「国民皆歯科健診」ってどんな制度? 実施時期や内容を歯科医が徹底解説
2022年6月の報道で話題になった「国民皆歯科健診」。国民に対して年1回の歯科健診を義務づけるという点が注目を集めましたが、はたして国民皆歯科健診は今後実現するのでしょうか。さらに、実施された場合にどのような方法でおこなわれるのか、私たちにどのようなメリット・デメリットがあるのかなども気になるところです。今回は、「医療法人NINE NETWORK」の竹山先生にお聞きしました。
※記事公開時点での情報に基づいて記載しております。検討段階で正式に決定していない制度であるため、今後詳細について変更になる可能性があります。
監修歯科医師:
竹山 旭(医療法人NINE NETWORK NINE DENTAL 心斎橋PARCO)
国民皆歯科健診とはどんな制度?
編集部
2022年6月の報道で話題になった「国民皆歯科健診」とは、具体的にどのような制度なのでしょうか?
竹山先生
簡単に言うと、現在は高校まで義務づけている歯科健診を、全国民が年に1回受診することを目標とした制度です。「義務」というと少し重い感じがしますが、要するに費用を国が負担して、全国民が年に1回歯科健診を受けられる仕組みをつくるということです。
編集部
なぜ、このタイミングで「国民皆歯科健診」なのでしょうか?
竹山先生
たしかに、みなさんからすると突然のニュースに思われるでしょうが、国民皆歯科健診については以前より専門家の間で議論されてきました。それが今回、本格的にプロジェクトを進めようという具体的な検討になったわけです。お口の中の病気は血液検査や尿検査のように結果を数値化して、病気の疑いやリスクを知ることがこれまで困難とされていました。しかし近年は、唾液から細菌の数や種類を特定して歯周病のリスクを客観的に評価できるといった、歯科医療の分野でも検査技術が進歩しています。このような点が、国民皆歯科健診が一歩前進できた要因だと思います。
編集部
そのほかに、国民皆歯科健診を後押しする要因はあるのでしょうか?
竹山先生
国民の寿命が延びたことで、「歯科で問題なのはむし歯と歯周病だけではない」ということがわかってきたことも大きな要因だと思います。年をとると、むし歯や歯周病だけでなく食べ物が「噛めない」「飲み込みにくくなる」というのも、じつは深刻な問題です。近年は、このような口腔内の衰えが全身の病気にも関わっているというエビデンスも積み重なってきました。これにより、お口の健康から体を健康にすること、健康寿命を延ばすことが国民皆歯科健診の大きな目標に掲げられています。
編集部
国民皆歯科健診の実施時期や実施内容などは、具体的に決まっているのでしょうか?
竹山先生
実施時期について、日本歯科医師会は「3~5年を目処に取り組みを進めていくことが目標」としていますが、個人的にはもう少し先になると予測しています。また、実施内容についてはこれから検討されるようですが、一部では健保組合などが毎年実施する健康診断の中に歯科の項目を盛り込むという案があるようです。学校歯科健診のように歯科医師が会場に赴いて大規模におこなう方法も考えられますが、これについては人材確保や財源、診査基準をどうするかなど課題は多いでしょう。
国民皆歯科健診が実現するとどうなる? 気になるメリット・デメリット
編集部
国民皆歯科健診には、どのようなメリットがあるのでしょうか?
竹山先生
健診を受ける側のメリットとしては、「1年ごとに自分のお口の健康状態がわかる点」や「リスクがわかった時点で早期に対処できる点」が挙げられます。病状が進行してからだと大がかりな治療になり費用もかかってしまいますが、早期にむし歯や歯周病を発見できれば治療費もあまりかからずに済むでしょう。加えて、我々歯科医師にとっては「国民のみなさんが自身のお口の健康について関心をもっていただく機会が増える点」もメリットだと考えています。例えば、みなさんが年に1回受けている健康診断は「メタボになってきたな」「肝臓の数値が悪いな」などが自身の健康に関心をもつきっかけになります。また、健診がきっかけで健康や病気について自身で調べる人も多いでしょう。一方で、お口の健康については、高校までしか知る機会や学ぶ機会がなく、大人になると痛くなってからでしか歯科に関わることがありません。たしかに、健診による「早期発見・早期治療」も大切です。ただ、それよりもまずお口の健康に対する教育や気づきの機会を与えることが、国民皆歯科健診の大きな意義ではないかと考えます。
編集部
年に1回の歯科健診で、自身のお口の健康について向き合えることが重要になるわけですね。
竹山先生
体の病気の中には、どんなに健康に気をつけていてもかかってしまう病気があります。しかし、むし歯や歯周病はそうではなく、生活習慣病の最たるものですから正しい知識を身につけていれば予防できることが多いわけです。このような点において、年に1回歯科健診をおこなうことは大きな意義があると思います。また、そのように進めないと国民皆歯科健診を実施する意味がないと考えます。
編集部
国民皆歯科健診に、デメリットやリスクなどはないのでしょうか?
竹山先生
そもそも、予防医療というのはお金がかかるものですから、国民皆歯科健診の実施によって予防医療費、また歯科医療費が増えるのは避けて通れないでしょう。医療費は国民の税金によってまかなわれるものですから、これは国民にとってデメリットかもしれません。一方で、国民皆歯科健診でお口の健康が維持され、それがやがて全身の健康につながるのであれば、将来的に全体の医療費が下がる可能性もあります。ただし、本当にそうなのかは実証できていない部分もあり、このあたりは今後も研究を重ねながら国民のみなさんに広く知っていただく必要があると思います。
編集部
私たち一般人からすると、「むし歯ではないところがむし歯と診断されたり、不必要に治療を受けさせられたりするのでは?」という不安もあります。
竹山先生
健診というのは「診断」ではなく、あくまで病気の疑いやリスクのある人を見つけることが目的です。したがって、そこに明確な基準を設けること、さらにその後の受け皿をどうするかを決めることも非常に重要だと思います。歯科医師によって「A先生はむし歯というが、B先生は問題ないという」では困りますからね。その点において、唾液からリスクを判別する唾液検査はとても合理的かつ効率的です。一方で、唾液検査がどこまで大規模に活用できるかは疑問が残るところですから、及第点をどこにするかも今後議論が必要だと思います。
国民皆歯科健診導入の課題や現状を歯科医が解説
編集部
今後、国民皆歯科健診の実現に向けての課題はなんでしょうか?
竹山先生
国民皆歯科健診については、我々歯科医師側も「なんのためにやるのか」を専門家同士で共有できていない部分が多くあります。絶対に避けるべきは、国民皆歯科健診がきっかけで過剰な診断・無駄な治療が増えてしまうことですから、その点において歯科医師の再教育、再認識が必要でしょう。
編集部
ほかにもあればお願いします。
竹山先生
健診後の「受け皿」までしっかり設計することも重要でしょう。健診結果をただ知らせる、歯科医院の受診を促すだけでは、病気の予防やお口の健康増進にはつながりません。さらにその先の、お口の健康について知る教育的な付加価値をつけることが望ましいと考えます。
編集部
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
竹山先生
国民皆歯科健診についてはまだまだ議論が必要な点も多いのですが、全体としてはとてもいい政策ですし、ぜひ実現してほしいと思っています。実現にはさらに時間がかかりますが、みなさんも受け身にならず、今回のニュースをきっかけにお口の健康に関心をもっていただければ幸いです。また、早期にむし歯や歯周病を見つけて対処すれば、トータルの治療費も抑えることができるようになるでしょう。
編集部まとめ
まだまだ不確定な部分が多い国民皆歯科健診ですが、その目的は単に「病気の疑いやリスクを知る」だけではないようです。年に1回、自身のお口の状態がわかれば普段はあまり意識していなかったお口の健康にこれまでより関心をもちやすくなりますね。それをきっかけに、むし歯や歯周病について正しい知識を身につけること、そこから全身の健康維持につなげることが国民皆歯科健診の大きな目的の1つと言えるでしょう。
※記事公開時点での情報に基づいて記載しております。検討段階で正式に決定していない制度であるため、今後詳細について変更になる可能性があります。
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