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命を預かる現場で、“事故ゼロ”を実現する順天堂麻酔科チームの底力(2/2ページ)

 更新日:2025/08/04
命を預かる現場で、“事故ゼロ”を実現する順天堂麻酔科チームの底力

それぞれの専門性を活かす──現場を支えるチーム医療

それぞれの専門性を活かす──現場を支えるチーム医療

桑鶴院長桑鶴院長

薬剤管理や術後のリハビリについてはどうでしょうか?

川越いずみ医師川越教授

薬については薬剤師が関与していて、外科医が事前に確認していますが、最終的に術前外来で薬剤師が再度チェックします。手術に応じて中止すべき薬や続けるべき薬を、私たちよりも詳しく判断してくださるので、とても心強い存在です。

また、術後リハビリについては術前外来での情報をもとに、リハビリスタッフを中心に進めています。術前から介入することで、術後の回復がスムーズになるため、とても助かっています。

編集部編集部

術後の疼痛管理について、力を入れている点があれば教えてください。

川越いずみ医師川越教授

術後の痛みの管理は、私自身もとても関心を持っている分野です。とくに肺の手術では、術後に痛みが強いと呼吸がうまくできなくなってしまい、痰が出づらくなったり、傷の治りが遅くなったりして、結果的に肺炎になってしまうこともあります。ですので、胸のあたりの手術後には、痛みの管理がとても重要なのです。

また、子どもは痛みを感じると活動が低下してしまうので、私たちは呼吸器や上腹部の手術、小児の手術にとくに力を入れています。今はAPSという急性疼痛管理チーム(麻酔科医、特定看護師、薬剤師)が中心になって、侵襲の大きな小児手術から重点的に取り組んでいます。チームで痛みを評価し疼痛管理をおこなっています。臨床心理士・保育士・子ども療養支援士が病棟で子どもの行動を観察したりインタビューをしたりしています。

こうした取り組みは、保護者の方々から非常に信頼されており、「子どもが痛がっているように見えるのに、誰も対応してくれない」といった不安を抱えずに済むようになっていて、小児外科の先生方からも高い評価をいただいています。

編集部編集部

なるほど。やはりお母さんの不安も含めて、親子一体で見ていかないといけないですよね。

川越いずみ医師川越教授

そうなのです。小児医療は「お母さんの医療」とも言える面があり、お母さんに安心してもらうことも大切です。それに、痛みをしっかり抑えることで、呼吸状態の改善や回復のスピードが上がるというのは、科学的にも示されていますし、現場でも実感しています。

桑鶴院長桑鶴院長

それに関わる形で、特定行為をおこなえる看護師の存在も重要ですよね。

川越いずみ医師川越教授

はい。APSのチームには、術後の硬膜外鎮痛ポンプの調整など周術期の特定行為ができる麻酔科所属の特定行為看護師がいます。看護師さんたちは、私たち医師より患者さんの声に耳を傾ける力が高いので、とても重要な役割を果たしてくれています。さらに、病棟の看護師との連携も取れているので、チームとしてうまく機能しています。

編集部編集部

「タスクシフト」「タスクシェア」という言葉をよく聞きますが、実際に現場に落とし込めている組織はまだ少ない印象があります。その点、順天堂さんはすごく進んでいる印象があります。

桑鶴院長桑鶴院長

川越先生は、特定行為に関する委員もされていますよね。

川越いずみ医師川越教授

はい、私も日本麻酔科学会の特定行為研修管理委員を務めています。自分の職場でうまく実装できている事例を、全国の麻酔科関連施設にも共有できたらと思っています。私たち麻酔科医は、患者さんとの会話や細かな調整が苦手な人も多いので、そういう部分を特定看護師の方に担っていただけるととても助かりますし、患者さんへの医療の質も向上します。

将来的には、術前外来の場でも補助的な役割を果たしてもらって、患者さんの話をじっくり聞いたり、麻酔に詳しい特定行為看護師ならではの視点で説明してもらえたりしたらいいなと思っています。

桑鶴院長桑鶴院長

確か、4月から2人ほど人員が増えるのですよね。

川越いずみ医師川越教授

はい。さらに1名は産科麻酔の現場にも派遣しています。とても良い形で進めているとは思いますが、まだどこまで効率的に動けるかは試行錯誤中です。

桑鶴院長桑鶴院長

それでも確実に前進しているのは間違いないです。

「無痛分娩=快適」だけじゃない──知っておくべきリスクと選び方

「無痛分娩=快適」だけじゃない──知っておくべきリスクと選び方

編集部編集部

次に「無痛分娩」について伺いたいと思います。24時間対応の無痛分娩をおこなわれているとのことですが、これはかなり難しい取り組みなのだと思います。一般的な無痛分娩は、あらかじめ分娩の時間を決めて、その時間に合わせておこなうものだと思いますが、実際どのようにおこなわれているのでしょうか?

川越いずみ医師川越教授

私たちとしても計画的に対応できるのが理想的ではあります。ただし、お産は予測が難しいものです。私は産科の専門ではありませんが、自然に陣痛が始まってからの分娩のほうが、時間的にもスムーズだったり分娩経過が良好であったりすることも多いようです。

計画的に陣痛促進剤を使った場合は、かえって長引いてしまうこともあるようです。多くの妊婦さんに対応するとなると、自然陣痛のほうがより多く対応できるというメリットがあります。

編集部編集部

お母さんの自然な陣痛に合わせて無痛分娩をおこなうとなると、現場としては大変なことが多いですよね。

川越いずみ医師川越教授

はい。現在は、麻酔科のコアメンバーが産科の専従スタッフとして数名おり、麻酔科からもスタッフを派遣して、両方の体制でうまく連携して回るように取り組んでいます。

桑鶴院長桑鶴院長

この1年で、無痛分娩の体制はかなり進化しましたね。

編集部編集部

計画的な分娩もおこなっているのですか?

川越いずみ医師川越教授

はい。「いつ始まるか分からないのをドキドキしながら待つより、◯日の◯時に始まりますよ」と言ってもらえるほうが安心、という妊婦さんに対応して計画的な無痛分娩もおこなっています。

編集部編集部

無痛分娩のうち、自然分娩の割合はどれくらいになるのでしょうか?

川越いずみ医師川越教授

1日あたり4件ほどの分娩があるうち、週に3〜4回は計画分娩を実施しています。それ以外のほとんどは自然分娩となっています。

編集部編集部

それだけの体制で自然分娩が多いというのは、本当にすごいことですね。

川越いずみ医師川越教授

ありがたいことではありますが、常に運用面では悩みがつきません。医療者側の負担と妊婦さんの希望のバランスをどうとるか、いつも模索しています。

また、これは一施設や一人の医師の努力だけで続けられるものではないので、誰か一人に負担が集中しないような人的体制を整えていく必要があると考えています。

編集部編集部

そうした中で、東京都が来年度から分娩時の疼痛管理に対する助成制度を実施するとのことですが、これはどのように捉えるべきでしょうか?

川越いずみ医師川越教授

助成自体は歓迎すべき動きですが、制度が整わないまま無痛分娩を始めてしまう施設が出てくる可能性があることには注意が必要です。今、国のレベルでも「無痛分娩をやりたい」という産科の先生に対して、トレーニング制度を整備しようという動きが進んでいます。今後は、一定の基準を満たさなければ助成を受けられない、という形になるのではないかと思われます。

そのトレーニングには、無痛分娩の手技だけでなく、気道管理や急変時対応など、より広範なスキルが含まれます。そうした対応ができる点で、麻酔科医が関わる意義があるのです。

編集部編集部

無痛分娩によってリスクが上がるということもあるのでしょうか?

川越いずみ医師川越教授

妊婦さんは若い方が多いため、大きなトラブルに発展する可能性は極めて低いのですが、万が一のときは母体と胎児、2人分のリスクを考える必要があります。

助成が出ることで、「本当は無痛を希望していなかったけれど、補助が出るならやってみようかな」という安易な選択につながることを、私たちは少し心配しています。希望される方にはリスクを丁寧に説明しておこないますが、軽い気持ちで受けるものではないと思っています。

編集部編集部

確かに、人間は「せっかくなら」と思ってしまうところがありますよね。ちなみに、無痛分娩を希望する場合、安全な施設を見極めるポイントなどはありますか?

川越いずみ医師川越教授

「危ない施設を見分ける」というよりは、「これまで長く無痛分娩に取り組んできたかどうか」を見るのがよいと思います。最近始めたのではなく、以前から継続して実績があること。そして、麻酔科医が常勤していることも重要です。必ずしも産科麻酔専従の麻酔科医である必要はありませんが、いざというときに対応できる体制が整っていることが大切です。

桑鶴院長桑鶴院長

やはり、実績が大事ですね。

川越いずみ医師川越教授

はい。無痛分娩というのは、そもそも「なくてもいいけれど、あった方が快適」という非生理的な技術です。その分、リスクもあります。そのリスクを含めて正しく伝えるのは、私たち麻酔科医の責任でもあります。

桑鶴院長桑鶴院長

確かに、その視点はとても重要ですね。

編集部編集部

「無痛分娩は素晴らしいもの」としか思っておらず、リスクをそれほど深く考えていませんでした。認識を改めたいと思います。

川越いずみ医師川越教授

私自身は無痛分娩に否定的ではありませんが、「万が一」の事態を知っている麻酔科医だからこそ、無痛分娩を選ばないこともあるように思います。実際うちの医局でも自分の出産時に無痛を選ぶスタッフが全員ではありません。

編集部編集部

専門家でも意見が分かれるというのはとても興味深いですね。

川越いずみ医師川越教授

はい。そして、仲間を信頼して無痛分娩を選ぶ医師もいます。それもまた、麻酔科医への信頼に基づいた選択です。

“痛みゼロ”より“生活が楽に”を目指して──ペインクリニックの役割

“痛みゼロ”より“生活が楽に”を目指して──ペインクリニックの役割

編集部編集部

最後にペインクリニックについてお聞きします。一般の方にとっては、ペインクリニックという言葉はまだ比較的新しく感じるのではないかと思うのですが、今後、ペインクリニックはどのような役割を果たしていくのでしょうか?

川越いずみ医師川越教授

疼痛の緩和がペインクリニックの基本的な目的であることは変わりません。ただ、長寿社会においては、病気を抱えながら生きていくことが当たり前になってきています。

そこで私たちが目指しているのは、痛みをゼロにすることよりも、「社会生活が楽になること」です。痛みがあっても生活できることをゴールとしており、そのような患者さんがペインクリニックを活用するケースも増えています。高齢者が増えれば、必然的にそうした患者さんも増えてきます。

編集部編集部

なるほど。

川越いずみ医師川越教授

ですので、以前のように神経ブロックなどの劇的な治療は減っているかもしれません。がん性疼痛は別ですが、そのほかのケースでは、定期的なマイルドな治療(の組み合わせなど)を続けながら生活を維持することが重要になっています。

編集部編集部

様々な取り組みのお話、非常に参考になりました。ありがとうございました。

編集部まとめ

順天堂医院麻酔科は、年間1万件超の手術に対応しながらも麻酔事故ゼロを継続しています。高難度手術や無痛分娩、術後の疼痛管理、ICUでの全身管理まで、多岐にわたる医療の現場で、チームとして質の高い医療を実践されていました。術前外来によるリスク評価や多職種連携、特定行為看護師の活躍などの工夫が“安心して任せられる麻酔”を支えています。本稿が読者の皆様にとって、麻酔医療への理解と信頼を深める一助となりましたら幸いです。

この記事の監修医師