「セロトニン」低下が新型コロナ後遺症の倦怠感やブレインフォグなどの発症に関与か 米研究
アメリカのペンシルベニア大学らの研究グループは、「新型コロナウイルス患者の一部で、腸内に数カ月残ったウイルスがセロトニン濃度を低下させ、倦怠感、ブレインフォグ、記憶力低下などの新型コロナウイルスの後遺症の症状を引き起こしている可能性がある」と発表しました。この内容について郷医師に伺いました。
監修医師:
郷 正憲(徳島赤十字病院)
研究グループが発表した内容とは?
アメリカのペンシルベニア大学らの研究グループが発表した内容について教えてください。
郷先生
今回紹介するのは、アメリカのペンシルベニア大学らの研究グループによる研究です。新型コロナウイルスの後遺症の分子生物学的な要因を検討するためにおこなわれ、研究成果は学術誌「Cell」に掲載されています。複数の臨床研究から得られた、新型コロナウイルス患者や新型コロナウイルスの後遺症患者などの血漿サンプルと糞便サンプルを分析することで研究がおこなわれました。また、ウイルス感染症モデルマウスやヒト小腸組織などを用いて、新型コロナウイルスの後遺症と関連するメカニズムも検討しています。
研究の結果、新型コロナウイルス患者の一部では、感染から数カ月が経ってもウイルスが糞便に残っていたことがわかりました。そして、この残存ウイルスが免疫系を刺激することで、「インターフェロン」というウイルスと戦う物質を放出させていたとのことです。このインターフェロンが引き起こす炎症で、消化管でのトリプトファンの吸収が低下すると、セロトニン濃度が低下することが判明しました。
セロトニンは脳や全身の神経細胞間で情報を伝達し、記憶、睡眠、消化、創傷治癒の調節に重要な神経伝達物質で、迷走神経の調節因子でもあります。迷走神経は、身体と脳の間の情報伝達に重要な役割を果たす神経です。
研究グループは「セロトニン濃度の低下が迷走神経のシグナル伝達を阻害し、記憶障害などの後遺症に関連するいくつかの症状を引き起こしている可能性がある」と説明しています。研究グループはさらに、トリプトファンやセロトニンを補充することが新型コロナウイルス後遺症の症状改善に役立つかどうかを検討しています。
セロトニンとは?
ペンシルベニア大学らの研究グループが、今回の研究で新型コロナの後遺症との関連性を示したセロトニンについて、どのような物質なのか教えてください。
郷先生
セロトニンは脳内の神経伝達物質の1つで、今回の研究でも登場したトリプトファンから生合成されます。セロトニンが高濃度に分布している場所は、視床下部や大脳基底核・延髄の縫線核などです。セロトニンは、喜びや快楽などに関連するドパミンや恐怖や驚きなどを司るノルアドレナリンなどの神経伝達物質の情報をコントロールし、精神を安定させる働きがあります。セロトニンが低下するとこれら2つのコントロールが不安定になり、バランスを崩すことで攻撃性が高まったり、不安やうつ、パニック障害などの精神症状を引き起こしたりすると言われています。セロトニンの低下の原因は、女性ホルモンの分泌の減少が関係していることが判明し、更年期障害と関わりがあることも明らかになっています。
今回の発表内容への受け止めは?
ペンシルベニア大学らの研究グループが発表した内容についての受け止めを教えてください。
郷先生
現在、新型コロナウイルスの後遺症に対しては種々の薬剤や漢方薬などが使用されていますが、原因がはっきりとわかっておらず画一化された治療法はありません。今回の研究は、新型コロナウイルス後遺症の場合にどのような変化が体内で起こっているかの一部を解明することができました。セロトニンという物質は抗うつ薬など種々の薬剤で作用を調節しています。そのため、そのような薬を使用することで新型コロナウイルスの後遺症に対して有効性が認められる可能性があるほか、特異的に補充や阻害をすることで症状を抑える新しい薬が開発される可能性も出てきています。新型コロナウイルスの後遺症に悩む人にとって、非常に有益な情報が発見されたと言えるのではないでしょうか。
まとめ
アメリカのペンシルベニア大学らの研究グループは、新型コロナウイルスの患者の一部で、腸内に数カ月残ったウイルスがセロトニン濃度を低下させ、倦怠感、ブレインフォグ、記憶力低下などの新型コロナ後遺症の症状を説明できる可能性があると発表しました。研究グループは「今回の研究がセロトニン濃度が低下している患者を選別し、治療反応を評価するといった臨床試験につながることが期待される」とコメントしていて、今後の研究に期待が集まります。