

監修医師:
高宮 新之介(医師)
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ポイツ・ジェガース症候群の概要
ポイツ・ジェガース症候群(Peutz-Jeghers syndrome:PJS)は、口唇や口腔内、指先などの皮膚・粘膜に見られる特徴的な色素沈着と、食道を除く全消化管(胃、小腸、大腸など)に多発する過誤腫性ポリープを主要な特徴とする疾患です。
1921年にPeutzが報告し、続いて1949年にJeghersらがまとめたことで提唱されました。
この疾患は、STK11/LKB1遺伝子(19番染色体短腕)の病的変異(バリアント)が原因とされる常染色体優性遺伝の症候群ですが、約半数は家族歴のない孤発例とされます。
ポリープは過誤腫と呼ばれ、上皮や粘膜筋板の異常増殖によって構成されます。食道以外の胃や小腸、大腸などさまざまな部位に生じますが、そのなかでも小腸に発生する頻度が高いのが特徴です。ポリープが大きくなると腸重積による腹痛、嘔吐、出血、貧血などの原因になり得ます。
一方、この疾患では消化管がんのほか、乳がんや膵臓がん、卵巣がん、精巣腫瘍など、多彩な部位で悪性腫瘍が生じるリスクが高いことが知られています。患者さん本人への定期的なスクリーニング検査(サーベイランス)が重要となります。
ポイツ・ジェガース症候群の原因
ポイツ・ジェガース症候群は、第19番染色体短腕(19p13.3)に位置するSTK11(LKB1)遺伝子の病的変異によって生じることが明らかになっています。この遺伝子は細胞増殖などに関わるがん抑制的な機能を担っていると考えられ、変異の結果、正常な制御が乱れることで過誤腫性ポリープや色素斑の形成をもたらすと推定されます。
本症候群は常染色体優性(顕性)遺伝で、親がポイツ・ジェガース症候群の場合、その子どもに50%の確率で遺伝する可能性があります。しかし、約半数は家族歴がない孤発例であり、STK11遺伝子変異が新たに生じた結果、孤発的に発症したと考えられます。
STK11遺伝子変異をもつからといって、必ずしも同じ症状・重症度を示すわけではなく、遺伝学的変異と症状との相関(genotype-phenotype correlation)は十分に解明されていません。したがって、家族性の場合でも発症年齢やポリープの大きさ、合併がんの部位・リスクなどは個々で差があります。
ポイツ・ジェガース症候群の前兆や初期症状について
ポイツ・ジェガース症候群の主な初期症状としては、口唇や口腔内、指先、肛門周囲などの皮膚・粘膜に見られる暗青色から暗褐色の小さな色素斑が挙げられます。これらは出生直後には判然としないこともありますが、乳幼児期以降に段階的に増えてゆき、思春期頃までにはかなり明瞭に目立つ場合があります。
また、消化管に生じる過誤腫性ポリープが徐々に増大するにつれ、ポリープ出血による貧血や便潜血、黒色便、さらには腸重積による腹痛・嘔吐などがみられることがあります。大半の症例では、小児期・思春期に腸重積・腹痛を契機としてポイツ・ジェガース症候群が疑われることが少なくありません。
一方、ポリープが小さいままの場合には、消化管症状に乏しく、色素沈着の特徴に気付きにくいまま成人に至る例もあります。大人になってから、偶然の内視鏡検査で多数のポリープが発見されて診断にいたるケースもあります。
どの診療科目を受診すればよいか
口唇や口腔内の色素斑が気になる場合は、まずは小児科や内科、皮膚科に相談してみるのがよいでしょう。
腹痛や嘔吐、黒色便・血便などの下部消化管症状を自覚したときは消化器内科・小児外科に相談します。
ポイツ・ジェガース症候群の検査・診断
症状・家族歴の確認
ポイツ・ジェガース症候群は、色素斑と過誤腫性ポリポーシスの2大所見を基本としますが、家族歴の有無や過去の腸重積・ポリープ切除などの病歴を確認することが診断上重要です。
消化管検査
- 上部消化管内視鏡(胃・十二指腸):ポリープやびらん、出血有無の評価
- 小腸内視鏡(バルーン内視鏡やカプセル内視鏡):小腸全域のポリープ検索
- 全大腸内視鏡:大腸ポリープや合併する腫瘍の検索
- 腹部MRI/MRエンテログラフィー:腸内視鏡が届きにくい小腸のポリープ診断で補助的に行う
病理組織学的検査
内視鏡下でポリープを切除し、病理学的に粘膜筋板が樹枝状に増生し、過誤腫性構造を示すかどうかを確認します。通常の過形成性ポリープや腺腫とは異なる形態であり、Peutz-Jeghersポリープ特有の組織像が得られた場合、診断に大きく寄与します。
遺伝学的検査
STK11遺伝子の病的バリアントの有無を調べることで確定診断が可能です。ただし、国内では保険適用外のことが多く、実施できる施設は限られています。ガイドラインでは、以下のいずれかを満たす症例が疑われています。
- 口唇・口腔・指先などに色素斑を認める
- 過誤腫性ポリープを認める
- ポイツ・ジェガース症候群の家族歴を有する
これらに合致し、ほかの類似するポリポーシス(若年性ポリポーシス、Cowden症候群など)を除外した場合にSTK11解析を行うこともあります。
ポイツ・ジェガース症候群の治療
ポイツ・ジェガース症候群に対する根本治療法はありません。主に、症状の原因となるポリープ切除や腸重積予防のための定期内視鏡的ポリープ切除など、外科的・内視鏡的治療が主体です。また、乳腺や膵臓、卵巣などへの発がんリスクが高くなるため、各臓器のサーベイランス(定期的な検診・画像検査など)を行い、早期発見と治療を目指します。
内視鏡的治療
小腸内視鏡や大腸内視鏡などを用いたポリープ切除がまず検討されます。大きいポリープをそのままにしておくと腸重積のリスクが高まるため、10〜15 mm以上の大きさのポリープは切除の適応とされています。特に小腸バルーン内視鏡が普及したことにより、小腸内部のポリープも内視鏡で切除できるようになりました。
外科的治療
ポリープによる腸重積症や腸閉塞が急性に発症して緊急手術が必要な場合や、内視鏡的切除が難しい場合、あるいは悪性腫瘍が疑われる場合には外科的手術が行われます。かつては開腹手術が多かったものの、腹腔鏡補助下手術や術中内視鏡併用での腸重積整復やポリープ切除が試みられ、開腹手術による癒着を回避する工夫もされています。
悪性腫瘍の治療
胃がん、小腸がん、大腸がん、膵臓がん、乳がんなど、それぞれ一般的ながん治療方針に準じます。早期発見のため定期的サーベイランスが不可欠であり、万一がんが発見された場合には標準的な外科手術、化学療法などが行われます。
ポイツ・ジェガース症候群になりやすい人・予防の方法
ポイツ・ジェガース症候群はSTK11遺伝子変異をもつ家系に遺伝することがある一方、新たに変異が生じた孤発例も少なくありません。家族内に同様の症状がある場合には、本人やその子どもに発症するリスクが高いため、専門医を受診し、遺伝カウンセリングを受けることが大切です。
一方、孤発例の場合、完全な予防は難しいものの、小児期に色素沈着や腸重積などの症状がみられた場合には早期に医療機関で精査を受けることがリスク低減につながります。確定診断後は、ポリープによる腸重積・出血などの合併症を防ぎ、成人期以降のがんリスクに備えてサーベイランスを行うことが重要です。また、禁煙やバランスのよい食生活を心がけることがすすめられます。
参考文献
- 山本博徳、阿部 孝、石黒信吾、他:小児・成人のための ポイツ・ジェガース症候群診療ガイドライン(2020年版).遺伝性腫瘍 20:59-78、2020
- Aretz S et al.:High proportion of large genomic STK11 deletions in Peutz-Jeghers syndrome. Hum Mutat 26:513-519、2005




