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高橋由伸と学ぶプレッシャーへの向き合い方と、「本番で活躍できない人」の特徴 高橋由伸と学ぶプレッシャーへの向き合い方と、「本番で活躍できない人」の特徴

誰しも“プレッシャー”や“悩み”を感じる場面はありますが、実はプレッシャーと上手く付き合い共存することで、気持ちが楽になったり、成果を出せたりする場合もあります。今回は、プロ野球の第一線で活躍してこられた元プロ野球選手・監督の高橋由伸さんの“プレッシャー”や“悩み”に向き合う方法、メンタルケアについて、精神科医・スポーツメンタルアドバイザーの木村好珠先生とともに考えていきます。 ※本記事は2022年4月に取材したものです。

高橋由伸さん
インタビュー高橋由伸(元プロ野球選手・コーチ・監督)
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1975年生まれ。千葉県出身。1998年に逆指名で読売ジャイアンツに入団。2004年アテネ五輪では日本代表の3番、センター、副主将として、銅メダル獲得に大きく貢献した。2015年に現役引退と同時に読売ジャイアンツ監督就任。2018年に入団から21年間着続けたユニフォームを脱ぎ、監督辞任後、球団特別顧問となった。野球解説者、野球評論家として、テレビやラジオに多数出演。シーズン先頭打者本塁打NPB記録保持者。
木村好珠先生
監修医師木村好珠(精神科医・スポーツメンタルアドバイザー)
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東邦大学医学部卒業。2009年にミス日本グランプリ決定コンテストにて準ミス日本を受賞。芸能事務所に籍を置きつつ慶應義塾大学病院精神神経科精神科で研修医、静岡赤十字病院精神神経科で非常勤医師として診療に従事した後、東北地方の精神病院で常勤医師として勤務。精神科医以外に、産業医やメンタルアドバイザーとしてスポーツメンタルにも携わっている。
chapter01 数々の不安とプレッシャー、高橋由伸が野球人生を振り返る chapter01 数々の不安とプレッシャー、高橋由伸が野球人生を振り返る

木村先生木村好珠先生

プロ野球選手の現役時代、プレッシャーを感じることはありましたか?

高橋由伸さん高橋さん

感じていました。自分自身に期待するものもありますし、僕たちプロ野球選手はファンに見ていただき評価していただくことが重要な面もあるので、当然プレッシャーを感じていました。

木村先生木村好珠先生

ほかの人から「評価される」というプレッシャーの影響は大きいですか?

高橋由伸さん高橋さん

プロである以上は評価が全てだと思いますし、評価を得るために結果を残すというのがプロですよね。何のプロでもそうだと思いますが、結果を求めるためのプレッシャーや恐怖心は、選手のときは常にあったと思いますね。

木村先生木村好珠先生

プロ野球選手になった直後、もしくは高橋由伸という存在がより大きく知られた後など、どういう時が一番プレッシャーを感じていましたか?

高橋由伸さん高橋さん

プレッシャーに関して、僕は選手である間ほとんど変わらなかったと思います。選手によってそれぞれですが、まずは一軍に行かないと評価をしてもらえない、なんとか一軍に上がらなくてはいけない、というプレッシャーもあると思います。幸い僕は一軍にいることが多かったので、自分自身でやってきたことが成果として出せるかどうかというプレッシャーと、それがどう評価してもらえるか、期待に応えられるか、というプレッシャーをずっと現役である間は感じ続けていたと思います。

木村先生木村好珠先生

現役の間は一定のプレッシャーを感じていたのですね。それでは、アテネオリンピックについてお話を伺いたいのですが、そのときも同じようなプレッシャーでしたか? それとも違うプレッシャーはありましたか?

高橋由伸さん高橋さん

アテネオリンピックではチームとして勝たなくてはいけなかったため、普段のプロ野球選手としてのあり方とはちょっと違った状態で戦わなければならなかったですね。プロ野球選手というのは当然、勝たなくてはいけないという目標もありますが、勝つことと同じぐらい自分自身も成績を残さなくてはその世界には居続けられないというプレッシャーもあります。その両方を追い求めて戦っていかなくてはいけない、ということがプロ選手だと思うんですけど、アテネオリンピックに関しては、個人のプロ野球選手としての評価というよりも、チームで勝って金メダルを取って帰ってこなくてはいけないという、アマチュア時代にしていた野球に戻ってプレーをしなくてはいけないようなプレッシャーがありました。

木村先生木村好珠先生

なるほど。少し特別な場所というか、普段とは違うプレッシャーだったのですね。

高橋由伸さん高橋さん

勝つことというゴールしかなかったので、そこに何が何でもたどり着かなくてはいけないというプレッシャーはすごくあったと思います。オリンピックということもあり、ふだん野球に興味がない人たちからも注目されますし、当時は長嶋監督が率いる初めてオールプロで臨むオリンピックでしたので、なんとなく優勝以外の選択肢がないといった、より大きなプレッシャーがありました。

木村先生木村好珠先生

また高橋さんはケガをされていた期間もあったようですが、その間のプレッシャーはいかがでしたでしょうか?

高橋由伸さん高橋さん

その時に僕が感じたプレッシャーは2つあります。体が治るのかなというものと、元の居場所に戻れるのかなというものです。チームとしての戦いは進んでいるので、新たに出てくる選手、チームメイトであるもののライバルであるという存在が気になり、そこに対する不安はありました。

木村先生木村好珠先生

チームメイトだけどライバルという存在とともにいる時、ご自身の不安や焦燥感をどのように発散していたのですか?

高橋由伸さん高橋さん

これは僕が考えていた事ですが、気になるけれど自分ではどうにもならないことは、なるべく横に置いて、自分にできることに気持ちを持っていくようにしていました。ケガをしている時もチームの体裁上は試合を見ていることにしていましたが、そこを気にしても自分で何かコントロールできるわけではないので、実際はあまり見ないようにしていました笑。

木村先生木村好珠先生

難しいですよね。ファンとしては、ケガをしている時でも、そのチームの一員として振る舞って欲しいという気持ちがありますよね。ただ個人としてはライバルがどんどん先にいくことは不安、焦燥感に繋がりやすいのではないかと思います。

高橋由伸さん高橋さん

そうですね。そこがプロの難しいところだと思います。当然チームとして戦わなくてはいけませんが、個人としては仕事であり、生きていくための1つの手段ですから、チームと個人の両方を考えなくてはいけないのがプロなのかなと、ずっと思っていました。

木村先生木村好珠先生

ありがとうございます。また、高橋さんは監督もされていましたが、選手としてのプレッシャーと、監督としてのプレッシャー、それぞれ違うものはありましたか?

高橋由伸さん高橋さん

選手としてのプレッシャーというのは、自分が自分に期待して、「こうすれば、こういう解決法がある」、「こうすれば良い方向に行くのではないか」と自分の中で勝負ができ、何とかなることが多かったと思います。しかし監督というのは、自分がチームを運営したり、自分が全てを決めたりできるわけではないので、球団の方針や「優勝してくれ」、「選手をたくさん育ててくれ」など球団の設定した目標に対して、人に期待をせずに頑張ってもらわなければいけない、それらを何とかクリアしていくことが仕事だと思います。そうなると自分ではなかなか思い通りにいかないことが多いです。ベンチを含めて何十人という人を動かさなくてはいけないという難しさにプレッシャーを感じていました。

木村先生木村好珠先生

意外でした。私達ファンにとっては、監督が1番上にいるように見えることがありますよね。しかし球団全体で見ると私たちファンの視点から見えているものとは少し違い、中間管理職のような役割もあるように思いました。

高橋由伸さん高橋さん

そうかもしれないですね。当然、全員が同じ状況ではないと思いますし、中間管理職ってわけではないですが、皆さんが思われているものとは違った部分もあるかもしれないです。監督の役割というのも、僕が選手として見ていただけでは分からなかったことがたくさんありました。

木村先生木村好珠先生

実際に監督になって、それまで思っていたものと全く違いましたか?

高橋由伸さん高橋さん

違いましたね。選手としてやっていた頃は「自分たちがやればいいんだ」という気持ちがありました。監督となったときに、僕らがやれてきたことを「選手がやってくれる」と考えていましたが、なかなかそうはいきませんでした。やらせなくてはいけないけど、他人なのでなかなか思い通りにいかないこともいっぱいあるなと思いましたね。

木村先生木村好珠先生

ありがとうございます。これまで最もプレッシャーに押し潰されそうになったご経験はありますか?

高橋由伸さん高橋さん

それほどないです。プレッシャーを感じてはいますけど、それが当たり前なのかなと思っていました。プロになった瞬間から、ユニフォームを着ている間はプレッシャーとずっと戦い続けて、向き合わなくてはいけないのだろうと思っていました。ですので、いつもプレッシャーをものすごく感じていますし、辛いと思うこともたくさんあります。しかし押しつぶされるといった感覚はなく、またプレッシャーは回避できるものではないと思いますので、なんとなく受け入れていたような気がします。

木村先生木村好珠先生

プレッシャーを感じるということも、プロとして必要という事ですね?

高橋由伸さん高橋さん

そうですね。必要ですし、自分がしてきたことに対する、自分自身への期待がプレッシャーになっていると思っていたので、やることをやってきたからこそのプレッシャーなのかな、というふうに選手のときは思うようにしていました。

木村好珠先生
chapter02 高橋由伸×スポーツメンタル chapter02 高橋由伸×スポーツメンタル

高橋由伸さん高橋さん

プロ野球選手たちはプレッシャーというのが、緊張なのか、プレッシャーなのか分かりにくくて……。似ている状態のことだと思うのですが、医学的にはどうなのですか?

木村先生木村好珠先生

実は、プレッシャーと緊張以外に、ワクワクする気持ちなどでも出ているホルモンは一緒です。ですので、プレッシャーと緊張は似ていると言えます。不安や焦燥感も同様です。なぜそういうものが起こるのかと言うと、結果や評価、他人の目といったことばかりを気にしてしまうことで起こります。高橋さんは「基本的にプロ人生の中でずっとプレッシャーを感じていた」とおっしゃっていましたが、自分自身に対する期待ですとあまりプレッシャーは上下しません。しかし、他人からの評価で自分を見るとことを基準にしてしまうと、そのプレッシャーが評価に合わせて上下してしまうので、コンディションが良くなったり悪くなったりを繰り返してしまう人が多いと思います。

高橋由伸さん高橋さん

なるほど。そういった気持ちの上下や心のバランスが崩れるきっかけとは、どのようなことが考えられるのでしょうか?

木村先生木村好珠先生

先程の、他人からの評価と自分への期待という2つが関係します。自分がどう考えるか、野球に対して「楽しい」、「ドキドキしている」、「ワクワクしている」、「自分がこういうことをやりたい」という感情よりも他人からどう思われているか、「自分は今、これをしなくてはいけないと思われているけれど、できてない」など、他人からの評価の方が自分の心の中で大きくなってしまい、自分が結局なにをしたいのか、自分がこういう野球をしたい、こういうプレーをしたいという気持ちがどんどん少なくなってしまうと崩れてしまいますね。

高橋由伸さん高橋さん

そうなのですね。選手としてプレーしている時や監督として選手を見る時に感じることは、ピッチャーでもバッターでも、ベンチや監督の方をチラチラと見る選手が結構います。それはやはり心の問題なのですか?

木村先生木村好珠先生

私はプロだけでなくジュニアアスリートの子どもたちにも教える機会がありますが、実は小学生のうちから親の方を見る子がいます。日本には良くも悪くも「空気を読む」という文化があり、誰かからの評価を気にしがちで、例えばサッカーであれば、パスをした方がいいか、シュートをした方がいいか、親をちらっと見て「あ、シュートを期待されてる」と読み取ってプレーする子もいます。また小学生に自分の長所と短所を聞くと、短所は言えるけど長所が言えない子も多いです。その理由は「自慢していると思われるから」ということなんですね。そのぐらい小学生のうちから誰かからの評価を気にする、他人の目を気にするという文化があります。そして大人になって、さらにはプロとなると普通の人たちよりも様々な評価を受け、それをどんどん気にしてプレッシャーや他人の評価というところに意識が向いてしまいます。その結果、「自分は結局何がしたかったのか」、「自分は何のためにそれをやっているか」というところがどんどんぼやけてくるのです。そうすると、どんどんそのプレッシャーの渦に巻き込まれると思います。

高橋由伸さん高橋さん

プレッシャーや気持ちの変化があると、体やプレーという面にはどういった影響を与えるのですか?

木村先生木村好珠先生

人によって様々ですが、まず緊張やプレッシャーは、筋肉を強ばらせることがあるのでプレー自体が悪くなります。また、他人の目を気にすると、一瞬のスピードが遅れるので、タイミングも崩れますよね。そうすると、どんどん不安や焦燥感が焦りとなって悪循環になることが考えられます。その悪循環は、睡眠に悪影響を及ぼしますし、体調不良に繋がります。しかし自分で何が原因かわからないと、どんどん負のスパイラルにおちいってしまい、気がついたら「野球をやっているのに楽しくない」とか、「何のためにやっているのかわからない」と思ってしまうことがあります。プロでもプロでなくても「負けたら悔しい」という気持ちはすごく大事にすべきだと思いますが、その悔しい気持ちが無くなってくると、まずい状態だなと思います。

高橋由伸さん高橋さん

僕たち野球選手の中には“イップス”になる選手もいますが、それはプレッシャーや緊張から体に影響しているのですか?

木村先生木村好珠先生

非常に大きく影響しています。体の影響と心の影響があります。プロなので、「結果を出さなくてはいけない」、「上手くなりたい」という気持ちがあるのは当たり前です。しかしそれが“イップス”になると、上手くなりたいという向上心ではなくて「こうしなきゃ、ああしなきゃ」、「自分はこうなっちゃ駄目だ」や「結果を出さなきゃ」など、どんどんマイナスの方へのイメージにとらわれて、悪循環から抜け出せなくなってしまいます。さらには「練習しなきゃ、自分に価値がない」のように、何のためにやっているか、自分の感情は全く見ないで結果だけにとらわれてしまいます。なので私はよく、目的と目標を持ってと言います。目標は結果のことですが、目的というのは「何のために」という部分です。

高橋由伸さん高橋さん

そうなのですね。何か解決法はあるのでしょうか?

木村先生木村好珠先生

そういう時に、野球というものから一歩引いて、客観的に見る力を持てるかどうかはすごく大事です。客観的に見るためには不安を打ち明けることが必要です。しかし、日本では海外とは違って、いまだに自分の悩みや不安を人に話すことに抵抗がある人や恥ずかしいことだと思っている人がすごく多いと思います。ですが、人に話すだけでも不安や焦燥感は少し軽減しますし、私達のようなメンタルの専門家に話してくれると、「こういうふうに考えたら少し楽になるよ」というようなアドバイスができるので、自分の殻にこもらないで人に相談したり、専門家に話を聞いてみたりすることは悪循環から抜け出す大きな一歩だと思います。

高橋由伸さん高橋さん

なるほど、ありがとうございます。私のような指導者の立場で、選手のメンタルケアを考えたときにはどのようなことをすると良いのですか?

木村先生木村好珠先生

まず、悪循環におちいっている人の多くは視野が狭くなっています。“心理的視野狭窄”というもので、実際の視野も狭くなるのですが、メンタル的にも視野が狭くなります。その時に、マイナスの面しか見えていないことを監督やほかの誰かが指摘してあげることで、選手の焦りや焦燥感、「今やばい状態になっていたんだ」ということを選手に気づかせて、一歩戻してあげることが必要だと思います。加えて、「何かあったら常に相談に乗るから」などと伝え、自分に味方がいるのだと思えることがすごく重要です。ライバルであり、味方であるチームメイトに話すことは難しいと思いますので、監督は何があっても味方であることを示すことが大切です。そういう人が1人でもいてくれるってすごく大きなことだと思います。

高橋由伸さん高橋さん

そうですよね、大変参考になります。野球選手に限らず、著名人におけるメンタルケアの方法はいかがでしょうか。

木村先生木村好珠先生

著名人ほど人の目も気になりますし、今はSNSがあるので、いろんなところから評価されると思います。そういったものを見すぎないことは非常に重要だと思います。加えて人に相談すること、自分の弱い部分やネガティブな部分を出すことが大切です。今世の中でポジティブシンキングという言葉が流行っていますが、私は全員がポジティブだとは思っていませんし、ネガティブな部分があって当たり前なのが人間だと思います。しかし、そこを出してはいけないような雰囲気が少なからずあると思いますので、むしろ著名人から、不安やネガティブな部分を出してもいい、見せてもいいような文化にしていって欲しいです。知り合いでもほかの誰にでも良いですので、自分から不安を発信することが署名人のメンタルケアの方法の1つになりますし、世の中のメンタルケアを変える一歩にも繋がると思います。

chapter03 プレッシャーとの「共存」。自分の気持ちをコントロールする方法とは? chapter03 プレッシャーとの「共存」。自分の気持ちをコントロールする方法とは?

木村先生木村好珠先生

プロとして、監督として活躍された高橋さんですが、プレッシャーから逃げたいと思った経験はありますか?

高橋由伸さん高橋さん

ありました。監督の時も何度かありましたが、選手の時はグラウンドに行きたくないと思ったことがありました。だからといって実際に逃げるわけではないですが……。現実的に考えると行くしかないですし、やるしかないので、物理的に逃げるという選択肢が無かったことは僕にとっては良いことでした。逃げたいけれど逃げられないし、逃げてはいけない状況だったと思います。それに、一度そのプレッシャーを回避してしまうと、回避することの繰り返しになってしまうと思いますので、挑戦して、成功しても失敗しても、次に繋がれば良いと割り切るようにしていました。

木村先生木村好珠先生

なるほど。失敗から学べば良いという気持ちって大事ですよね。中には逃げられない状況の中で、プレッシャーと上手く付き合うにはどうすればいいだろうと悩んでいる方が多くいると思うのですが、高橋さんの向き合い方はいかがでしたか?

高橋由伸さん高橋さん

現実を受け入れることを常にしていました。結果を残したい、強い相手に立ち向かわなくてはいけない、勝てないのではないか、というプレッシャーを感じる場面がありましたが、冷静になって自分ができることに集中して、今できることをやるしかないという状況を作るようにしていました。結果を求めていない時や遊び以外では常にプレッシャーはあると思いますので、真剣に物事に取り組んでいる証拠だと考えるようにしていました。

木村先生木村好珠先生

私もよく、「自分が今できることは何か?」と話すことがあります。大事な考え方ですね。自分にできることと、できないことを自分の中で分けると良いですね。

高橋由伸さん高橋さん

できなくて当たり前だと思うことは良くないと思いますが、最初から最後まで成功で終わることも無いと思いますので、できなかったことを次へのステップだと思って受け入れることや、一度負けを認めてプレッシャーに慣れる、切り替えるということも大事なのかなと思います。一度現実を受け入れて、できることをやってみると、違うやり方や方法も見つかると思うんですよね。

木村先生木村好珠先生

負けや現実を受け入れるってなかなか難しいと思うのですが、いかがですか?

高橋由伸さん高橋さん

そうですね。プロ野球の世界は球団の評価、選手同士の評価、メディアの評価など様々な人から評価を受けます。それが悪いわけではないですが、評価されるというプレッシャーに弱い人や自分の気持ちが楽になる方向の評価に逃げたがる人もいると感じます。しかしどの評価が正しいのかについては、一歩引いて冷静に客観的に見ることができれば、現実を受け入れやすくなり次に進めるのではないかと思います。

木村先生木村好珠先生

次に、例えば練習では活躍できるが、本番になると活躍できないといったタイプの選手の特徴について教えていただけますか?

高橋由伸さん高橋さん

逆にそこは僕が聞きたいです。そういった選手たちのメンタルや考え方というのは、どのような傾向があるのですか?

木村先生木村好珠先生

本番で活躍できない人は、プレッシャーが練習から本番まで常に一緒ではないのだと思います。私は練習でできたことしか、試合でできないと思っています。“ゾーン”という考え方はありますが、毎試合、常に“ゾーン”に入れる人はいないと思います。練習は気軽にできてしまうが、本番になると急にプロ意識があるとなると、自分の中でのプレッシャーに差ができてしまうので、結果としてプレーに差が出ることは当たり前だと思います。なので私は本番で活躍できない選手であれば、「ちゃんと練習の時にいろんなことを意識して練習している?」ということを聞きたくなります。

高橋由伸さん高橋さん

なるほど。僕はずっと同じプレッシャーを保ち続けるための努力もしましたし、できたと思うんですけど、だからこそ毎試合緊張していました。常にある程度緊張していたことは、試合と練習との違いを無くす意味では悪くないことだったのですか?

木村先生木村好珠先生

私は悪くないと思います。よくリラックスして試合に挑んだ方が良いと言いますが難しいことですし、ある程度緊張する人の方が多いと思います。例えばスポーツ選手でなければ、会社のプレゼンの本番などですね。緊張とは自分が頑張りたいと思って試合に向き合っている証拠だと思うので、ある程度の緊張感は必要です。緊張して出るホルモンとワクワク、ドキドキして出るホルモンは同じですので、そういった場面で緊張を「それだけ自分が真剣に向き合っている証拠なんだ」、「今の一瞬を楽しもう」と考えることで、ワクワクやドキドキのような高揚感に変えるようにすることが大切だと思います。ですので、緊張できることは大事だと思います。

高橋由伸さん高橋さん

それでは、喜怒哀楽は出した方が良いのですか? 出さない方が良いのですか?

木村先生木村好珠先生

それは人によって異なると思います。例えばイチロー選手って、ずっと同じように見えますよね。ポーカーフェイスでいられる人はそれで良いと思いますが、全員がそれを目指しても絶対に無理だと思います。私が実際に関わるスポーツ選手でも、喜怒哀楽が出てしまう人は結構います。むしろそういう人は、感情を前面に出した方が良いと思っていて、出すことでチーム全体の雰囲気も変えられるはずです。しかし、マイナスの感情をチームの雰囲気をマイナスになる方向で表出するのか、それとも「悔しい、ごめん、次頑張るわ!」のような表現に切り替えられるかといった表現の仕方が重要だと思います。喜怒哀楽が出る人は、その出し方を少し工夫し練習することで自分自身も向上できますし、チーム全体を向上させるような力を持っていると思います。

高橋由伸さん高橋さん

なるほど。どちらが良い悪いではなく、自分のコントロールしやすい方でいいのですね。

木村先生木村好珠先生

自分がどちらなのかを知っておく必要があります。自分を知る、ということはすごく大事だと思うので、自分を知った上で自分の選手像を作ると良いと思います。

高橋由伸さん高橋さん

大変参考になります。ありがとうございます。

chapter04 バーンアウト症候群のリスク要因とその予防方法 chapter04 バーンアウト症候群のリスク要因とその予防方法
バーンアウト症候群チェックリスト バーンアウト症候群チェックリスト

木村先生木村好珠先生

テレワークなどの影響でリスクが上昇していると指摘されている“バーンアウト症候群”ですが、高橋さん自身、または周りの選手でなりかけていると感じたことはありますか?

高橋由伸さん高橋さん

それほど意識したことは無いです。しかし、オリンピックの後は、気持ちや緊張がいったん切れてしまうと感じました。ほかには、シーズンが終わった後に少し開放されてしまう、緊張が抜けるという感覚はありました。

木村先生木村好珠先生

オリンピックの際の「結果を出さなくてはいけない」、「金メダルを取らなくてはいけない」これは、“バーンアウト症候群”になりがちな考え方だと思います。何のためにという目的よりも、その先の目標や結果だけに集中してしまうと、考え方が0か100になってしまいますよね。結果が出れば、それ以上のことがありませんし、結果が出なければ、やってきたこと全部が駄目なのではないか、という考えになってしまう人は多いです。なので、オリンピックのような結果を求められる環境は、選手の中で“バーンアウト症候群”になりやすい環境の1つだと思います。

高橋由伸さん高橋さん

なるほど。ほかには現役を終えたタイミングで“バーンアウト症候群”になる選手が多いと感じるのですが、それは目標が無くなったり、結果が出切ってしまったりするからなのですか?

木村先生木村好珠先生

それだけ真剣に野球に向き合っていたということだと思います。真剣に向き合っていたからこそ、目標や結果だけを求めて現役を終えると、野球以外に何をしたらいいのだろうと考えてしまうと思います。一度緊張がほぐれることは良いことです。しかし次にやる事を考えた時に、自分の人生の目的があると、野球以外でどうやってそれを示そうか、何をしようか、別の方法があるのではないか、と考えられると思います。

高橋由伸さん高橋さん

木村先生にも目的や目標はあるのですか?

木村先生木村好珠先生

私は精神科の診察でもスポーツメンタルの分野でも、笑顔になって欲しいということを目的としています。スポーツメンタルでは、スポーツを通じて苦しいや辛いだけで終わらせず、笑顔がいっぱい溢れるようになればいいと考えています。笑顔を生み出す方法は、精神科でもスポーツメンタルでも様々な方法があると思うんです。なので、そういった目的を持つことが大事だと思います。

高橋由伸さん高橋さん

僕は正直、野球はある程度までしか選手としてプレーできないと想像しながらやってきていたので、現役を引退してからの心の変化はそれほどありませんでした。

木村先生木村好珠先生

なるほど。そういう方はすごく珍しいと思います。

高橋由伸さん高橋さん

そうなのですね。そこで、監督としてお聞きしたいのは、選手たちに「今は野球だけを考えてやれ」と言いたいけれど「いつまで選手としてできるかわからないんだから、その先も想像しなさい」と言った方がいいのでしょうか?

木村先生木村好珠先生

そこの考え方はすごく難しいと思います。スポーツ選手なのだからスポーツのことだけを考えなさいと言う人は多いですが、私はスポーツ以外のことを知ることも重要だと思いますね。様々な世界を知ることで、スポーツに反映されることもありますし、考え方の視野が広がるはずですので、ほかの世界も見て良いとアドバイスすることが必要だと思います。見るか見ないかは人それぞれですが、「その時、それだけに集中するのがプロだ」というような言い方は得策ではないと思います。

高橋由伸さん高橋さん

なるほど。僕は24時間野球だけだともたないと思っていたので、先のことを想像しながらやっていました。野球のことはグラウンドで消化して帰る、みたいにしていました。

木村先生木村好珠先生

1つのことだけに24時間全部を費やすことも、“バーンアウト症候群”になりやすい考え方だと思います。“バーンアウト症候群”になりやすい人はすごく真面目な人や頑張り屋さんが多いです。さらに、自分はこうでなくてはいけない、自分にはこれしかない、という概念にとらわれすぎてしまうと、ふとした時に“バーンアウト症候群”になっていることがあります。誰でも趣味を持って良いですし、ほかのことを考えることも必要ですので、何か1つにだけという概念にとらわれすぎないようにして欲しいです。

高橋由伸さん高橋さん

僕のしていたことは、間違っていなかったのですね。

木村先生木村好珠先生

そう思います。バーンアウト症候群は誰にでも起こりうることではありますが、高橋さんが考える予防策や対処方法は何かありますか?

高橋由伸さん高橋さん

対処方法としては、野球以外のことをする時間を作っていました。そのほかにも、先のことを自分の中で想像しておくことが大事なのかなと思っていました。野球をやっている時はある程度全てをかけていたつもりですが、僕は物事を現実的に考えるタイプなので、いつまで選手としてプレーして、その後はこんなことをして、こんなことをやりたい、のように長い先のことを考えていました。野球だけで人生が終わるわけではないと考えていましたね。

木村先生木村好珠先生

今に集中するという“点”での見方がある一方で、人生の中での“線”での見方、時間軸を少し長めに取って考えることも大事ですね。

高橋由伸さん高橋さん

僕はそのように考えていました。選手を長くできる人もいますが、40歳までできれば大成功だと思いますし、ケガをすると早く辞めなくてはいけないかもしれないなど、何が起こるかわからないと考えていました。良くないことを考えることは必要ないことかもしれませんが、起こり得ることを自分で想像しながら、頭の片隅でいつも考えていたと思います。プロ野球選手になったときから、その先のことはうっすら描いていました。

木村先生木村好珠先生

そうなのですね。元々監督をやりたいと考えていたのですか?

高橋由伸さん高橋さん

監督になることを期待されていると自分で感じるようになってからです。やりたいと言ってできるものではないですし、監督をやりたいから頑張るわけでもありませんでした。選手としてやれるところまでやりたいと思っていましたが、年齢を重ねると周囲の期待や自分のイメージも出てきました。徐々に、その期待に応えなくてはいけない、答えられたらいいな、という自分の気持ちはありました。

木村先生木村好珠先生

期待に応えられたらいいなという、自分の中での前向きな捉え方はすごく良いことだと思います。周りからの期待やプレッシャーに対して、こうしなくてはいけないととらわれすぎてしまう選手はいるのではないですか?

高橋由伸さん高橋さん

いるかもしれないですね。期待に答えなくてはいけない、それ以上のことをしなくてはいけないと思って、自分にプレッシャーをかけてしまう、自分の許容を超えたことをしようとする選手は多いかもしれないです。

木村先生木村好珠先生

そういう選手に対しては声をかけたり、何かしたりすることはありますか?

高橋由伸さん高橋さん

少し許容範囲を広げてあげることをしました。例えば、「1回、2回はいいから」や「これくらいの打席はあげるから」と声かけをしました。また環境を変えてあげることも行いました。チームを変えることなのか、チーム内であればポジションを変えるのか、といったことも1つの方法なのかなと考えていました。

木村先生木村好珠先生

高橋さんの選手として、監督としての経験談から、プレッシャーと向き合う方法やメンタルケアについて改めて考えさせられました。ありがとうございました。

編集部より

プレッシャーや緊張を人一倍感じる環境におられた高橋由伸さんの貴重な経験談から、気付かされることや学べることが大変多くありました。プレッシャーの向き合い方については、プロスポーツ選手だけでなくビジネスパーソンの方々にも共通する考え方があるように感じました。読者の皆さんが悩んだ時やプレッシャーを感じた時の参考としていただけましたら幸いです。

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