

監修医師:
阿部 一也(医師)
目次 -INDEX-
妊娠高血圧症候群の概要
妊娠高血圧症候群とは、妊娠時に高血圧を発症した状態のことを言います。妊娠前から高血圧を認める場合や、妊娠20週までに高血圧になる場合は高血圧合併妊娠と呼び、厳密には妊娠高血圧症候群とは異なります。
妊娠20週以降に高血圧のみを発症する場合は妊娠高血圧症、高血圧に加えて蛋白尿を認める場合は妊娠高血圧腎症と分類されます。2018年からは、蛋白尿を認めなくても、肝機能障害・腎機能障害・神経障害・血液凝固障害や赤ちゃんの発育が不良になれば妊娠高血圧腎症に分類されるようになりました。
高血圧の定義は
- 収縮期血圧:140mmHg以上(重症では160mmHg以上)
- 拡張期血圧:90mmHg以上(重症では110mmHg以上)
蛋白尿の定義は
- 尿中に蛋白が1日あたり0.3g以上(重症では2g以上)でること
とされています。
妊娠高血圧症候群は妊婦さんの20人に1人が発症すると言われており、けして稀な疾患ではありません。妊娠34週未満で発症する早発型では、重症化しやすいと言われており厳重な管理が必要です。
重症例では、母子ともに様々な合併症が起きます。
- 母体
血圧上昇、蛋白尿、けいれん発作(子癇発作)、脳出血、肝機能障害、腎機能障害、HELLP症候群(肝機能障害に加え、溶血と血小板減少を引き起こす) - 胎児
胎児発育不全、常位胎盤早期剝離、胎児機能、胎児死亡
上記のように母体にも胎児にも重大な影響を与え、時には命に関わる疾患です。
治療法は、安静と入院が基本で、重症の高血圧やけいれん予防のために血圧を下げる薬を使用することがありますが、急激に下げ過ぎると胎児の状態が悪くなることがあるため慎重に使用する必要があります。
根本的にこの疾患を治療する方法はまだ確立されておらず、出産が唯一の治療であり、母体や胎児の状態により、妊娠の継続が難しいと判断した場合はたとえ早産になるとしても妊娠を終わらせることがあります。
一般的に出産後、母体の症状は急速に改善するとされていますが、一部重症化した人の中には、出産後も高血圧や蛋白尿が持続することがあるため、フォローアップが重要です。
妊娠高血圧症候群の原因
妊娠高血圧症候群の明らかな原因はまだ解明されていませんが、妊娠初期の胎盤の形成がうまくいっていないことが原因となっているという説が有力視されています。妊娠すると胎盤には母体からたくさんの血液が流れ、母体と胎児の血液のやり取りが豊富になりますが、妊娠高血圧症候群では胎盤の血管形成が十分でなく、血液が流れにくくなります。そうすると母体は胎児にできるだけ血液を送ろうとして、胎盤で血圧を上げる様々な物質が作られ、それにより血圧が上がってしまうと考えられています。
妊娠高血圧症候群の前兆や初期症状について
自覚症状がある患者さんは少なく、多くの場合は妊婦健診で血圧が高いと指摘されて診断されます。時には、頭痛、浮腫、急激な体重増加、目がチカチカするなどの症状が出てくる場合もあります。
自覚症状に乏しいことが多いため、必ず決められた頻度、あるいは医師から指示された頻度で産婦人科で妊婦検診を受けるようにしましょう。
妊娠高血圧症候群の検査・診断
妊婦検診での血圧のスクリーニング検査として、病院内の血圧測定で「収縮期血圧:140mmHg以上かつ/または拡張期血圧:90mmHg以上」を認めた場合、妊娠高血圧または白衣高血圧と判断します。
白衣高血圧とは、「診察室(病院内)血圧が高血圧基準を満たすが、家庭血圧や24時間自由行動下血圧が正常の場合」と定義されます。診察室血圧が高血圧を示した妊婦さんに対して家庭血圧測定を行った結果、32-76%が白衣高血圧であったとの報告があります。
一方、白衣高血圧であるから安心というわけではなく、白衣高血圧の50%が妊娠高血圧症候群(うち8%が妊娠高血圧腎症)に移行したという報告があり、白衣高血圧でも厳重な血圧の観察が必要です。
また、蛋白尿のスクリーニングとして、随時尿の試験紙法による尿蛋白半定量を行います。ただし実際には腟出血、膀胱炎、細菌尿などによる偽陽性が多く、単回の尿蛋白半定量1+では蛋白尿とみなさないのが妥当です。
さらに、下記のリスク因子を有する場合、sFli-1/PIGF比測定を行うことで、妊娠高血圧腎症、子癇発作、HELLP症候群を起こす可能性が高いかを、高い精度で予測することができます。
- 収縮期血圧130mmHg以上かつ/または拡張期血圧80mmHg以上
- 尿蛋白陽性(試験紙法で2回以上連続して≧1+)
- 妊娠高血圧腎症を疑う症状(頭痛・視野障害・心窩部痛など)
- 胎児発育不全
- 子宮動脈血流速度波形の異常
妊娠高血圧症候群の治療
国際妊娠高血圧学会、欧州やアメリカのガイドラインや、脳卒中による母体死亡と脳卒中に先行する収縮期血圧≧160mmHgとの関連を示唆するアメリカや日本の報告から、速やかに降圧を開始すべき基準として、収縮期血圧≧160mmHgかつ/または拡張期血圧110mmHgを複数回認めた場合としました。
また、重症高血圧の場合は原則的に入院管理が必要となります。非重症域の場合は入院管理と慎重な外来管理の両者が選択できるものの、母児の状態の急速な悪化があり得るため、家庭血圧測定を継続し、妊婦健診以外でも通院するなど厳重な管理を行います。
降圧薬は、内服ではメチルドパ、ラベタロール、ヒドララジン、ニフェジピンがあり、1剤で効果が見られない場合は2剤併用を考慮することもあります。それでも降圧が不十分な場合は点滴を使用します。ただし、短時間の過度な降圧は胎盤の血流が悪化することで胎児機能不全を起こすことがあり、胎児心拍モニタリングを行い胎児の状態に十分な注意が必要です。
さらに、重症域高血圧を反復する場合は、子癇予防のために硫酸マグネシウム水和物によるけいれん予防も行います。
これらの治療を行ってもなお降圧が十分になされない重症域高血圧や、進行性の母体臓器損傷、胎児健常性が障害されている所見がある場合は、妊娠終結を図ることがあります。
妊娠継続限界に関する十分なエビデンスはまだありませんが、アメリカやイギリスのガイドラインでは、妊娠34週未満では妊娠終結を考慮すべき重篤な所見を認めない限り、妊娠継続することを推奨しています。それ以降でも非重症であれば37週以降での分娩を推奨する諸外国のガイドラインが多く、日本では血圧が非重症域にある妊娠高血圧、高血圧合併妊娠では妊娠37週以降妊娠40週0日までに妊娠終結を図るとしています。
妊娠高血圧症候群になりやすい人・予防の方法
もともと糖尿病、腎臓の病気、高血圧などの既往がある方、肥満や40歳以上の高齢の方、家族に高血圧の患者さんがいる方、双子など多胎妊娠、初めての妊娠、以前妊娠高血圧症候群になったことがある方はリスクが高いと言われています。
この病気にかかるかどうか早めに知ることができないか、予防できないかなど様々な研究がなされていますが、未だにエビデンスのある方法はありません。水分摂取の制限や、利尿剤の使用は母体血栓症のリスクを高めますし、過度の塩分制限も効果は否定的とされています。妊婦検診を必ず定期的に受診し、かかりつけの先生の管理を受けましょう。
また、妊娠前に体重を適正にしたり、病気を持っている方は必ず主治医のもとでしっかり管理したうえで妊娠に臨むようにしましょう。
妊娠高血圧症候群を発症した女性は、生涯に渡り生活習慣病(高血圧、糖尿病、脂質異常症)、慢性腎臓病、脳心血管疾患を発症するリスクが高いと言われています。妊娠高血圧症候群診療指針2021では、年1回の健康診断(血圧、血糖値、脂質、腎機能、尿検査など)を推奨しています。