予防歯科先進国と比較して見えた、日本人の「歯の健康」のあり方とは
「病院は、病気になってから行くところ」。もちろんその通りですし、日本の保険制度はその前提で成り立っています。しかし、その一方で、予防や未病という考え方も散見されてきました。はたして、医療先進国と目される日本で、予防歯科は定着してきているのでしょうか。舵を取るべき今後の方向性はいかに。「医療法人社団航路会」理事長の小谷先生を取材しました。
監修医師:
小谷 航(医療法人社団航路会 理事長)
ジャパンオーラルヘルス学会予防歯科認定医。
国柄や人柄が反映される、世界の現状比較
編集部
昨今、「予防歯科」という考え方が広まってきましたよね?
小谷先生
情報としては定着しているようですが、実際に「歯の定期健診をするようになったか」というと、まだまだのようです。日本臨床歯周病学会によると、日本人の歯科メインテナンス受診率は“10%前後”とのことです。スウェーデンのように90%を超える国もあるなか、いまだ根付いていない印象です。
編集部
なぜ、日本の受診率は低いのでしょうか?
小谷先生
明確な理由とは言えないものの、日本の「国民健康保険」の仕組みが関係しているのではないでしょうか。制度の恩恵により、むし歯などの病気になったとしても、治療費の負担は3割以下です。他方、保険診療のない国は全額自己負担となりますから、「病気を防ごう」という意識がおのずと高まりますよね。
編集部
しかし、スウェーデンは高福祉の国と聞きます。
小谷先生
スウェーデンでは「予防歯科の父」ともいえるペール・アクセルソン教授の研究結果が、国民的に根付いています。30年ほど前の調査によると、スウェーデン人の70歳時の歯の残存数が「平均20本」なのに対し、日本人の残存数は「数本程度」でした。そこで日本でも、80歳時に20本の歯を残そうという「8020運動」が始まったのです。
編集部
歯が少なくても、日本人の平均寿命はトップクラスですよね?
小谷先生
問われるのは“生活の質”でしょう。長生きだけど、「食べたいものが食べられない」。だったら、「好きなものを食べて、なおかつ、長生きする」方が楽しいですよね。こうした予防意識の広まりを受けてか、日本人における70歳時の歯の残存数は、最新のデータで「平均16本」にまで上がってきました。しかしながら、「日常的に歯科でメインテナンス」という域には至っていないようです。
むし歯だけをチェックしているわけではない歯科検診
編集部
死に直結するがんと比べて、むし歯は「なんとかなる」気がします。
小谷先生
歯科のメインテナンスでは、むし歯に限らず、口腔(こうくう)がんの有無なども確認しています。口腔がんの初期は、痛みなどの自覚を感じません。痛みだしたときには手遅れというケースも考えられます。高頻度でメインテナンスを続けていれば、予兆の見逃しも避けられるでしょう。
編集部
歯科メインテナンスの目的は、むし歯や歯周病に限らないと?
小谷先生
患者さんの中には、ビジネス目的の方もいらっしゃいますよ。「きれいなスマイルが成績につながる」という発想なのでしょう。メインテナンスの費用は、保険の3割負担を前提にすると1回2000円程度ですから、考え方ひとつですよね。もちろん、予防や早期発見が主たる目的です。
編集部
1回2000円程度で「口腔疾患知らず」なら、毎月でも受けたくなってきました。
小谷先生
絶対に「口腔疾患知らず」とは保証できませんが、それに近い環境を維持できると思います。また、口腔疾患がきっかけで、糖尿病などの全身疾患の発見に結びつくことも少なくありません。歯の問題に限らず、全身の健康管理という点からも、「予防歯科」をご検討ください。
編集部
定期メインテナンスを受けるとしたら、どのような歯科がいいのでしょうか?
小谷先生
写真などのデータを残している医療機関でしょうか。なぜなら、経年変化が見てわかりますよね。歯ぐきなどの状態がよくなったこともわかりますし、詰め物などの破損や劣化が進んでいることも見て取れます。映像という証拠で残っていることが大切です。
高齢化社会が進む日本のこれから
編集部
そのほかに、我々が意識しておいた方がいいことはありますか?
小谷先生
現在、後期高齢者の医療費負担を「2割」に増やす案が検討されています。高齢化社会の加速に伴って、高負担・中福祉の時代がやってくるのではないでしょうか。そうなると、自己責任・自己管理能力が問われてくるでしょう。
編集部
つまり、予防の必要性が増してくると?
小谷先生
病気全般にいえることですが、「ならないための費用」より「発症してからの治療費」の方が、トータルとしては“高くつく”はずです。また、どのような形で治療をするにしても、自然の歯には勝てません。例えばブリッジのように、健康な隣接した歯を“あえて”削ることだってありえます。
編集部
予防しておけば、「削らない、痛くない」ので助かります。
小谷先生
誤解していただきたくないのですが、すでに発症が認められた患部は、場合により削ることもありますよ。抜くべき歯を無理に残すよりは、抜いた方がいいでしょう。したがって、予防歯科だから「削らない、痛くない」とは限りません。お口全体を健康な状態にしておいて、そのうえで、なるべく長く維持しましょうという考え方です。
編集部
最後に、読者へのメッセージがあれば。
小谷先生
2020年の末から本格稼働した「ジャパンオーラルヘルス学会予防歯科認定医制度」のような、“予防に注力した仕組み”が整ってきました。経年変化やわずかな予兆が見逃されないためにも、こうした予防歯科にも着目してみてはいかがでしょうか。
編集部まとめ
よく言われることですが、散髪やネイルケアなどと同様の“プロによるケア”を、口と歯に対してもしていきましょう。「他人に見えづらい部分」かもしれませんが、健康との関わりからすれば、髪の毛や爪と比較にならないほどの重要な部位です。また、理想論で終わらないような予防歯科の仕組みが構築されたとのことです。話だけでも聞きに行ってみたいですね。