奥歯を抜歯したらそのままでもいい?放置するリスクや治療方法を解説
更新日:2025/08/22

奥歯を抜歯した後に「痛みがなくなったからこのままで大丈夫」と考えてしまう患者さんは少なくありません。しかし、奥歯はお口全体の噛み合わせを支える大切な役割を担っています。そのまま放置してしまうと、噛み合わせの乱れだけでなく、むし歯や歯周病、顎関節症など、思わぬトラブルに発展する可能性があります。今回は、奥歯を抜歯した後に放置するリスクと治療方法、治療に適したタイミングや注意点について、歯科医師の視点からわかりやすく解説します。

監修歯科医師:
松浦 京之介(歯科医師)
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歯科医師。2019年福岡歯科大学卒業。2020年広島大学病院研修修了。その後、静岡県や神奈川県、佐賀県の歯科医院で勤務。2023年医療法人高輪会にて勤務。2024年合同会社House Call Agencyを起業。日本歯科保存学会、日本口腔外科学会、日本口腔インプラント学会の各会員。
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奥歯を抜歯したらそのままでいいのか
奥歯を抜歯した後、そのまま放置しても大丈夫だろうと考えてしまう患者さんは少なくありません。たしかに、前歯のように見た目への影響が少ないため、忙しさや痛みが落ち着いたことを理由に治療を後回しにする方もいるでしょう。しかし、臼歯と呼ばれる奥歯は、咀嚼の主役ともいえる存在です。特に奥歯は硬い食べ物をすりつぶすだけでなく、噛む力を分散させ、顎の関節や周囲の歯への過剰な負担を防ぐ役割を担っています。
この奥歯を失ったままにすると、残っている歯が空いた部分へ傾いたり、対合する歯が伸びる挺出(ていしゅつ)が起こったりすることが知られています。その結果、噛み合わせが崩れ、噛む力のバランスが偏ることで顎関節症を引き起こすリスクも高まります。また、抜歯後の歯茎のくぼみには食べかすや細菌が溜まりやすく、むし歯や歯周病の発生・進行を助長する原因にもなります。
そのため「痛みがなくなったから治療は終わり」ととらえるのではなく、抜歯で空いたスペースをどう補うかは長期的なお口と身体の健康を守るために重要な選択です。顎の骨がやせる前に適切な方法を選ぶことが、将来の噛み合わせトラブルを防ぐ鍵となります。抜けたままの状態を放置せず、歯科医師と相談しながら自分に合った治療を進めましょう。
抜歯後に放置したときのリスク
奥歯を抜いた後そのまま放置すると、以下のようなリスクが生じます。
噛み合わせが崩れる
奥歯を失ったままにしておくと、残っている周囲の歯が少しずつ動いてしまいます。人間の歯は常に上下の歯で支え合っているため、噛み合う相手がなくなると、その隙間を埋めるように隣の歯が傾いたり、対合する歯が挺出してきたりします。例えば、下の奥歯を失った場合、上の奥歯が空いたスペースに向かって挺出し、噛み合わせが合わなくなることがあります。このように噛み合わせのバランスが崩れると、食事の際に片方の歯だけに負担がかかり、残っている歯の寿命を縮めることにもつながります。噛み合わせが崩れることで、顎の関節にも余計な負担がかかり、顎関節症を引き起こす原因になることもあるため、注意が必要です。左右の咀嚼バランスが乱れる
奥歯を失った状態では、自然と噛みやすい側で咀嚼を行うようになります。なかには、片方の奥歯だけで長期間噛むことに慣れてしまう患者さんもいます。しかし、左右どちらかだけで噛む習慣がつくと、顎の筋肉の発達や顔の輪郭に左右差が生じることがあります。 また、片側だけに負担が集中すると、残っている歯や歯茎にも負荷がかかり、むし歯や歯周病のリスクが高まるだけでなく、顎の関節に痛みが出ることもあります。左右の噛む力のバランスは、全身の姿勢にも関わるとされており、肩こりや頭痛といった身体の不調につながるケースもあります。失った歯を放置することは、咀嚼機能だけでなく、身体全体のバランスに影響する可能性があるととらえておきましょう。むし歯や歯周病リスクが増加する
抜歯後にできたスペースは、食べかすが溜まりやすく、歯ブラシの毛先が届きにくいため、プラーク(歯垢)が残りやすくなります。その結果、周囲の歯がむし歯や歯周病にかかるリスクが高まります。特に奥歯の部分は視界に入りにくく、セルフケアだけでは汚れを完全に除去するのが難しいことが多いです。さらに、噛み合わせが崩れて歯並びが乱れると、歯と歯の隙間に汚れが詰まりやすくなり、より一層リスクが高まります。むし歯や歯周病が進行すると、さらに歯を失う原因にもなるため、抜歯後のスペースを放置せず、できるだけ早めに治療計画を立てることが大切です。抜歯後に選べる治療方法
奥歯を抜いた後の治療方法としては、主にインプラント、ブリッジ、入れ歯の3つが挙げられます。
インプラント
インプラントは、抜歯によって失われた歯根の代わりに、チタンやチタン合金製の人工歯根(インプラント体)を顎の骨に埋め込み、そのうえにアバットメントと呼ばれる連結部分を介して人工歯を装着する方法です。顎の骨とインプラント体が結合するオッセオインテグレーションという現象により、しっかりと固定され、天然歯に近い噛む力を発揮できます。 インプラントは両隣の健康な歯を削る必要がなく、独立して機能する点が大きな特徴です。噛み合わせの力を顎骨に直接伝えられるため、咀嚼効率を高く保つことができ、周囲の歯への負担も最小限に抑えられます。ただし、顎の骨の量や質が十分でない場合には、骨造成(GBR法やサイナスリフト)という骨を増やす処置を追加することがあります。また、糖尿病など全身疾患がある場合は治癒力が低下する可能性があり、慎重な適応判断が必要です。 インプラントを長く機能させるには、天然歯以上に丁寧なセルフケアと、歯科医院での定期的なメインテナンスが欠かせません。インプラント周囲炎という炎症を防ぐため、毎日のケアと定期検診を継続することが重要です。ブリッジ
ブリッジは、欠損部分の両隣の歯を削り、支台歯として被せ物を装着し、その間を連結した人工歯(ポンティック)で補う方法です。固定式のため着脱の必要がなく、見た目も天然歯に近く仕上げられます。 ブリッジでは、噛む力が支台歯を通じて伝わるため、噛み合わせが安定しやすいというメリットがあります。ただし、健康な歯を大きく削って土台にする必要があり、神経を除去する場合も少なくありません。そのため、支台歯がむし歯や歯周病になりやすくなる点には注意が必要です。 また、ブリッジの下の歯茎には隙間ができるため、食べかすが溜まりやすく、適切な補助清掃具(デンタルフロスや歯間ブラシなど)を用いて毎日のケアを丁寧に行うことが求められます。ブリッジは噛む機能を早く回復できる一方で、土台の歯の寿命を縮めないように、定期的な点検とプロフェッショナルケアが重要です。部分入れ歯
部分入れ歯は、歯が複数欠損している場合や、両隣の歯の状態からブリッジが適用できない場合に選択されることが多い治療法です。残存歯に金属のバネ(クラスプ)を引っかけて固定し、必要に応じて歯茎を補う床(義歯床)がついています。部分入れ歯はほかの補綴治療に比べて短期間で製作が可能で、患者さん自身で取り外して清掃できるのが利点です。ただし、慣れるまでは話しにくさや違和感を覚える方もいます。 また、クラスプがかかる歯や歯茎に負担がかかるため、定期的な調整を行わないとバネをかけた歯がぐらつくリスクもあります。さらに、顎の骨は噛む力が直接伝わりにくくなるため、部分入れ歯だけでは顎骨の吸収を完全に防ぐことはできません。部分入れ歯を快適に使い続けるには、歯茎や残った歯の健康管理と合わせて、入れ歯自体のメインテナンスも欠かせません。その他の方法
患者さんの口腔内の状況によっては、マウスピース型矯正などの歯列矯正で抜歯部位の空隙を閉じることができる場合もあります。特に歯並びの乱れを伴う症例では、矯正治療と補綴治療を組み合わせて、機能と見た目を両立させることが可能です。 例えば、前歯から奥歯にかけて歯の傾きが大きいケースでは、マウスピース型矯正を活用してスペースをコントロールし、噛み合わせを整えたうえで必要に応じて補綴を行うこともあります。また、総入れ歯が必要になるほど多くの歯を失った場合には、インプラントを数本埋入して入れ歯を固定するインプラントオーバーデンチャーという方法もあります。 このように、患者さんごとに骨の状態、歯並び、噛み合わせ、全身の健康などを総合的に診断し、治療計画を立てることが重要です。治療法ごとのメリット・デメリットをよく理解し、納得したうえで治療を進めることが、将来的なお口の健康を守る大切なポイントです。治療に適したタイミング
続いては、奥歯を抜歯したらどのタイミングで治療を受けるべきかについて解説します。
骨がやせる前が理想的
奥歯を抜歯した後、補綴治療を始めるタイミングは、顎の骨の状態が大きく関わります。歯を失った部分の顎の骨は、歯根からの刺激がなくなることで、時間の経過とともに少しずつ吸収され、やせていきます。たしかに、抜歯した直後は痛みや腫れが落ち着くのを待つ必要がありますが、顎の骨がやせてしまう前に治療を始めるのが理想的です。 例えば、インプラントを選択する場合、十分な骨量が必要です。骨が減ると、インプラント体を固定する土台が足りなくなり、骨造成などの追加処置が必要になることがあります。これにより治療期間が長引いたり、患者さんの負担が大きくなったりすることも考えられます。 ブリッジや部分入れ歯でも、周囲の歯が動いてしまう前に計画することで、噛み合わせの調整がスムーズになります。抜歯後の治療は、「痛みがなくなったからもう大丈夫」ととらえて放置するのではなく、顎の骨や周囲の歯の状態がよいうちに進めることが大切です。全身疾患や口内状態を整えてから
治療をスムーズに進めるためには、全身の健康状態やお口の環境を整えることも欠かせません。糖尿病や高血圧、心疾患などをお持ちの患者さんの場合、治療計画を立てる前に主治医と連携をとり、全身状態が落ち着いているかを確認します。 特にインプラントは外科処置を伴うため、術後の治癒力に影響する全身疾患がある場合は慎重な判断が必要です。また、むし歯や歯周病が残っている場合は、先にこれらの治療を行い、口内環境を整えてから補綴治療に移るのが望ましいといえます。 治療に適したタイミングは、患者さんの身体やお口の状態によって変わります。自己判断で先延ばしにするのではなく、歯科医師と相談しながら進めることが、長期的に健康な噛み合わせを保つポイントです。抜歯後に注意すべきこと
最後に、奥歯を抜歯した後の注意点について解説します。
口腔ケアを丁寧に行う
奥歯を抜いた後は、抜歯部位を含めてお口全体のケアを丁寧に行うことが重要です。抜歯後の傷口は、治癒が進むまで細菌感染のリスクがあります。歯ブラシがあたって痛いからといって清掃を怠ると、周囲の歯や歯茎にプラークが溜まり、むし歯や歯周病の原因になります。 抜歯した部分は直接歯ブラシを当てない方がよい場合もありますが、周囲の歯はいつも以上に優しく丁寧に磨くよう心がけましょう。また、うがい薬を使ったり、食後はお水で口をすすぐなどしたりして清潔を保つことも大切です。治癒の経過によってケアの方法は変わるため、痛みや腫れが続く場合は無理せず、歯科医院で相談してください。片側で噛む癖をつけない
奥歯を失った側で噛むと痛みや違和感が残る場合、無意識のうちに反対側だけで噛む癖がついてしまう患者さんは少なくありません。しかし、片側だけで噛み続けると、噛み合わせが乱れる原因になります。 また、顎の関節にも負担がかかり、顎関節症のリスクが高まることもあります。片側の歯だけで長期間噛むことは、筋肉のバランスにも影響し、身体のゆがみや肩こり、頭痛を引き起こすことがあるため注意が必要です。 抜歯した部分を補う治療を行うまでは、できるだけ両側でバランスよく噛むように意識しましょう。もし噛むたびに痛みを感じる場合は、我慢せず歯科医師に相談してください。硬い食べ物は避ける
抜歯後しばらくは、噛む力が片側に偏ることで残っている歯や歯茎に負担がかかります。硬いせんべいやナッツなどを無理に噛むと、残っている歯にヒビが入ったり、詰め物が外れたりするトラブルにつながることもあります。 また、抜歯した部分の粘膜に強い刺激が加わると、治癒の妨げになることがあります。特に抜歯直後は、やわらかく栄養価の高い食事を選び、顎に負担をかけないように心がけましょう。 抜歯した側だけでなく、全体の噛み合わせや残存歯を守るためにも、硬いものを避ける食生活は大切です。必要に応じて、治療が完了するまでの間、無理のない食事内容を歯科医師に相談しながら進めてください。まとめ
奥歯を抜歯したまま放置すると、噛み合わせが崩れたり、むし歯や歯周病のリスクが高まったりするなど、お口と身体の健康に大きく関わります。骨がやせる前に適切なタイミングで治療を行い、治療中も片側噛みを避ける、丁寧な口腔ケアを続けることが大切です。どの治療法が適切かは患者さんそれぞれ異なりますので、気付く前に症状が進行しないよう、少しでも不安があれば早めに歯科医院に相談しましょう。




