「治療困難」だった心臓の三尖弁逆流症に新たな選択肢―「TriClip」でどう変わる?

これまでは「治したいけれども治せない」病気とされてきた心臓弁膜症の一種である三尖弁逆流症(TR)を、カテーテルを使って治療する経皮的三尖弁接合不全修復システム「TriClip(トライクリップ)」が2026年3月1日に上市されました。これに合わせて同18日に開かれたプレスセミナー(アボットメディカルジャパン主催)で、国立循環器病研究センター心不全・移植部門心不全部医長の天木誠先生が、「心不全の治療に新たな選択肢 三尖弁へのカテーテル治療がもたらす恩恵と期待」と題して講演しました。本記事では、超高齢社会において急増する心不全の現状と、これまで治療が困難だった三尖弁に対する新たなカテーテル治療について、天木先生の講演を再構成してご紹介します。
増え続ける心不全の原因「弁膜症」
日本の心不全患者数は近年、パンデミックとも呼ばれるほど急激に増加しています。日本循環器学会の2024年の発表によると、心不全による入院数は年間30万人、新規の入院患者数は直近の4年間で32%増加しており、今後もさらなる増加が懸念されています。特に入院患者の年齢層を見ると大部分が60歳以上で、80歳代でピークを迎えるなど、今後も超高齢の心不全患者が増加していくことが考えられます。
心不全を引き起こす原因疾患としては、全体の4人に1人が「弁膜症」です。また、心筋症など他の心疾患が原因であっても、二次的に弁膜症が関わってくるケースも多くあります。弁膜症は65歳を境に発症頻度が急激に高まり、65歳以上の10人に1人は弁膜症を患っていることが明らかになっています。2030年には国民の約3人に1人が65歳以上になると言われる日本では今後、弁膜症による心不全患者の増加が想定されます。
患者の人生に重い負担を強いる「三尖弁逆流症」
心臓には左右にそれぞれ2つずつ、計4つの部屋があります。血液を全身に送り出す役割を担う「左心系」(大動脈弁や僧帽弁)の疾患に対しては、「TAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)」や「僧帽弁クリップ術」といった体への負担が少ないカテーテル治療がすでに確立され、広く行われています。一方で、全身から血液を回収して肺に送り出す「右心系」にある「三尖弁(右心室から右心房への逆流を防ぐ弁)」に対しては、これまでカテーテル治療が存在せず、手術もあまり選択されませんでした。
三尖弁が適切に閉まらず血液が逆流すると、全身の臓器に血液が滞留する「うっ血」が生じます。足のむくみ、食欲不振、強い倦怠感(けんたいかん)といった症状が引き起こされ、QOL(生活の質)の著しい低下やフレイル(加齢により心身の活力が低下し、介護が必要になりやすい状態)の進行を招き、心不全による入退院を繰り返す原因となります。重症TRがあると5年以内に3分の1が心不全で入院し、約半数は2回以上も入院を繰り返すというデータもあり、TRは患者さんの人生に重い負担を強いる病気であることがわかります。
TRの治療には、利尿剤を投与していました。するとむくみはある程度解消されるのですが、投薬を1カ月、1年続けても重症度はほとんど変わらないといわれています。では、手術ができるかというと、高齢の患者さんに対し、心臓を止めて行う外科手術を実施するのは非常にリスクが高く、内科医としても外科手術を勧めることを躊躇してしまうのが実情でした。
「TriClip」による治療と効果
こうした状況の打開が期待されるのが、経皮的三尖弁接合不全修復システム「TriClip」です。足の付け根の静脈から太さ約1cmのカテーテルを挿入して三尖弁まで到達させ、先端に取り付けられた小さなクリップで逆流を起こしている弁の隙間を直接挟み込んで修復します。最大の特長は「心臓を止めずに治療できる」点です。心臓を止めないため、術後の心機能の低下を防ぐことができ、患者さんのQOLを大きく向上させ、心不全悪化による再入院のリスクを軽減する効果が期待されています。また、造影剤を使用しないため、腎臓の機能が低下している患者さんや透析患者さんも治療することができます。傷口が小さいこともあり、患者さんの状態によっては手術翌日には自力で歩行し、1週間弱で退院することも可能です。
海外で行われた多施設ランダム化比較試験「TRILUMINATE」では、術後30日以内にクリップが外れたり脳梗塞が起こったりするといった主要有害事象は極めて低いことが報告されています。効果としては術後1年で87%、2年後でも84%の患者さんでは、TRが中等度以下に制御されていました。さらに、TriClipによる治療を受けたグループは心不全を抑制する効果が、内服薬のみで治療を受けたグループと比較して2年間で30%高く認められました。
日本国内で行われた臨床試験「AMJ-504」(平均年齢81歳の重症患者37例が対象)の結果もご紹介します。試験参加者の約8割がTRの重症度の5段階評価で最も重症な「トレンシャル」と呼ばれる状態であったにもかかわらず手技の成功率は100%で、全例三尖弁の逆流を制御できるようになり、状態は1年間で約8割が中等度以下に改善していました。
TRで体に起こる変化とは
有効な治療法が登場した一方で、TRは未診断の患者さんが非常に多いことが指摘されています。弁膜症は、かかりつけ医が診療などでスクリーニングをかけ、疑いがあれば大きな施設に紹介することで治療が始まります。ところが、TRに関しては聴診器では血液が逆流する雑音がほとんど聞こえず、正確な診断に必要な心エコー装置を置いているクリニックは多くないことから、診断に至るのが難しいのが現状です。
TRを疑うポイントとして、以下のような典型的身体所見があります。
・足のむくみ
・体重の急激な増加
・首の静脈が目立つ(拍動する)
・おなかが張る
――こういった変化が見られたときはTRの可能性も考えていただきたいと思います。
TRは診断が難しく未治療で過ごしている潜在患者さんが多数いると思われる一方、これまでは有効な治療手段がなく、予後も不良でした。この度使用可能になったTriClipは、難治性右心不全に苦しむ患者さんにとって新たな治療の選択肢になると思われます。
*本稿には特定の医療機器についての記述がありますが、情報提供のみを目的としたものであり、医療上の助言や販売促進などを目的とするものではありません。




