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世界初のiPS心筋シートが変える未来 – 「いのち輝く」万博から医学会総会へのビジョンまで

 公開日:2025/10/07

日本では、心臓移植を待つ5年という途方もない待機期間の間に、4割の患者が命を落としています。この残酷な現実を前に、大阪大学大学院の澤芳樹教授が開発した世界初の「iPS細胞由来心筋シート」は、製造販売承認を申請し、再生医療の新時代を切り開こうとしています。40年以上にわたり「助けられない命」と向き合い続けた執念が生んだこの技術は、単なる医療イノベーションを超えて、2025年大阪・関西万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」の原点となり、さらに2027年の日本医学会総会へとつながる壮大なビジョンを描いています。死生観を見つめ直し、救われた命が次の命を救う「ペイフォワード」の連鎖、日本の医療が世界に示すべき未来像に迫りました。

澤 芳樹

監修医師
澤 芳樹(大阪大学大学院医学系研究科 心臓血管外科 教授)

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大阪大学医学部を卒業後、心臓血管外科医として臨床と研究に従事。心臓移植や補助人工心臓による重症心不全治療、低侵襲心臓手術などの分野を切り拓き、2006年より大阪大学大学院医学系研究科外科学講座心臓血管・呼吸器外科(第1外科)主任教授、2015年には同研究科研究科長・医学部長を務め、のちに未来医療学寄附講座教授を歴任。2020年紫綬褒章を受章。2021年9月より大阪警察病院(現・大阪国際メディカル&サイエンスセンター 大阪けいさつ病院)の院長に就任し、2024年からは理事長を兼務。日本胸部外科学会理事長、日本再生医療学会理事長を歴任し、国内外の学術活動を牽引。2027年開催の第32回日本医学会総会では会頭を務める。

40年間の心臓外科医人生が生んだ執念

「40年以上心臓外科をやってきて、命と向き合いながら助けられる命が助けられないという悔しい思いを何度も味わってきました」

大阪大学大学院 心臓血管外科教授の澤芳樹氏は、日本の心臓移植の厳しい現実を数字で示しました。日本の年間心臓移植件数は約100件に対しアメリカでは年間4000件が実施されています。待機期間もアメリカが1ヶ月なのに対し、日本は5年という途方もない差があります。

「心臓移植が必要な人は国内に約1000人います。でも100人しか受けられないから、900人は亡くなっています。心臓移植登録をしても、4割の方は5年の待機期間中に亡くなってしまうのです」

この「ノーオプション」の患者たちは、現在何万人もいます。彼らは対症療法を続けながら、日に日に悪化していく心臓の状態に耐え、最後は心臓がショック状態になって亡くなっていくといいます。

「助かる命が、心臓さえあれば皆助かっているはずなのに」この思いが、澤氏を再生医療の道へと駆り立てました。

世界初のiPS心筋シートがもたらした希望

2015年に開発を開始したiPS細胞由来の心筋シートは、心臓移植に代わる治療法ではなく、「心臓移植の手前で何とかする」ことを目指したものです。

「iPSの良いところは、同じものを均一に作れることです。ただ、効果は患者さんの心臓の状態によって変わってきます」

2020年から始まった治験の結果は、医学界に衝撃を与えました。治験前には心不全の重症度を示すNYHA分類でⅢ度(日常生活に著しい制限がある状態)だった患者が、開始後1年で半数がⅠ度(日常生活に制限なし)、もう半数がⅡ度(階段など軽度〜中等度の身体活動に制限はあるが、安静時は無症状)に改善しました。

「最長5年経過していますが、皆さん社会復帰して仕事に就いています。自宅待機で対症療法を続けていた方々が、働けるようになりました。この経済効果も含めて考えると、非常に大きな成果です」

このような結果を受けて、ついに製造販売承認を申請しました。もし承認されれば、世界初のiPS細胞由来再生医療製品の実用化となります。

グローバル展開への挑戦

しかし、澤氏の視線はすでに世界に向いています。アメリカに設立したアイリハート社(iReheart Inc.)を通じて、スタンフォード大学と連携し、FDA(米国食品医薬品局)への申請準備を進めています。

「日本の会社がアメリカに行って成功した例は一例もありません。悲しいことですが、ベンチャーでもスタートアップでも」

その理由は明確です。ハイリターンを求める海外投資家は、日本で設立され特許や定款がそのままで、日本の投資家が既に多く出資している企業に対して投資はしません。そこで澤氏は、新会社を作り、特許も全て新しくしました。

2015年に作った心筋シートで薬事申請まで10年かかりました。次の製品で同じことをしたらまた10年かかります。だから同時並行でアメリカでの開発も進めています。3年後にはスタンフォードのデータが出て、スタンフォード発のベンチャーとして展開する予定です

万博テーマに込められた死生観

実は、2025年大阪・関西万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」は、澤氏も関わって生まれたものです。

2014年、澤氏は「いのち未来プロジェクト」を立ち上げ、「202X年にいのちの万博を」と提唱しました。当時、医学部の学生だけで始まったプロジェクトは、やがて様々な学部の学生が参加する活動に発展しました。

現代人は死生観がなさすぎます。明日だって死ぬかもしれません。その覚悟があれば、今日という日をもっと大切に生きられるはずです

澤氏は、ロシア・ウクライナ戦争を例に挙げ、戦争の犠牲になるのは罪のない一般市民であることに対し、強い懸念を示しました。また、江戸時代の「切り捨て御免」という厳しい社会状況下でも、人々は日々の生活を営んでいたという歴史的背景にも触れています。

その上で、現代の日本が享受している平和について、改めてその価値を認識する必要があるのではないか、と現状への問いかけを促しました。

「いのちのペイフォワード」が生む連鎖

学生たちは、澤氏の思想を「ウェルビーイング・フォー・ウェルダイイング」「ラストワード」「いのちのペイフォワード」といったキャッチーな言葉で表現しました。

「私は一切教えていません。ただ、死生観を大事にしながら今日を健康に生きようという考えを話しただけです。それを若い子たちが純粋に受け止めてくれました」

2016年、学生たちは「若者が考える100の提言」を作成し、当時の松井大阪府知事に提出しました。代表の川竹さん(京都大学4回生)は、2018年にBIE(博覧会国際事務局)総会でプレゼンテーションをおこないました。その情熱的な発表が、最終選考に残っていたロシア、アゼルバイジャンを破り、万博が大阪で開催される決め手の一つとなりました。

「いのちのペイフォワード」には、医療の発展により救われた命が、次の誰かを助けるという「恩送り」の意味が込められています。心筋シートで救われた患者が社会復帰し、新たな価値を生み出します。まさにペイフォワードの実践です。

2027年医学会総会へのビジョン

澤氏は2027年に開催される日本医学会総会の会長も務めます。テーマは「医学のレジリエンス~未来への挑戦と貢献~」です。

「COVID-19の時、志村けんさんが亡くなっただけで皆が恐怖に陥りました。それはリアルに死を感じたからです。でもワクチンができて、重症化しなくなりました。これが医学のレジリエンスです」

万博から医学会総会へ。この流れの中で、澤氏は日本の医療の課題も指摘します。

医師会に病院のリーダーの意見が十分に届く構造になっていません。医学会と医師会が連携して、本当の意味での医療改革を進める必要があります

さらに、若い世代へのメッセージも忘れません。

「グローバルでは激しい競争があります。中国や韓国も必死です。徒競争で順位をつけないといった感覚のままでは、勝ち残ることはできません」

日本の技術を世界へ-ダイヤモンドの原石を磨く

「グローバルヘルスケア企業の人に言われました。『日本はダイヤモンドの原石がゴロゴロしているのに、磨かないでそのままにしている』と」

日本には素晴らしい科学技術があるのに、社会実装が下手だといいます。だからこそ、中ノ島クロスのような拠点を作り、海外のスタートアップ支援の仕組みを導入しています。

「CICやジョンソン&ジョンソンのクイックファイアチャレンジ、アストラゼネカも参画してくれています。日本の企業も『いかん』と思って来てくれることを期待しています」

治療費が高額になるという課題もあります。しかし澤氏は前向きです。

「今は心臓移植を待つ段階の患者さんが対象ですが、将来はもっと早い段階で治療できるようになります。そうすれば、より多くの命を救えるはずです」

編集部まとめ

万博で示される再生医療の可能性。それは単なる技術展示ではなく、日本が世界に誇るべき「いのちの技術」の結晶です。澤氏の心筋シートは、文字通り「REBORN(生まれ変わる)」を体現しています。40年間、助けられなかった命への思いが、世界初の技術を生み出し、今まさに実用化の扉が開かれようとしています。2025年の万博、そして2027年の医学会総会。日本の医療が世界に向けて大きく羽ばたく時が来ています。

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