【闘病】30代3児の父『肺腺がん』ステージ4Bで全身転移… 「残された時間はない」と絶望

自営業の鍼灸(しんきゅう)師・スポーツトレーナーとして多忙な日々を送っていた大島さん。2023年、彼の日常は「長引く風邪」というささいな違和感から一変しました。診断は、「肺腺がん(肺の奥の方にできるがん)」のステージ4B。全身への転移が判明しながらも、大島さんは仕事と社会とのつながりを諦めませんでした。繰り返す治療薬の耐性化(薬が効かなくなること)や転移と闘いながら、なぜ前を向き続けられるのか――。大島さんが、壮絶な治療の軌跡と、自らの信念について語りました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2026年4月取材。

体験者プロフィール:
大島直也
続く咳は風邪だと思っていた…

編集部
初めに、大島さんの現在の体調はいかがでしょうか?
大島さん
私は肺腺がんのステージ4Bで、「ALK融合遺伝子陽性(がんの増殖を促す特定の遺伝子変異があるタイプ)」という診断を受けています。4次治療までは、比較的体調も安定していました。しかし、新たに病変が見つかり5次治療が必要になったころから、腹痛や下痢、便秘などの症状が出て、体調が不安定になっています。
編集部
最初の異変は、どのようなものだったのでしょうか。
大島さん
本当に小さな咳でした。コロナやインフルエンザを疑い検査しましたが、結果は陰性。数カ月たっても止まらず、当時はしつこい風邪だと思っていました。耳鼻咽喉科での喉頭鏡(喉の奥を確認する内視鏡)検査、内科でのX線(レントゲン)やアレルギー検査でも原因は分かりませんでした。
編集部
原因不明の咳が続いた後、精密検査に進まれた「決め手」は何だったのでしょうか?
大島さん
声がれや、食べ物が喉につかえる誤嚥(ごえん)まで起き始めたことですね。さすがにおかしいと思い、再度耳鼻咽喉科を受診したところ、反回神経麻痺(声帯を動かす神経が麻痺し、片方の声帯が動かなくなる状態)が見つかりました。医師からすぐに大学病院への紹介状を書いてもらったことが転換点でした。
編集部
そこから大きな病院で検査を重ねられたわけですね。
大島さん
はい。MRI、PET/CT(全身のがん細胞を調べる検査)、気管支鏡生検(内視鏡を気管に通して組織を採取する検査)などの検査を経て、肺腺がんステージ4Bが確定しました。医師から「肺がんの疑い」を告げられた段階では、これでやっと治療ができると思い、むしろホッとしました。しかし、最終的な確定診断で、脳・両肺・胸膜・小腸・大腸・副腎(腎臓の上にあるホルモンを出す臓器)・骨盤への転移を告げられた時は、「もう自分に残された時間はそんなにない」と絶望的な気持ちになりました。
編集部
絶望感の中、どのように気持ちを立て直されたのでしょうか?
大島さん
主治医の言葉に救われました。薬の耐性化で治療を変更する際、主治医が「将来的に以前行っていた治療に戻ることもできるし、肺がん治療は進歩が目覚ましく、その時になれば何とかなるかもしれない」と説明してくれたんです。不安なことがあれば、できるだけ医療従事者に話してみることが大事だと思います。
繰り返す転移と治療薬の耐性化を支えた妻の言葉

編集部
治療が進む中で、生活にはどのような変化がありましたか?
大島さん
脳への再転移に対する放射線治療の影響で、車の運転を控えなければならなくなったことが一番の痛手でした。運転自体大好きでしたし、仕事でも必要だったので非常に大変です。子どもの習い事の送迎や買い出しも妻に任せきりになり、大きな負担をかけてしまっています。
編集部
現在に至るまで、治療法はどのように変化していったのでしょうか?
大島さん
最初は分子標的薬(がん細胞の増殖に関わる特定の分子を狙い撃つ薬)から始まりました。その後、脳に再転移し薬も耐性化したため、2次治療は別の分子標的薬を使って。さらに2次治療の薬も耐性化し、小腸リンパ節(小腸付近のリンパ組織)と副腎にも転移したため、3つ目の分子標的薬を提案されました。しかし、主治医から「中枢神経系(脳や脊髄などの神経系)への副作用で、仕事に影響が出るかもしれない」と言われたので、あえて通常の抗がん剤を選びました。仕事が生きがいなので、影響が出たくないな……と。
編集部
通常の抗がん剤治療を受けた結果はいかがでしたか?(
大島さん
結果、転移部が大きくなり治療を中止し、覚悟を決めて3つ目の分子標的薬に切り替えることにしました。当初は順調だったものの、3カ月後の造影CT(造影剤を注射して撮影する詳細な検査)で肝臓への転移が判明しました。肝臓の複数個所に転移が見つかり、放射線治療の予定を変更して、今は5次治療として免疫療法を行っています。
編集部
壮絶な状況の中、支えになったものは何でしたか?
大島さん
妻の言葉です。診断時、妻は「お金のことは気にしなくていいから、治療に専念して」と言ってくれました。私が「できる限り仕事を続けさせてほしい」とお願いすると、彼女は「全面的にサポートする」と答えてくれたんです。彼女のおかげで、今日まで治療に対して絶望感を抱かず、仕事を続けられています。
編集部
大島さんにとって、仕事を続けることにはどのような意義があるのでしょうか?
大島さん
生活費のためだけではなく、「自分が社会の役に立っている」という実感が、生きる力になっている気がします。ただ、病状によって仕事を続けることが難しい人もいるはずです。たとえ仕事ができなくても、あなたが生きているだけで、必ず誰かの支えになっています。「あなたの存在自体がかけがえのないものなのだ」ということを忘れないでほしいですね。
家族を信じて前を向いて進んでいけばいい

編集部
もし、発症する前の自分に言葉を掛けられるとしたら何と伝えますか?
大島さん
「これから大変なことが待っているけれど、家族を信じて前を向いて進んでいけばいい」と伝えます。そして、「罹患してからも遠慮なく欲張って、やりたい仕事や活動をやればいいよ」とも言ってあげたいですね。
編集部
医療従事者に期待することはありますか?
大島さん
クリニックなどの医療従事者には、患者さんにがんなどの重大疾患が隠れていないかを常に疑ってほしいと願っています。 どこかの段階で誰かが疑ってくれたら、早期発見につながるはずですから……。
編集部
病気の情報収集をするに当たって、注意していることがあれば教えてください。
大島さん
国立がん研究センターの「がん情報ギフト」や「がん情報サービス」は非常に信頼できました。逆に、ネット広告などで見かける「根治」や「ステージ4が治った」といった言葉には注意が必要です。「標準治療(科学的根拠に基づいた現時点で標準的な治療)ではない治療がほとんどだ」と患者仲間や医療従事者からアドバイスを受けました。
編集部
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
大島さん
まずは、早期発見のために検診を受けることが大切です。そして、何かおかしいと思う症状があれば、迷わず医療機関を受診してほしいですね。また、がんになったからといって、すぐに仕事を諦めないでください。私は自営業ですが、取引先との円滑なコミュニケーションを重ねることで、休業と復帰をスムーズにできました。今はさまざまな制度があるので、医師に治療期間などを詳しく聞いてから今後のことを考えても遅くはありません。
編集後記
大島さんの歩みから、異変を感じた際に納得するまで向き合う重要性と、社会とのつながりがもたらす「生きるエネルギー」の強さが分かります。何度転移に見舞われても、「家族を信じて前を向く」という彼の強い意志は、病と共に生きる多くの人にとって、確かな希望の光となるはずです。
本稿には特定の医薬品、医療機器についての記述がありますが、情報提供のみを目的としたものであり、医療上の助言や販売促進などを目的とするものではありません。
なお、メディカルドックでは病気の認知拡大や定期検診の重要性を伝えるため、闘病者の方の声を募集しております。皆さまからのご応募お待ちしております。

記事監修医師:
川島 峻(新宿アイランド内科クリニック院長)
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。



