「糖尿病は親から子に遺伝する」のかご存じですか? 糖尿病の遺伝について専門医が解説

食生活や運動不足など、さまざまな要因によって発症する「糖尿病」。予備軍まで含むと、日本人の6人に1人は発症しているといわれています。いまや国民病ともいえる糖尿病ですが、親から子どもへ遺伝するということを耳にすることもあります。食生活や運動をしっかりしていても、糖尿病になることはあるのでしょうか。今回、日本糖尿病学会専門医である田中先生に噂の真相を伺いました。

監修医師:
田中 慧(医師)
「糖尿病は親から子へ遺伝する」ウワサの真偽

編集部
よく「糖尿病は親から子へ遺伝する」という話を耳にします。これは本当なのでしょうか?
田中先生
結論から言うと、糖尿病の発症には遺伝的な要因があります。ただし、「病気そのもの」が直接伝わるのではなく、「かかりやすい体質」が受け継がれると考えてください。たとえば、家族に糖尿病の人が多いと、将来的に糖尿病を発症するリスクが高くなることはあります。でも、だからといって必ず発症するとは限りません。
編集部
「糖尿病のなりやすさ」が遺伝する、ということですね。
田中先生
その通りです。たとえば2型糖尿病は、「多因子遺伝(たいんしいでん)」という仕組みで起こります。多因子遺伝とは、生まれ持った遺伝子の影響に加えて、加齢や肥満、喫煙などの「環境」が関わる発症パターンのこと。簡単に言えば、「生まれつきの体質」×「生まれた後の環境」が掛け合わさって、糖尿病を発症するかが決まるのです。
編集部
なるほど。「遺伝」と「環境」の組み合わせなのですね。
田中先生
最近はゲノム解析の技術が進んでおり、例えば2型糖尿病について、200種類以上もの小さな影響の遺伝子がかかわりあい、その総和で糖尿病になりやすいかどうかが決まることが分かってきました。また、以前は「2型糖尿病のみが遺伝要素がある」と言われていましたが、最近では1型糖尿病も遺伝的体質が大きく関係していると考えられています。
糖尿病になりやすい人は何に気をつければいいのか

編集部
実際に「自分の子に遺伝するかもしれない」と不安になる方も多いのでしょうか?
田中先生
はい。とくに比較的若くして糖尿病と診断された方や、妊娠中に糖尿病と言われた方は、「将来自分の子どもに遺伝するのでは……」と心配されることが多いですね。 ただし、親とまったく同じように発症するかどうかは人それぞれ。遺伝的要因だけでなく、「環境的なきっかけ」も大切です。
編集部
例えば家族に糖尿病の人が多い場合、何かできることはあるのでしょうか?
田中先生
- 定期的な運動をする
- バランスの良い食事を心がけて、肥満を避ける
- 過度なストレス、睡眠不足を避ける
- 喫煙をしない
など、一見当たり前に思えることが発症リスクの低下につながります。実際に、遺伝的に糖尿病のリスクが高い方も、健康的な生活を送っていると発症しないまま過ごすこともあります。逆に、糖尿病を発症したからといって、必ずしも生活習慣が悪かったというわけではありません。また、定期的に健康診断を受けて「早めに見つける」ことも大事です。糖尿病を発症しても、早期に発見すれば進行を防げることが多いです。
編集部
そうなのですね。
田中先生
「遺伝だからどうしようもない」とあきらめるのではなく、「体質と環境の両方をマネジメントする」という視点を持つことが大事ですね。
若い人でも要注意! 「MODY」について専門医が解説

編集部
では、親に糖尿病があって子どもも同じように発症しているように見えても、実は1型あるいは2型糖尿病のほかに別の病型が隠れている可能性もあるのでしょうか?
田中先生
まさにそういうケースがあります。「MODY(モディ)」というタイプがそうですね。影響が大きい1つの遺伝子素因が原因で起こる糖尿病で、「メンデル遺伝」と呼ばれる、比較的分かりやすい遺伝パターンを持っています。親がその原因遺伝子を持っていれば、子どもに50%の確率で受け継がれます。やせ型で、10代頃の思春期に生活習慣に関係なく糖尿病と診断されることが多く、「何世代にもわたって1型糖尿病あるいは若いけど2型糖尿病と診断されていた人が、よく調べたらMODYだった」というケースもあります。こういったタイプの糖尿病の方は全体の1~5%程度と、数としては多くありませんが、もし当てはまりそうな家系の方は、一度専門医に相談してみるといいでしょう。
編集部
もし正しく診断されると、治療に変化はあるのでしょうか?
田中先生
大きな違いが出る場合があります。たとえば、これまでインスリン注射を毎日使用していた方が、飲み薬や週1回の注射薬だけで血糖値をうまくコントロールできる場合があります。また、タイプによっては、血糖値が高めでも大きな合併症が起きにくく、投薬しなくてもいい場合があるなど、治療方針が大きく変わる例もあります。また、一人の遺伝子診断をきっかけに、家系の全員が連鎖的に診断になるケースも多いです。ですから、「若い頃から痩せ型で糖尿病」「家族にも似たような発症パターン」という人は、専門の医療機関で相談される価値が高いと思います。
編集部
遺伝子診断で最適な治療に結びつけるというわけですね。
田中先生
そうですね。たとえば米国のオバマ元大統領は、「プレシジョン・メディスン」という言葉を提唱しました。日本語で「精密医療」と訳しますが、遺伝情報をもとに、その病気をもつ一人ひとりの病態に最も適した治療法を選択する、という医療の未来像です。日本でも、すでに「がんゲノム医療」として進行中です。糖尿病は生活習慣の影響も非常に大きいため、がんほどシンプルに治療を設計できるわけではありませんが、糖尿病診療の未来像として注目されている分野です。
編集部
ありがとうございました。糖尿病は「体質」と「環境」の両方が関わりつつ、時には特別な遺伝の仕組みもあるのですね。最後に、「糖尿病と遺伝」についてまとめていただけますか?
田中先生
糖尿病は、親から子へ「体質」としてある程度は伝わることがありますが、同じ家族だからといって全員が必ずなるわけではありません。反対に、家族に糖尿病がいなくても、生活環境によっては発症するかもしれません。さらに、MODYのように生活が関係なく糖尿病を発症するタイプもあります。「遺伝」ときくと不安になることも多いかもしれません。しかし、むしろ自分の体と向き合う良いきっかけになるはずですので、前向きに活用してほしいです。
編集部まとめ
糖尿病というと、生活習慣が要因となるイメージがありましたが、遺伝も関係していることがわかりました。とはいえ、糖尿病になりやすい遺伝子を持っている場合でも、普段の生活習慣を整えることで発症リスクを低くすることができます。定期的に健康診断を受けて、発症を防ぐことを心がけましょう。