重症の「熱中症」はどんな「後遺症」が残るかご存知ですか?【医師監修】
公開日:2025/07/31

熱中症は単なる夏バテや一時的な体調不良ではありません。救急搬送され、一命をとりとめた後も、脳や腎臓、心臓などに深刻なダメージが残り、生涯にわたる後遺症と向き合わなければならないケースが少なくないのです。この記事では、2024年に改訂された日本救急医学会のガイドラインに基づき、熱中症が引き起こす後遺症の実態をQ&A形式で解説します。

監修医師:
高宮 新之介(医師)
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昭和大学卒業。大学病院で初期研修を終えた後、外科専攻医として勤務。静岡赤十字病院で消化器・一般外科手術を経験し、外科専門医を取得。昭和大学大学院 生理学講座 生体機能調節学部門を専攻し、脳MRIとQOL研究に従事し学位を取得。昭和大学横浜市北部病院の呼吸器センターで勤務しつつ、週1回地域のクリニックで訪問診療や一般内科診療を行っている。診療科目は一般外科、呼吸器外科、胸部外科、腫瘍外科、緩和ケア科、総合内科、呼吸器内科。日本外科学会専門医。医学博士。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)修了。ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)。BLS(Basic Life Support)。
熱中症の後遺症とは
熱中症で後遺症になることはありますか?
重症の熱中症は、命を脅かすだけでなく、回復後も身体や精神に長期的な、時には永続的な影響を残す可能性があります。近年の研究報告では、熱中症から生還した患者さんのうち、23%もの方が何らかの後遺症を経験したと報告されています。
特に、意識障害を伴うような重症例では、そのリスクはさらに高まります。日本救急医学会が2024年に発表した新しい『熱中症診療ガイドライン』では、従来の重症(Ⅲ度)のなかでも特に危険な状態を最重症(Ⅳ度)として新たに定義しました。このⅣ度に分類される患者さんの院内死亡率は23.5%にものぼり、後遺症のリスクも大変高いことが示唆されています。
これらの後遺症は、日常生活や社会復帰に大きな支障をきたす深刻なものも含まれるため、熱中症は治れば元どおりという考えは大変危険です。
熱中症による後遺症の種類を教えてください
熱中症が引き起こす後遺症は、脳神経系にとどまらず、全身のさまざまな臓器に及ぶ可能性があります。高体温とそれに伴う全身性の炎症反応は、いわば体中の細胞を傷つけるため、その影響は広範囲にわたるのです。具体的には以下のような臓器に影響を与えます。
- 中枢神経障害(小脳失調、記憶障害、構音・嚥下障害)
- 腎機能障害(急性腎障害から慢性腎臓病へ移行)
- 筋肉障害(横紋筋融解後の筋力低下)
- 肝機能障害・播種性血管内凝固症候群
- 心血管系の異常(不整脈、心機能低下)
熱中症による中枢神経障害とはどのような病気ですか?
熱中症による中枢神経障害は、異常な高体温が脳に直接的・間接的なダメージを与えることで生じる、さまざまな神経症状の総称です。脳は身体のなかでも特に熱に弱い臓器であり、一度損傷を受けると回復が困難な場合が多いのが特徴です。
脳がダメージを受ける主なメカニズムは、直接的な熱による細胞の破壊、脳を守るバリア機能(血液脳関門)の破綻、そして血流悪化による酸素不足です。特に、身体のバランスを司る小脳や記憶を司る海馬は熱に弱く、選択的にダメージを受けやすいため、ふらつきや物忘れといった後遺症が残りやすいのです。
熱中症で後遺症が生じる原因と生じやすい要因
なぜ熱中症による後遺症が起きるのですか?
後遺症は、高体温をきっかけに体内で引き起こされる、破局的な負の連鎖反応によって起こります。この連鎖が全身の臓器を攻撃し、回復不能なダメージを残すのです。プロセスは大きく3段階に分けられます。
まず、40度を超える高体温が全身の細胞を直接傷つけます。次に、破壊された細胞から炎症物質が放出され、免疫系が暴走する全身性炎症反応症候群(SIRS)が起こります。最終的に、全身の細い血管に無数の血栓ができる播種性血管内凝固症候群(DIC)に至り、重要臓器への血流が途絶え、多臓器不全を引き起こします。後遺症のリスクを決定づける大きな要因は高体温の持続時間であり、一刻も早い冷却が重要です。
熱中症の後遺症が生じやすい身体的な要因を教えてください
同じ環境にいても、熱中症になりやすい方、後遺症のリスクが高い方がいます。
- 高齢者
- 乳幼児・子ども
- 基礎疾患(持病)のある方
- 特定の薬を服用している方
- 肥満の方や体調が万全でない方
熱中症で後遺症になりやすい外的要因はありますか?
個人の身体的要因だけでなく、環境や状況もリスクを左右します。
- 高温・高湿度・無風の環境
- 暑さ指数(WBGT)が高い環境
- 急に暑くなった日
- 不適切な服装
- 水分・塩分補給の不足
- 閉め切った屋内や車内
熱中症による後遺症の治療法と自宅での対処法
医療機関では熱中症の後遺症をどのように治療しますか?
治療は、救命を目指す急性期治療と、社会復帰を目指す回復期リハビリテーションの2段階で進められます。
急性期では、まず身体を能動的に冷やすActive Coolingが最優先されます。同時に、大量の点滴で脱水を改善し、臓器障害に応じた集中治療が行われます。回復期には、医師、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)などがチームを組み、後遺症に対するリハビリテーションを行います。小脳失調には、目で動きを確認しながら運動するフレンケル体操や、手足に重りをつける重錘負荷訓練などが行われることがあります。
熱中症による後遺症が完治するまでの期間を教えてください
回復にかかる期間は、障害の程度によって大きく異なり、一概にはいえません。全身の倦怠感などは数週間から1ヶ月程度で改善することが多いですが、脳の神経細胞が受けたダメージの回復には長い時間が必要です。
小脳失調や高次脳機能障害などの神経学的後遺症は、回復に数ヶ月から1年以上のリハビリテーションが必要となることが多く、残念ながら完全に元通りにはならず、生涯にわたって症状と付き合っていくことになるケースも少なくありません。また、急性期に起きた腎機能障害が完全に回復せず、慢性腎臓病へ移行した場合は、完治は難しく、生涯にわたる治療が必要になります。
熱中症で後遺症になった場合、自宅ではどのように対処すればよいですか?
退院後も、再発防止と後遺症との上手な付き合い方が重要です。ご本人とご家族で以下の点に取り組むことがすすめられます。
まず、エアコンや温湿度計を活用し、室内を安全な温度(目安28度以下)と湿度に保つ環境整備が不可欠です。次に、「喉が渇く前に飲む」を合言葉に、時間を決めて計画的に水分補給を行いましょう。ただし、腎臓や心臓に後遺症がある方は、必ず主治医の指示にしたがってください。また、主治医と相談のうえでウォーキングなどの軽い運動を続けたり、メモやパズルで認知機能のトレーニングを行ったりすることも有効です。そして特に大切なのは、定期的な受診を欠かさず、体調の変化をご家族が見守り、異変があればすぐに医療機関に相談することです。
熱中症による後遺症になった際に、日常生活で気を付けることを教えてください
後遺症を抱えながらの生活では、安全を確保し、再発を防ぐための注意が必要です。第一に、暑さ指数(WBGT)を確認し、WBGTが28度以上の厳重警戒レベルでは日中の外出を控えるなど、暑い環境を徹底的に避けることが大切です。第二に、利尿作用のあるアルコールやカフェインの摂取は控えめにしましょう。第三に、めまいやふらつきが残る場合は、事故防止のため自動車の運転や高所での作業は主治医の許可が出るまで絶対に避けてください。
編集部まとめ
熱中症は、夏の暑さによる一時的な不調ではなく、命を奪い、たとえ救命できても生涯にわたる深刻な後遺症を残す可能性がある、恐ろしい病気です。後遺症は脳や腎臓を中心に全身におよび、その原因は高体温の持続にあります。特に高齢者や持病のある方は注意が必要です。
治療の鍵は迅速な冷却と、その後のリハビリテーションです。退院後も、室温管理や水分補給などの自己管理を徹底し、再発を防ぐことが何よりも大切です。熱中症は、正しい知識で予防できる病気です。この記事の情報を、ご自身と大切な方の命と健康を守るためにお役立てください。



