「大腸がん治療を拒否する」とどうなるのかご存じですか? 拒否する人はなぜ拒むのか

がんと診断されたときに「治療をしない」という選択をする人もいます。治療を拒む方は、どのような理由で治療しない選択をしているのでしょうか。皆さんは、がんの治療方法や、治療を受けないリスクについて、正しく理解していますか? 今回は、大腸がんの標準治療や治療の負担、治療を受けない場合の影響などについて、池袋ふくろう消化器内科・内視鏡クリニック東京豊島院 院長の柏木宏幸先生に詳しく解説していただきました。

監修医師:
柏木 宏幸(池袋ふくろう消化器内科・内視鏡クリニック 東京豊島院)
大腸がんの治療方法について知る

編集部
はじめに、大腸がんの標準治療について教えてください。
柏木先生
大腸がんの治療ガイドラインによって標準治療が決まっています。がんは進行の程度(ステージ分類)によって治療を決定します。大腸がんは粘膜に発生し、進行により深い層に浸潤していきます。がんが進行する過程でリンパ節転移やほかの臓器への転移が起こる場合があります。粘膜に留まっている早期の大腸がんであれば、内視鏡で「がん」のみを切除し完治することが可能です。しかし、進行すると再発や転移のリスクがあるため、手術で切除することになります。さらに進行している場合には、術後に再発予防のため3~6ヵ月の抗がん剤治療(術後化学療法)をおこないます。すでに遠隔転移(肝転移、肺転移)が認められる場合には抗がん剤での治療を中心に、手術で腸や転移した腫瘍を切除することもあれば、抗がん剤治療のみを継続していく場合もあります。
編集部
大腸がんの治療にはどのくらいの期間が必要ですか?
柏木先生
内視鏡または手術による切除のみの治療では、治療後は経過観察となります。手術の内容や合併症の有無によって治療期間は前後しますが、内視鏡治療の場合には1~7日程度、手術の場合には10~14日程度の入院が必要です。大腸がんは5年以内に再発する可能性が高いため、治療後は最低でも5年間の経過観察(通院)が必要です。術後に抗がん剤治療(術後化学治療)をおこなう場合には術後3~6ヵ月間の治療期間が必要です。遠隔転移などにより手術が困難な場合には、病状に応じて長期間の抗がん剤治療が必要となります。
編集部
内視鏡による大腸がんの治療でつらいと訴える方は多いのでしょうか?
柏木先生
内視鏡治療の場合、合併症がなく完治すれば、つらいと感じることは少ないと思われます。大腸がんは早期発見により侵襲の少ない治療が可能なため、早期発見・早期治療が大切となります。
編集部
手術や抗がん剤による治療では、つらいことは多いのでしょうか?
柏木先生
外科治療(手術)をおこなった場合のつらいことは、手術に対する不安、合併症のリスク、術後の一時的な痛みや日常生活への影響(排便方法の変化)が挙げられます。部位や状態によっては人工肛門が必要となる場合もあります。薬物治療の場合には、抗がん剤治療の副作用で皮膚症状や吐き気、下痢、脱毛、手足のしびれなどの症状が出ることがあります。しかし、副作用に対してほかの薬を併用することで、ある程度症状を緩和することが可能です。
編集部
症状が進行するほど、治療のつらさは増すのでしょうか?
柏木先生
進行が進んでいるほど治療が大変になりますし、治療のための通院や入院をしなければならないため、日常生活には大きな影響を与えます。治療や入院が長くなるほど体力が低下し、身体への影響も大きくなります。しかし、治療してつらい思いをされている患者さんよりも、進行していく過程でつらい思いをされている患者さんを多くみてきました。なので、治療することのつらさを不安に思う以上に治療することで、病気の進行でつらさを感じる状況を回避できるようにすることが重要だと思います。
治療を受けない場合の影響は?

編集部
大腸がんの治療を拒否する人は、どのような理由で拒むことが多いのでしょうか?
柏木先生
手術による身体的負担や年齢の心配などにより、治療に対して不安を感じる人は多くいます。ほかにも、忙しくて今は治療を受けられないという方もいます。中には、「がんは治療しないで良いこともある」「標準治療以外の治療法がある」という情報を信じる方もいます。私の経験として、とある医師のお話をもとに治療を受けなかった結果、がんが進行した状態で外来受診された方がいました。そのとき、誤った情報により人生が大きく変わってしまう方がいることを実感しました。
編集部
標準治療はどうして信頼できる治療方法なのでしょうか?
柏木先生
標準治療は、世界中でおこなわれた臨床試験をもとに有効性や安全性を確認したうえで、最良と考えられた治療法です。患者さんが最良の治療を求めるのであれば、それは標準治療です。治療に関して前向きになれなかった方でも、ご家族や知人の後押しにより治療に至ることは多くあります。主治医と患者さんの信頼関係も大切ですし、正しい情報を理解することや、治療を受けない場合のリスクをきちんと知り、治療を選択することがとても重要です。
編集部
大腸がんの治療を受けずに放置すると、病状はどのように進行しますか?
柏木先生
大腸がんは進行すると粘膜に浸潤し、リンパ節やほかの臓器へ転移する場合があります。大腸の腫瘍が大きくなると、腸の内腔が細くなり、腸閉塞を起こします。嘔吐、腹痛といった腸閉塞症状に苦しむことや、腸に穴が空いてしまうこともあります。また、大腸がんは出血しやすく、腫瘍から多量に出血すると血便になることや貧血を起こすこともあります。さらに、大腸がんは肺や肝臓に転移を起こすことがあり、肺転移では息切れ・呼吸苦・血痰・咳といった呼吸器症状、肝転移では黄疸(おうだん)・腹水・倦怠感など様々な症状を引き起こす可能性があります。
編集部
治療を受けなかった場合の生存率や余命への影響はどの程度ありますか?
柏木先生
治療を受けなかった場合の生存率や余命は個人差があり、人それぞれです。「がん」は組織型(タイプ)によっても進行のスピードが異なり、診断された時点での進行(ステージ)や部位によっても大きく異なります。診断された時点で手術不能(末期)の状態にあり、数日で亡くなることもありますし、その状態から数カ月存命される方もいます。大腸がん以外にも多くの終末期の患者さんを診てきましたが、がんと診断されてからも長く存命される方は一定数います。一方で、多くの患者さんは数日~数ヵ月単位の余命ですが、ホスピスケアとして医師や看護師は患者さんと深く関わる場合があるため、ご年齢や基礎疾患、病状をもとに治療方針を医師と相談することをお勧めします。
治療について悩んでいる方へのアドバイス

編集部
代替療法として選択することが可能な治療もあるのでしょうか?
柏木先生
標準治療以外で代表的な治療には「免疫療法」があり、抗がん剤治療と併用して使用されることもあります。そのほか、世の中には代替療法として様々な治療が存在しますが、有効性に関して明確なエビデンスは証明されていません。また、代替療法の場合、保険適用外の治療となるため治療費も高額です。標準治療が過去の試験や治療成績をもとに専門医たちが考えた最良の治療方法です。
編集部
治療を受けない場合でも、症状を和らげる方法はありますか?
柏木先生
症状を和らげる治療はあります。がんに関連した痛み(がん性疼痛)に関しては内服や点滴、貼布剤などの鎮痛薬を使用します。医療用麻薬も安全に使用することで副作用も少なく、充分な鎮痛効果が得られるため、特にがん性疼痛でお困りの方には使用することが多くあります。その他、吐き気や便秘、腹部膨満なども症状に応じて薬や点滴で対応します。がんに対する治療を受けない場合でも、症状を緩和するために、病院またはご自宅で症状を和らげるための治療をおこなうことが可能です。
編集部
治療を受けるか受けないかについて悩んでいる場合に助言をもらう方法はありますか?
柏木先生
患者さんの状態や経過、背景などを一番知っているのは主治医なので、まずは、主治医の先生に率直な気持ちを伝えることや質問することが大切です。病状や病気の怖さを医師は知っているからこそ、患者さんに適した治療を提案します。信頼している家族や知人の方に相談することも大切です。もし、主治医の先生と良好な関係を築けていない場合や、先生に不信感がある場合や、治療について疑問を感じる場合はセカンドオピニオンといって、ほかの病院を紹介してもらうことも可能です。信頼できる先生に出逢えることが最も重要なことだと思います。
編集部まとめ
大腸がんの治療は、病気の進行を防ぎ、生活の質を維持するための有効な手段です。治療を拒否する背景には様々な事情がありますが、誤った情報による判断は人生を大きく変えてしまうことにつながる場合もあります。標準治療は、科学的根拠に基づき最良の選択肢として推奨されている治療だと改めて理解しました。信頼できる医師や専門家を見つけ、正しい情報をもとに選択することが大切です。本稿が、大腸がんの治療について考える上での一助となれば幸いです。