「がん」が転移する理由はご存じですか? 最も恐ろしいがん・前兆となる症状も医師が解説

京都大学の研究員らは、腫瘍内の酸化ホットスポットが、がん細胞の転移に与える影響についての新たな知見を示しました。研究結果は、2025年2月21日に学術誌の「nature cell biology」に掲載されています。この内容について本多医師に伺いました。

監修医師:
本多 洋介(Myクリニック本多内科医院)
研究グループが発表したがんの転移に関する研究内容とは?
京都大学の研究員らが発表した研究内容を教えてください。
本多先生
今回紹介するのは京都大学などの研究グループがおこなった研究内容で、その成果は学術誌「Nature Cell Biology」に掲載されています。
この研究では、細胞外の過酸化水素(H₂O₂)を可視化するための腫瘍標的プローブ「T-AP1」を開発し、腫瘍内の酸化ストレス環境を特定しました。T-AP1を用いることで、白血球の一種である好中球によって形成された過酸化水素に富む領域が、腫瘍内の活発な増殖部位であることが確認されました。
この環境下では、転移を促進する伝達経路であるp38-MYC軸の活性化を介して腫瘍細胞が部分的な上皮間葉転換(EMT)を引き起こし、酸化ストレスの強い領域から離脱していくことが分かりました。しかし、細胞を酸化ストレスから守る「NRF2」という転写因子が過剰に活性化した腫瘍ではp38 MAPKの応答が抑制され、酸化ストレスに対する防御機構が強化されるため、この現象は観察されませんでした。この研究は、過酸化水素のホットスポットが、がん細胞の転移を開始する重要な環境であることを示し、新たな治療標的となる可能性を示唆しています。
しかし、本研究にはいくつかの懸念点もあります。まず、T-AP1が腫瘍の異質性全体を完全に捉えられているかは不明であるため、ほかの非遺伝的要因との関係についてさらなる検討が必要です。また、動物モデルでの実験が中心であったため、ヒトの腫瘍において同様のメカニズムがどの程度再現されるかは今後の検証が求められます。さらに、NRF2の活性が高い腫瘍に対する治療戦略が確立されていない点も課題として挙げられます。本研究の知見は、酸化ストレスを標的としたがん治療の新たな展開につながる可能性がありますが、その応用にはさらなる研究が必要です。
がんの前兆となる症状・最も恐ろしいがんは?
がんの前兆となる症状や最も恐ろしいがんについて教えてください。
本多先生
どこにがんが発生するかによって、前兆となる症状は変化します。例えば、食道がんは飲食時の胸の違和感・食べ物の飲み込みにくさなど、肺がんは長く続く咳、大腸がんは血便などが挙げられます。また、血液のがんなどであれば、発熱や倦怠感などが前兆であることもあります。いずれにしろ、以前とは違う症状が長く続くようであれば、注意深く考える必要があります。
前兆がみられることが少なく、発見時には既に進行していることが多い、恐ろしいがんの代表としては「膵臓がん」でしょうか。膵臓がんは、がんの中でも最も生存率が低く、早期発見が難しいことから「サイレントキラー」とも呼ばれています。膵臓がんの前兆としては背部痛、体重減少、黄疸、食欲不振などが挙げられますが、初期は無症状がであることが多い傾向にあります。膵臓がんの早期発見には腹部超音波検査が有用なので、人間ドックなどでの検査を検討してみてはいかがでしょうか。
研究内容への受け止めは?
京都大学の研究員らが発表した内容への受け止めを教えてください。
本多先生
今回の研究で、腫瘍内の酸化ホットスポットが、がん細胞の転移に関与している可能性が示されました。転移に関与するポイントが分かるということは、そこを叩くような薬剤が開発されるきっかけとなり、がん治療における大きな進歩と言えます。転移する前に発見されれば、原発巣の手術によって根治が期待できる可能性が高くなります。
ヒトにおいても同様のメカニズムが再現されるかどうか、どのような腫瘍に対して効果が期待できるかなど、まだまだ今後も研究を進めていく必要はありますが、酸化ストレスを標的としたがん治療の新たな可能性が示された研究であると言えるでしょう。これからの新しい研究結果に期待します。
編集部まとめ
私たちの生活においても、酸化ストレスは健康に影響を及ぼします。抗酸化作用のある食品の摂取、適度な運動、ストレス管理を意識することで、体内の酸化ダメージを減らし、健康を守ることができます。日々の生活習慣を見直し、酸化ストレスを抑えて健やかな毎日を送りましょう。