歯の健康格差には所得が関係しているという事実、しかし格差は「予防」で縮められる
高所得者の方が“比較的”、医療に費用を充てられるはずです。だとすれば、所得による健康格差が生じていても、不思議ではないでしょう。そこで問われるのが、むし歯や歯周病といった「身近な口の病気」にも格差は起こり得るのかということです。この問題を、「医療法人社団航路会」の理事長、小谷先生が紐解きます。
監修医師:
小谷 航(医療法人社団航路会 理事長)
ジャパンオーラルヘルス学会予防歯科認定医。
実際に起きている健康格差の実データ
編集部
収入の差って、病気の治療にも反映されますよね?
小谷先生
そうですね。国内の研究で有名なのは、日本福祉大学の近藤教授の報告で、「教育年数が短い人は教育年数が長い人より、死亡リスクが約1.5倍高い」、「要介護者の割合は低所得層に多く、高所得層の5倍」といったデータが統計的に示されています。
編集部
治療の現場で差がつくとしたら、保険か自費かですよね?
小谷先生
本来、日本の健康保険は、健康格差を生じさせないための制度です。保険の適用範囲も年々、増えてきています。ただし、国民の負担で成り立っている側面もあるため、やはり適用条件が厳格に定められています。
編集部
つまり、自費にすれば「いい治療」が受けられると?
小谷先生
半分は正解で、半分は誤解かもしれませんよ。たしかに、自費のかぶせ物には「長持ちする」、「割れにくい」などのメリットがあります。歯の型取りにしても、自費の「光学印象」というスキャナーのような方法を用いれば、その日のうちに補綴(ほてつ)物が仕上がります。模型と比べて、精度も高い印象です。
編集部
他方の誤解が生じている部分とは?
小谷先生
費用をかけただけ治療のメリットを得られるのかというと、やはり限度があります。その人の考え方にもよりますが、同じ費用を“予防”に充てた方が、より現実的なのではないでしょうか。「病気を治すことに費用を充てる」のではなく、「病気を予防することに費用を充てる」という考え方です。
体の中で最も“汚い”場所が口の中
編集部
自費にしても予防にしても、やはり「余裕がないと」という気がしてしまいます。
小谷先生
時間と費用の両方の意味で、むしろ「予防に充てた方が低負担」なのかもしれません。少なくとも、早期に発見できれば、侵襲度の低い治療方法で済ませられます。もし、神経に近い部分までむし歯が進行していたら、治療選択肢は限られますよね。自費か保険かが問われるのは、そのような場面なのでしょう。
編集部
保険診療では不十分なケースもあるということですか?
小谷先生
なにをもって「不十分なのか」にもよりますが、現状、保険診療は十分に機能していると考えています。つまり、可否論ということではなく、「保険だとこういう将来が待っています、自費だとこういう将来像です、どちらを選びますか」というニュアンスです。
編集部
その点、予防治療の中身は一緒ですよね?
小谷先生
基本的には、プロによるお掃除がメインです。お口の中は、体の中でもとりわけ菌が多い箇所で、定期的なクリーニングを必要とします。歯などは日々、すり減りもします。もともと病気にかかりやすい場所といえるでしょう。
所得とは無関係の「意識格差」が健康を左右する
編集部
改めて、理想的な歯科ケアについて教えてください。
小谷先生
やり方や進め方というより、「ご本人の意識」と考えています。仮に歯科医院で定期メインテナンスを受けたとしても、そこで過ごす時間は、たかだか数十分。つまり、ご家庭で過ごされている時間の方が圧倒的に長いわけです。
編集部
であれば、予防歯科における歯科医院の役割は?
小谷先生
誤解を恐れずに言えば、ご自宅でのケアを「添削する場」でしょうか。予防の9割はセルフメインテナンスで決まると考えていて、その方法を歯科医院で習いましょう。また、きちんとできたかどうかを、次回のメインテナンスで確認してください。予防歯科は、この繰り返しですね。
編集部
所得格差というより意識格差の問題という印象を受けました。
小谷先生
そうかもしれませんね。予防のレールに乗れている人は、所得額にかかわらず、一定の健康レベルを維持できるはずです。残る問題は“時間”でしょう。通常の定期メインテナンスなら、処置に必要な時間は30分程度です。移動時間などを含めたとしても、数カ月に「1時間」だけ割いていただいて、健康行きの列車に乗ってみませんか。
編集部
最後に、読者へのメッセージがあれば。
小谷先生
病気の治療ではなく、健康なお口のメインテナンスであれば、痛い思いをしなくて済みます。むしろ、歯の着色がきれいになり、歯ぐきなどにすっきりした感覚を得てお帰りになられるでしょう。歯科医院の敷居は高く、心に余裕がないと、なかなか乗り越えていただけないようです。ですが、1回だけでも体験すれば、気に入っていただけると信じています。加えて、疾患リスクに対する安心感が維持できます。
編集部まとめ
所得額による健康格差は起きているものの、歯科領域でいえば、意識格差による影響の方が「大」ということでした。なぜなら、予防歯科の根本をなすのは、毎日のセルフケアだからです。歯ブラシの当て方や動かし方は、所得に左右されません。そして、「1回1時間、2000円の健康切符」なら、誰でも買い続けられるのではないでしょうか。