命の危険を感じる出来事を体験した後に、恐怖の再体験や過剰な警戒が続く場合、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の可能性を考えます。PTSDは決して珍しい病気ではありません。トラウマ直後の強いストレス反応は多くの場合時間とともに薄れていきますが、一部の方では長く苦痛が続き、適切な治療を受けないと日常生活に支障をきたすことがあります。本記事では、PTSDの概要や症状、原因とメカニズム、さらに診断方法と治療法を解説します。
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島根大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科に入局後、東京警察病院、国立精神神経医療研究センター、都内クリニックにて薬物依存症、トラウマ、児童精神科の専門外来を経験。現在は和クリニック院長。愛着障害やトラウマケアを専門に講座や情報発信に努める。診療科目は精神神経科、心療内科、精神科、神経内科、脳神経内科。 精神保健指定医、認定産業医の資格を有する。
PTSDの概要

PTSDとはどのような病気ですか?
PTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)とは、生死の危機を感じるような強い恐怖体験(トラウマ)を経験した後に、その記憶がフラッシュバック(追体験)や悪夢となって繰り返しよみがえり、不安や緊張が高まる精神疾患です。自分の意思に反して忌まわしい記憶が何度も思い出されることで強い苦痛を感じ、日常生活にも影響が出ます。PTSDは誰にでも起こりうる反応であり、決して本人の心の弱さが原因ではありません。
PTSDの症状を教えてください
PTSDは、事故や災害などの強い心理的ショック体験によって引き起こされます。発症すると、過去の出来事が忘れられず、心身にさまざまな反応が現れます。これらの症状は単なる怖かった記憶ではなく、脳がトラウマ体験を処理しきれず、危険が去った後も当時の恐怖を繰り返し感じ続けてしまう状態です。
PTSDの主な症状は大きく3つのカテゴリに分けられます。
| 症状の分類 |
内容・特徴 |
| 再体験症状 |
・トラウマ体験が繰り返しよみがえる(フラッシュバック)
・悪夢として現れることがある
・思い出すと強い恐怖や苦痛を感じ、動悸・発汗などの身体反応を伴う |
| 回避・麻痺症状 |
・トラウマを思い出させる人・場所・状況を避けるようになる
・感情が麻痺し、表面上は落ち着いてみえて苦しみが伝わりにくい |
| 覚醒亢進症状 |
・些細なことで驚きやすく、常に神経が張り詰めている
・不眠・イライラ・過度の警戒心が続く
・集中力の低下や怒りっぽさがみられる |
これらの症状が1ヶ月以上続き、強い苦痛や生活への支障を伴う場合はPTSDの可能性が出てきます。早めに医師らに相談し、適切な治療やカウンセリングを受けることで、少しずつ回復へと向かうことが期待できます。
PTSDが進行するとどうなりますか?
PTSDが進行すると、心身への負担がさらに大きくなり、慢性的な不安や抑うつ状態が続くようになります。睡眠障害や過度の警戒心が悪化し、仕事や学業、人間関係など日常生活に深刻な支障をきたすこともあります。また、無気力や孤立が進み、アルコールや薬物への依存など二次的な問題を引き起こすケースもあります。早期に治療を始めれば回復が期待できますので、我慢せず医師らに相談しましょう。
PTSDの原因

PTSDの原因を教えてください
PTSDは、命の危険を感じるほどの強い恐怖や衝撃的な出来事を経験した後に起こることがあります。自分が事故や災害、暴力、虐待などの被害に遭った場合はもちろん、他人の死亡や重傷を目撃したり、家族が突然事件や災害に巻き込まれたときにも発症することがあります。強いショック体験によって脳が過剰な警戒状態を保ち続け、恐怖の記憶を処理しきれなくなるのが特徴です。PTSDは心の弱さではなく、誰にでも起こりうるストレス反応であり、適切な治療によって回復が可能な病気です。
PTSDを発症するメカニズムを教えてください
トラウマとなる出来事により、脳に未整理のまま強烈な恐怖記憶が刻まれることがPTSD発症のメカニズムと考えられています。ショックな体験は正常に処理されず断片化した記憶となるため、後になって些細なきっかけで突然フラッシュバックが起こり、当時に戻ったかのような錯覚に陥ります。このとき脳の恐怖反応を司る部分(偏桃体など)が過剰に働き、危険が去った後も身体がストレス反応が続いてしまい、不安や過覚醒の症状が持続するのです。
PTSDを発症する可能性が高い出来事や状況はありますか?
トラウマに感じる出来事は個人差があります。すべてのトラウマでPTSDを発症するわけではありません。一般的に、次のような出来事ではPTSDのリスクが高いとされています。
- 戦争
- 災害
- 重大な事故
- 暴力犯罪被害(特に性暴力)
- 虐待・DV
これらの出来事はPTSD発症のきっかけになりえます。なお、直接の被害者でなくとも、悲惨な出来事の目撃者や被害者の家族などがPTSDを発症するケースもあります。
PTSDの診断と治療

PTSDが疑われる場合は何科を受診すればよいですか?
PTSDが疑われる場合は、精神科または心療内科の受診が基本です。これらの診療科では、心の状態を丁寧に評価し、必要に応じて心理療法や薬物療法を組み合わせて治療を行います。特に、トラウマ治療やカウンセリングを専門とする医療機関では、PTSDに特化した治療(曝露療法・EMDRなど)を受けることができます。
もし「精神科に行くのは少し抵抗がある」と感じる場合は、まずかかりつけ医に相談して紹介状をもらうのもよい方法です。また、地域の精神保健福祉センターや自治体の健康相談窓口でも無料で相談でき、専門医療機関の案内を受けられます。
病院で行われるPTSDの検査内容と診断基準を教えてください
精神科や心療内科では医師が詳しく症状を聞き取り、PTSDの診断基準に当てはまるか評価します。診断には米国精神医学会のDSM-5など国際基準が用いられ、トラウマとなる出来事の体験があり、それによる症状が1ヶ月以上続いて生活に支障をきたしている場合にPTSDと診断されます。診断を補助する質問票が使われることもありますが、客観的にわかる検査はなく、問診が中心です。
PTSDになったらどのように治療しますか?
PTSDと診断された後は、PTSDの治療を行います。PTSDの治療は
心理療法と
薬物療法が二本柱であり、そこに環境調整などの支援が必要です。
| 治療法 |
内容・ポイント |
| 心理療法 |
・カウンセリングによってトラウマ体験に向き合うトラウマ焦点型心理療法が第一選択
・トラウマ焦点型心理療法には、下記の3つが推奨される
・安全な環境で恐怖の記憶を再体験する曝露療法(持続エクスポージャー)
・認知の歪みを修正する認知処理療法
・眼球運動で記憶の苦痛を和らげるEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法) |
| 薬物療法 |
・主に抗うつ薬(SSRI)が使用される
・必要に応じて抗不安薬や非定型抗精神病薬を併用 |
| 環境調整と支援 |
・トラウマの原因となる環境から離れる
・家族や周囲の理解・サポートが不可欠
・安心できる環境で治療を続けることで、時間とともに症状が改善 |
PTSDは、早期に適切な治療を受けることで回復が期待できる病気です。心理療法と薬物療法を組み合わせ、信頼できる専門家のもとで継続的に治療を行うことが重要です。焦らず、安心できる環境のなかで少しずつ回復を目指しましょう。
編集部まとめ

PTSDは、命の危機に直面するようなショック体験が引き金となり発症します。フラッシュバックや過剰な警戒心など辛い症状が続きますが、症状は苦しいものですが、決して本人の心が弱いせいで起こるのではありません。重要なのは、そのサインを見逃さず早めに対処することです。強いストレス症状が1ヶ月以上続く場合は我慢せず医師に相談しましょう。適切な治療と周囲の支えにより、PTSDの症状は改善し、トラウマを乗り越えていくことができます。つらい記憶に一人で悩まず、医師らとともに心のケアに取り組んでいきましょう。