「複雑性PTSD」の症状・原因はご存知ですか?検査・治療法も解説!【医師監修】
公開日:2025/11/21

複雑性PTSDは、長期間にわたる虐待など、繰り返されるトラウマ体験によって発症する精神疾患です。通常のPTSDの症状に加えて、感情のコントロールの困難さや対人関係の問題など、日常生活に大きな影響を及ぼす症状が現れます。本記事では、複雑性PTSDの症状や原因、診断基準、治療法を解説します。

監修医師:
前田 佳宏(医師)
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島根大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科に入局後、東京警察病院、国立精神神経医療研究センター、都内クリニックにて薬物依存症、トラウマ、児童精神科の専門外来を経験。現在は和クリニック院長。愛着障害やトラウマケアを専門に講座や情報発信に努める。診療科目は精神神経科、心療内科、精神科、神経内科、脳神経内科。 精神保健指定医、認定産業医の資格を有する。
目次 -INDEX-
複雑性PTSDの基礎知識
複雑性PTSDとはどのような病気ですか?
複雑性PTSDは、2018年のWHOの国際疾病分類第11版(ICD-11)で新たに定義されました。逃れることのできない状況のもとで、極めて脅威的または恐ろしい出来事(心的外傷的出来事)に曝露されたことで起こる精神疾患です。この出来事は、持続的、もしくは反復的なものとされています。例えば、ドメスティック・バイオレンス(DV)、繰り返される児童期の虐待などです。これらのトラウマ体験をきっかけに、フラッシュバックや悪夢、対人関係での困難さなどさまざまな症状が現れ、日常生活に大きな支障をきたします。
参照:『複雑性PTSD治療を届けるために~ 効果検証と治療者の育成~』(国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター)
複雑性PTSDの症状を教えてください
複雑性PTSDの症状は、大きく、PTSDの基本的な症状と自己組織化の障害という2つ分けられます。核となるPTSDの基本的な症状として、心的外傷的出来事が繰り返し心に突然よみがえるフラッシュバックがあります。まるでその出来事が実際に起こっているかのように感じ、強い恐怖や不安を伴います。また、悪夢、過剰な警戒心、トラウマを思い出させるものを避けようとする行動がみられます。
複雑性PTSDに特徴的なのが自己組織化の障害です。これは感情を調整したり、対人関係をうまく築いたり維持するのが難しいなどの症状を指します。具体的には、感情が抑えられない、喜びなどを感じられない、他者に親近感を持続的に持つことが困難である、人間関係や社会的な関わりを避ける、などです。このほかにも、一時的な解離症状(現実感がなくなるなど)、自分自身が無価値であると感じる、などの症状もあります。
なぜ複雑性PTSDを発症するのですか?
複雑性PTSDを発症する原因は、逃れることが困難または不可能な状況下で、長期間または繰り返し起こる心的外傷的体験です。具体的には、児童期の虐待、長期にわたるDV、拷問などが挙げられます。これらの体験に共通するのは、逃れることが難しい状況に置かれ、繰り返しトラウマにさらされるという点です。
複雑性PTSDとPTSDの違いを教えてください
複雑性PTSDとPTSDの違いは、原因となる体験と症状の広がりです。PTSDは単発の強いストレス事件で発症しますが、複雑性PTSDは長期間、繰り返されるトラウマ体験が原因です。症状に関して、複雑性PTSDは、PTSDの症状群すべてに加えて自己組織化の障害というカテゴリが加わります。
複雑性PTSDの検査と診断、治療法
複雑性PTSDが疑われるときはどのような検査を行いますか?
複雑性PTSDの診断は、問診が中心となります。問診とは、症状の経緯やこれまでの病歴を聞き取る作業です。心的外傷的出来事への曝露の有無、およびその後の症状などを確認します。このほかに、心理検査が行われる可能性があります。心理検査とは、患者さんの気分や思考、行動の特徴や心理状態を質問紙や面接、課題などを通じて客観的に評価する検査のことです。また、必要に応じて一般的な身体検査や血液検査が行われる場合もあります。
複雑性PTSDの診断基準を教えてください
複雑性PTSDの診断は国際疾病分類第11版(ICD-11)に基づいて行われます。複雑性PTSDの症状は、核となるPTSDの症状群と、自己組織化の障害といわれる、二つの主要な症状群に分類されます。この両方のグループの症状が持続的に認められることが必須です。まずは、核となるPTSD症状群ですが、複雑性PTSDでは以下の項目を満たす必要があります。
これらの障害が、日常生活に大きな支障を来していることが必須です。次に、自己組織化の障害を解説します。これには以下の表に示す、3つの症状カテゴリがあります。
この3つのカテゴリそれぞれで、少なくとも1つの症状を認める必要があります。ICD-11では、複雑性PTSDはPTSDとは独立して定義されています。この、自己組織化の障害が複雑性PTSDの特徴でもあります。
- 著しく脅威的または恐ろしい性質の出来事または一連の出来事を体験したことがある(直接体験、目撃、身近な人に起こったことを知る、など)
- 長期にわたり反復的で、かつ逃れることが困難な状況下の出来事である
- 数週間以上症状が持続している
- 以下の3つのカテゴリすべてから、それぞれ少なくとも1つの症状を認める
| カテゴリ | 具体的な症状 |
|---|---|
| 再体験 | ・心的外傷後出来事を単に思い出すだけでなく、今ここで再び起こっているかのように体験すること ・心的外傷後出来事を思い出すと強い苦痛や身体的な反応が起こる ・心的外傷後出来事の記憶が侵入的に繰り返し思い出される |
| 回避症状 | ・心的外傷後出来事についての思考や記憶を避けようとする ・心的外傷後出来事を思い出させる状況、人物を避けようとする ・心的外傷後に関連する場所、会話、物などを避ける |
| 脅威の感覚の亢進(常に警戒している状態) | ・過度な警戒心がある ・些細な刺激にも過剰に驚く ・現在進行中の脅威に対する感覚が高まっている状態が続く |
| カテゴリ | 具体的な症状 |
|---|---|
| 感情調整の困難 | ・感情のブレーキがききにくく過剰に反応してしまう状態 ・衝動的な行動、無謀な行動、または自傷行為 ・感情の麻痺、特に喜びや肯定的な感情を経験できない |
| 否定的な自己概念 | ・自分自身を欠陥、無価値であると持続的に信じている ・トラウマ的な出来事に関連した、深く広範な羞恥心、罪悪感、または失敗感 |
| 対人関係の困難 | ・他者への親密感を維持すること、感じることに持続的な困難がある ・人間関係や社会的な関わりを一貫して避けたり、軽視したりする ・一時的に激しい人間関係を持つが、安定して維持することが難しい |
複雑性PTSDはどのように治療しますか?
複雑性PTSDは治療法が確立されているわけではありません。ただし、多くの国際的なガイドラインなどでは、段階的なアプローチが推奨されており、精神療法が中心となっています。まずは、安全な環境を確保し、感情の制御や対人関係のスキルを身につけることで、日常生活の安定を目指します。十分に安定したのち、安全な治療環境の中でトラウマ体験と向き合い、その影響を軽減していきます。これらは個別の症状にあわせて選択されます。
また、複雑性PTSDでは必要に応じて薬物療法が行われます。代表的な薬剤は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)です。SSRIは脳内のセロトニンという神経伝達物質の働きを調整することで、気分や不安をコントロールする作用があります。
複雑性PTSDが疑われるときの対処法と診断後の注意点
複雑性PTSDかもしれないときは何科を受診すればよいですか?
複雑性PTSDかもしれないと感じたときは、精神科または心療内科を受診しましょう。ほかの病気である可能性や、別の病気が併存することもあるため、自己判断せずに必ず医療機関へ相談してください。
複雑性PTSDと診断された後に、日常生活で気を付けることを教えてください
複雑性PTSDと診断された後は、焦らず少しずつ回復を目指しましょう。まず、安全を確保し、治療を継続することが大切です。精神療法など、複雑性PTSDの治療は長期に渡ることも少なくありません。途中で中断せず、定期的に通院しましょう。
日常生活では、規則正しい生活リズムを保つよう心がけましょう。十分な睡眠時間を確保し、バランスの取れた食事を摂ることが症状の安定につながります。対人関係では、無理に多くの人と関わろうとせず、信頼できる人との関係を大切にするようにします。自分を責めたり、一人で抱え込んだりしそうなときは、専門家などほかの方の助けを借りることを思い出してください。焦らずに、自分のペースで過ごしましょう。
編集部まとめ
複雑性PTSDは、持続的または繰り返される心的外傷的出来事によって生じます。PTSDの核となる症状に加え、自己組織化の障害を必須とする精神疾患です。日常生活や社会生活に支障をきたすため、精神科や心療内科など医療機関への相談が必要です。安全な環境の確保と専門的な介入によって、症状の軽減が期待できます。疑わしい症状があれば、早めに医療機関を受診しましょう。
参考文献
- 『複雑性PTSD治療を届けるために~ 効果検証と治療者の育成~』(国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター)
- 『複雑性 PTSDの診断と特徴,および治療』(公益社団法人 日本心理学会)
- 『Complex post traumatic stress disorder』(ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics)
- 『複雑性PTSD治療前進へ ~心理療法(STAIR Narrative Therapy)の成果~ 』(国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター)
- 『ISTSS Guidelines Position Paper on Complex PTSD in Adults』(International Society for Traumatic Stress Studies)




