日本人の1300万人が発症している「慢性腎臓病」による認知機能低下のメカニズムを解明
東京医科歯科大学らの研究グループは、「これまで明らかになっていなかった慢性腎臓病による認知機能低下の分子メカニズムの一端を解明した」と発表しました。この内容について中路医師に伺いました。
監修医師:
中路 幸之助(医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター)
目次 -INDEX-
今回発表された内容とは?
東京医科歯科大学らの研究グループが発表した内容について教えてください。
中路先生
今回紹介する内容は、東京医科歯科大学らの研究グループがおこなった研究で、学術誌「Aging」に論文が掲載されています。研究グループは、認知症の原因として10%程度が慢性腎臓病で説明できると言われながら、慢性腎臓病によって認知症が起こりやすくなる分子メカニズムは十分にはわかっていなかったことに注目して研究をおこないました。研究グループはまず、マウスを用いた行動実験で、慢性腎臓病のマウスの記憶力が低下することを示しました。さらに、慢性腎臓病のマウスと健康なマウスの脳から海馬を抽出して、塩溶と塩析によって可溶性画分と不溶性画分に分けてプロテオーム解析をおこないました。
今回の研究で初めて慢性腎臓病の脳の不溶性プロテオーム解析をおこなった結果、アルツハイマー病でもみられる、不溶性のタウタンパク質やRNAスプライシングに関連したタンパク群の増加が確認されました。また、海馬と大脳皮質でも不溶化したリン酸化タウタンパクが腎臓病のマウスで増加、免疫グロブリンの重鎖が慢性腎臓病マウスで増加していることも検証によって明らかとなりました。これは血液脳関門(BBB)の機能障害によって、物質の透過性が亢進することを示唆しています。研究グループは、この物質の透過性が亢進することについて研究を進めると、腎臓病によって血液中に増える尿素が、マトリックスメタロプロテアーゼ2を活性化し、血液脳関門の機能異常と脳への物質の透過性亢進に関わることがわかりました。
最後に、研究グループは980人の慢性腎臓病患者を対象に、認知機能低下の有無を目的変数として多変量ロジスティック回帰分析を実施したところ、血清尿素窒素濃度の上昇や低栄養状態などが認知症の強力なリスク因子だったことがわかりました。このことから、腎臓の純粋なろ過機能そのものよりも、尿素、そのほかの尿毒症性物質の蓄積が2次的に認知機能低下に関わることが示唆されました。
研究実施の背景とは?
東京医科歯科大学らの研究グループが慢性腎臓病による認知機能低下についての研究を実施した背景を教えてください。
中路先生
慢性腎臓病は日本国内では1300万人以上、世界では7億人以上が罹患(りかん)しているとされている疾患です。慢性腎臓病は自覚症状を起こさないまま進行し、透析が必要になる前の段階から全身の臓器に影響を及ぼすことが判明しています。また、睡眠障害、気分障害、むずむず脚症候群、認知機能障害などの様々な合併症にも関連しています。
東京医科歯科大学らの研究グループは、認知症の原因の約10%が慢性腎臓病で説明できると指摘しつつ、メカニズムは明らかになっていないという課題を示しています。代表的な認知症のアルツハイマー病では、アミロイドβなどのタンパク質が不溶化して蓄積しますが、循環血液と中枢神経系を隔てる血液脳関門の破綻が病初期に起こっていることも注目されています。血液脳関門が機能障害を起こすことは疾患の発症につながる一方で、中枢神経系の治療薬が血液脳関門を超えて脳に移行しやすくさせる創薬研究もとても重要になることから、今回の研究の実施につながりました。
今回の発表内容への受け止めは?
東京医科歯科大学らの研究グループが発表した内容についての受け止めを教えてください。
中路先生
血液脳関門は、血液から脳への有害物質や病原体の侵入を防ぐ関所のようなバリア機構であり、脳の機能を正常に維持するための重要な役割を担っています。今回の研究は動物を用いた基礎研究であることに加え、尿素以外の毒性のある全ての物質を検討したものではありません。しかし、慢性腎臓病の脳において血液脳関門の機能障害に尿素が重要な役割を果たし、血液脳関門の破綻が脳に有害物質の増加をもたらして認知機能の低下をきたすことを示唆した大変興味深い研究であると考えられます。今後、ほかの血液脳関門の障害をきたす神経変性疾患などの病態解明や創薬にも応用される大変有用な知見と思われます。
まとめ
東京医科歯科大学らの研究グループは、「これまで明らかになっていなかった慢性腎臓病による認知機能低下の分子メカニズムの一端を解明した」と発表しました。今回の研究の成果をもとに、新たな治療薬の開発などにつながることが期待されます。