歯ぎしりや食いしばりを放置することによるリスクを歯科医師が解説
力を入れると誰でも歯を食いしばりますし、寝ているときの他人の歯ぎしりが気になってしまうこともあるでしょう。しかし、たかだか、それだけのことではないでしょうか。具体的な不都合がイメージできないのが正直な感想です。そこで、歯ぎしりや食いしばりによって起きる弊害と治療方法を、「日比谷公園前歯科医院」の乙丸先生に教えていただきました。
監修歯科医師:
乙丸 貴史(日比谷公園前歯科医院 院長)
東京医科歯科大学歯学部歯学科卒業。東京医科歯科大学大学院顎顔面補綴学分野修了。東京医科歯科大学歯学部附属病院(現・東京医科歯科大学病院)や民間歯科医院などでの臨床を積んだ2021年、東京都千代田区に「日比谷公園前歯科医院」を開院。心身の健康にも寄与できるような歯科医療を目指している。日本補綴歯科学会専門医・指導医・代議員、日本顎顔面補綴学会認定医・代議員。日本口蓋裂学会、日本口腔インプラント学会の各会員。
歯を失う三大要因の1つ
編集部
歯ぎしりや食いしばりで“何かに困る”とは思えないのですが?
乙丸先生
いいえ。いずれ、歯を失ってしまうかもしれません。歯を失う原因は、主に「むし歯」、「歯周病」、「噛む力」の3つです。歯ぎしりや食いしばりは噛む力に強く関係していて、噛む力が大きい場合、歯ぎしりや食いしばりで歯が割れたりするため、歯を失ってしまうことがあります。
編集部
「歯ぎしりは寝ているとき」で、「食いしばりは起きているとき」と考えればいいですか?
乙丸先生
そうとも限らず、日中にも就寝時にも、それぞれ起こり得ます。歯ぎしりは噛む力に加えて、下の顎が横に動くため、噛む力が横方向に作用します。ギリギリとこすれるため、歯の摩耗が顕著です。一方、食いしばりは主に縦方向だけです。噛む力によって歯に細かいヒビが生じ、そのヒビからむし歯になったり、大きなヒビになって歯が割れたりすることがあります。
編集部
自分で気づけるものなのでしょうか?
乙丸先生
日中の歯ぎしりや食いしばりは、意識すれば気づけるかもしれません。自覚を促す方法の一例として、付箋を使った認知行動療法などが、テレビ番組で取り上げられています。日中の歯ぎしりや食いしばりは、ある種の“クセ”と捉えてもいいでしょう。
編集部
日中は気づけるとしても、就寝中の行動は自覚が難しいですよね?
乙丸先生
直接的に自覚することは難しいと思います。ただし、スマホの録音機能などを使って就寝中の歯ぎしりの音を録音することで、歯ぎしりしているかどうかがわかることもあります。
編集部
就寝時の歯ぎしりの音があったら、歯医者にいけばいいのでしょうか?
乙丸先生
はい。まずは歯科医師にご相談いただければと思います。歯ぎしりは研究結果よると、眠りの深度(深さ)の程度と関わっていることが明らかになっており、睡眠環境などの環境要因や胃食道逆流症などの医科的疾患との関連も言われています。つまり、口の噛み合わせや歯並びをチェックしていくことも大切ですが、睡眠中の歯ぎしりや食いしばりに対する解決には、医科クリニックへの受診も必要になってくる場合もあるということです。
編集部
診察する際、歯科医師が着目しているポイントは?
乙丸先生
歯ぎしりや食いしばりが、「以前ほど顕著ではなくなってきたのか、今でも頻繁に続いているのか」です。そこで、問診やご家族の証言などに加えて、歯の表面の形も診ていきます。歯の表面の削られている痕跡を確認すれば、ある程度の頻度はわかります。現在でも顕著に進行中ということになると、加療の必要性が“より”増してきます。
歯科に限らず、医科での治療が必要な場合も
編集部
先ほど、身体の病気によっても歯ぎしりは起こり得るということでしたね。
乙丸先生
はい。歯ぎしりや食いしばりに対して、「歯科医師が歯科医院の中だけで完結できる時代ではなくなった」印象です。歯科医院が窓口のような役割を果たし、必要に応じて内科をはじめとする標榜科とも連携して多角的に診ていくべきでしょう。
編集部
「たかが歯ぎしりで、そこまで大げさにしなくても」という風潮はありませんか?
乙丸先生
そこが問題だと思っています。「歯ぎしりや食いしばりによって、歯が折れたり割れたりする」という事実は、あまり知られていないようです。歯ぎしりや食いしばりの自覚すらない人もいらっしゃいますからね。歯のダメージは少しずつ蓄積され、急にポキッと歯が折れてしまったり割れてしまったりします。
編集部
歯が折れたり欠けたりする前にも、悪影響は生じますか?
乙丸先生
はい。歯に関する自覚症状としては、「歯がしみる」、「詰め物や被せ物が取れる、欠ける」などが挙げられます。歯以外の自覚症状としては、「起床時に顎が開けにくい」、「首や頬の筋肉が痛い」、「舌や頬粘膜に歯の圧痕がある」などがあります。
編集部
仮に歯科領域だけで済ませられそうな場合、どんな治療方法があるのですか?
乙丸先生
歯のすり減りや噛む力の分散方法として、“ナイトガードやマウスピース”を就寝時に装着していただくことがあります。また、噛む力を減らすことを目的とする「ボツリヌス注射」なども検討していきます。ただし、医科歯科連携の必要性も忘れないでください。
ボツリヌス注射は根源を解決しない
編集部
噛む力を弱めるために「ボツリヌス注射」が用いられるということでしたが、どんな治療なのでしょうか?
乙丸先生
歯ぎしりや食いしばりによる被害を“弱める”治療方法としては有効です。しかし、歯ぎしりや食いしばりを“なくす”治療方法とはいえません。あくまでも対症療法であり、ボツリヌスの効果が弱まってくる、つまり噛む力が元に戻ってくる可能性もあります。
編集部
根本原因を解決できるなら、それに越したことはないということですか?
乙丸先生
個人的には、そう考えます。ただし、ボツリヌス注射単体のニーズが散見されてきました。つまり、歯の問題解決と一緒に「小顔になりたい」というご要望です。歯ぎしりや食いしばりが強いと、顎の筋肉の発達により、いわゆる「エラの出た顔」になりがちです。自費でも構わないのであれば、最初からボツリヌス注射という治療選択肢も考えられるでしょう。
編集部
ボツリヌス注射をほかの治療と併用していくようなことはありますか?
乙丸先生
強く噛む力による弊害が顕著であれば検討します。ただし、ボツリヌスには「耐性」といって、体が慣れてしまうこともあるのです。好ましいのは、繰り返し注射する前に都度、咬合力検査をしてみて、本当に必要性があるのかどうか評価していく進め方でしょう。今後の検討課題ですが、無条件に打ち続けるものではないと考えています。
編集部
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
乙丸先生
歯ぎしりや食いしばりを、自分では気づけないこともあります。ですから、主体的に歯科の定期健診を受けていただきたいですね。むし歯や歯周病にかかった患者さんなら、その治療途中で気づけます。しかし、ご自身で「健康だ、何の問題もない」と思っている人ほど、チェックの網からもれてしまうのです。ぜひ、“ブラッシングに自信がある人”にこそ、受診していただきたいと思います。
編集部まとめ
歯ぎしりや食いしばりによって、将来的に歯を失ってしまう可能性があるということでした。あなたは、こうした「噛む力による自損」に気づいていますか? もし、そのリスクに自分で気づけないとしたら、歯科医院で確認してもらうほかありません。加えて、「現在の大丈夫」が「将来の大丈夫」とも限りません。
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