

監修医師:
松本 学(きだ呼吸器・リハビリクリニック)
肺塞栓症の概要
肺塞栓症(PE: Pulmonary Embolism)とは、血液の塊(血栓)が血流に乗って肺の動脈を詰まらせる病気です。この結果、肺への血流が妨げられ、呼吸や血液循環に問題が生じます。肺塞栓症の原因の一つとして、長時間同じ姿勢で過ごすことによって生じる深部静脈血栓症が挙げられます。これに関連してよく知られているのが、「エコノミークラス症候群」と呼ばれる状態です。エコノミークラス症候群は、長時間の座位や不動状態が原因で、下肢の深い静脈に血栓ができ、それが肺に移動して肺塞栓症を引き起こす状態を指します。この症状は、飛行機のエコノミークラスの狭い座席で長時間座り続けることが原因となることが多いため、こう呼ばれていますが、長距離バスや車の移動でも発生する可能性があります。
肺塞栓症の原因
肺塞栓症の主な原因は、深部静脈血栓症(DVT:deep vein thrombosis)です。DVTは、足の深い静脈に血栓ができ、その血栓が血流に乗って肺の動脈に到達し、詰まらせることによって発症します。血栓ができやすくなる要因には、以下のものがあります。
- 長時間の座位や不動状態
飛行機やバスの移動中に長時間同じ姿勢で座り続けることがリスクを高めます。特に、エコノミークラスの狭い座席では足を動かすスペースが限られているため、血流が滞りやすくなります。 - 手術や外傷
手術後や大きな怪我をした後、血栓ができやすくなります。これは、手術や外傷による血管の損傷が原因です。 - がん
がん患者さんは血栓ができやすい状態にあります。がんそのものやその治療法(化学療法など)が血栓のリスクを高めます。 - 肥満
体重が多いと血流が悪くなり、血栓ができやすくなります。肥満は血流を圧迫し、血栓が形成されやすくなります。 - 妊娠や出産
妊娠中や出産後は血液が固まりやすくなります。これは、身体が出産時の出血を防ぐために自然に血液を固まりやすくしているからです。 - 経口避妊薬の使用
一部の避妊薬は血栓のリスクを高めます。特に、エストロゲンを含む避妊薬は血栓を作りやすくします。 - 抗リン脂質抗体症候群
抗リン脂質抗体症候群は自己免疫疾患の一種で、血液が固まりやすくなる病気です。この病気にかかると血栓ができやすくなります。
これらの要因が組み合わさることで、血栓が形成されやすくなり、肺塞栓症を引き起こす可能性が高まります。
肺塞栓症の前兆や初期症状について
肺塞栓症の前兆や初期症状には、突然の呼吸困難や胸の痛みがあります。具体的な症状は以下の通りです。
- 突然の呼吸困難
息がしづらくなることが多い傾向です。これは、肺の血流が妨げられ、酸素が十分に供給されなくなるためです。 - 胸の痛み
鋭い痛みや圧迫感が起こることがあります。特に、深呼吸や咳をしたときに痛みが増すことが多い傾向です。 - 咳
乾いた咳や血の混じった痰が出ることがあります。これは、肺の血管が詰まり、炎症を引き起こすためです。 - 足の腫れ
片方の足が腫れることが多い傾向です。特にふくらはぎの部分が腫れることが多いようです。これは、血栓が足の静脈に形成され、その部分の血流が妨げられるためです。 - 頻脈
心拍数が急激に増えることがあります。これは、心臓が血液を肺に送り出そうとするためです。 - 失神
重症の場合、意識を失うことがあります。これは、肺の血流が妨げられ、全身に酸素が供給されなくなるためです。
これらの症状が見られた場合、速やかに医療機関を受診することが重要です。
肺塞栓症の前兆や初期症状が見られた場合に受診すべき診療科は、循環器内科です。肺塞栓症は血液の塊(血栓)が血流に乗って肺の動脈を詰まらせ、呼吸や血液循環に問題が生じるもので、泌尿器科で診断と治療が行われています。
肺塞栓症の検査・診断
肺塞栓症の診断には、いくつかの検査が用いられます。
- 胸部X線写真
肺や心臓の状態を確認しますが、肺塞栓そのものは写らないことが多い傾向です。しかし、ほかの肺や心臓の病気を除外するために行われます。 - 心電図
心臓の電気的活動を記録し、異常がないかを確認します。肺塞栓症によって心臓に負担がかかることがあるため、異常が見られることがあります。 - Dダイマー検査
血液中のDダイマーという物質の量を測定します。この物質が高値である場合、血栓の存在が疑われます。Dダイマーは血栓が分解される際に生成されるため、血栓があると値が高くなります。 - 胸部造影CT
造影剤を使用して肺の血管を詳細に撮影し、血栓の有無を確認します。最も信頼性の高い検査方法です。造影剤を注射してCTスキャンを行うことで、血管内の異常を詳細に観察できます。 - 肺換気血流シンチグラム
肺の血流と換気のバランスを調べる核医学検査です。造影CTが使用できない場合に行われます。放射性物質を使用して、肺内の血流や空気の流れを画像化します。
これらの検査を組み合わせて、肺塞栓症の診断を確定します。
肺塞栓症の診断には迅速な対応が必要であり、特に胸部造影CTは診断の決定に大変有効であるとされています。また、Dダイマー検査はとても敏感であるため、陰性の場合は肺塞栓症をほぼ否定できますが、陽性であっても必ずしも肺塞栓症とは限らないため、追加の検査が必要です。
肺塞栓症の治療
肺塞栓症の治療には、以下の方法があります。
- 抗凝固療法
血液を固まりにくくする薬(抗凝固薬)を使用します。初期には注射薬(ヘパリンやフォンダパリヌクス)を使用し、その後、経口薬に切り替えます。これにより、新たな血栓の形成を防ぎます。新しい経口薬であるDOAC(direct oral anticoagulants)は従来のワルファリンよりも使いやすく、副作用も少ないと報告されています。 - 血栓溶解療法
血栓を溶かす薬(血栓溶解薬)を使用します。重症の場合や抗凝固療法が効果を示さない場合に用いられます。血栓溶解療法は迅速に血流を回復させるため、重篤な肺塞栓症の治療に有効です。 - 下大静脈フィルターの挿入
血栓が肺に到達するのを防ぐために、下大静脈にフィルターを挿入します。抗凝固薬が使用できない場合や、再発リスクが高い場合に適応されます。この方法は一時的なものであり、リスクが減少した後にフィルターを除去することが一般的です。
治療は早期に開始することが重要で、適切な治療により多くの患者さんが回復します。
肺塞栓症になりやすい人・予防の方法
肺塞栓症になりやすい人は、以下のようなリスク因子を持つ人です。
- 手術や外傷を受けた人
- 長時間座り続けることが多い人(例:長距離飛行機旅行)
- がん患者
- 妊娠中や出産直後の女性
- 経口避妊薬を使用している人
- 肥満の人
- 過去にVTEの既往がある人
- 抗リン脂質抗体症候群の人
予防方法としては、以下のことが挙げられます。
- 適度な運動
特に長時間座り続ける場合、定期的に立ち上がって歩くことが大切です。飛行機内やバスの中でも、足を動かしたり、短時間の歩行をすることが推奨されます。 - 水分補給
脱水を防ぐために十分な水分を摂取します。アルコールやカフェインは避け、水を多く飲むように心がけます。 - 弾性ストッキングの着用
血流を改善するために、医師の指示に従って弾性ストッキングを使用します。特に、長時間の移動が予定されている場合に有効です。 - 抗凝固薬の使用
手術後やリスクが高い場合には、医師の指示に従って抗凝固薬を使用します。これにより、血栓の形成を防ぎます。
これらの予防策を講じることで、肺塞栓症の発症リスクを減らすことができます。
参考文献
- 日本循環器学会 :肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン
- 国立循環器病研究センター:「肺血栓塞栓症の治療と予防」




