脳症にも有効であるとされています。
一方で、がんや自己免疫疾患などの治療に使用されている免疫抑制薬が原因となっている場合は、その薬を中止することが検討されます。ただし、薬を中止することで元の疾患が悪化する可能性もあるため、薬の中止は慎重に判断されます。
このほか、免疫機能の改善やウイルスの増殖を抑える薬剤が使用されることもあります。こうした治療によって免疫機能が回復し、病状の進行が止まり、改善がみられることもあります。
進行性多巣性白質脳症になりやすい人・予防の方法
進行性多巣性白質脳症(PML)は、免疫力が低下している人が発症しやすい病気です。そのため、HIV感染症を基礎疾患にもつ人、白血病や悪性リンパ腫などの血液疾患がある人、多発性硬化症や関節リウマチなどの自己免疫疾患に対して免疫抑制療法を受けている人などは、発症リスクが高いとされています。
現時点では、進行性多巣性白質脳症を確実に予防する方法は確立されていませんが、健康な人が日常生活でこの病気の発症を心配する必要はほとんどありません。
一方で、発症リスクを高める要因のひとつであるHIV感染症を予防することは、すべての人にとって重要です。性行為の際には適切な感染予防策を講じることや、感染リスクを伴う医療行為に注意することなどが、HIV感染症の予防につながります。
すでにHIVに感染している人や、免疫機能を抑える薬剤を使用している人は、進行性多巣性白質脳症の初期症状に気づいた場合、すみやかに主治医に相談することが重要です。早期の対応が、症状の進行や重症化を防ぐうえで大きな役割を果たします。
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参考文献




