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インターネット時代のがん情報発信――医療者のSNS活用と社会に求められる「正しい情報の処方箋」

 公開日:2026/05/07
インターネット時代のがん情報発信――医療者のSNS活用と社会に求められる「正しい情報の処方箋」

自分や家族ががんと診断された、あるいは疑わしい症状があったとき、まずはインターネットで調べてみるという人も多いのではないでしょうか。しかし、ネット上には科学的根拠に乏しい誤情報が多数混在しており、命に関わる治療の選択を誤る患者さんが後を絶ちません。正しい医療知識を、必要とする人に、適切なタイミングで届けるために、医療界はどう動くべきでしょうか。横浜市で2026年3月に開催された第23回日本臨床腫瘍学会学術集会(JSMO 2026)のセッション「がん情報、誰にどう届ける? 〜多職種・多施設・多団体をつなぐコミュニケーション〜」に登壇した専門家たちの議論から、SNS活用の現在地と、次世代を見据えた情報発信のあり方を探ります。

「不正確な情報で治療機会喪失」への憤り

「抗がん剤治療を受ければ長く生きられる可能性があった肝臓がんの患者さんが、ネットで見つけた『がんが消える』とうたう“奇跡の水”に頼り、治療からドロップアウトしてしまいました。同じような人がかなり多いことがわかり、非常にショックを受けました」。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報の発信を続けている、京都大学医学部附属病院消化管外科の山本健人氏は、自らの情報発信の原点として、専攻医時代の苦い経験を振り返りました。「外科医としてどれだけ腕を磨いても、病院に来ない人、来なくなってしまった人を救う手立てはありません」――不正確な情報によって多くの人が標準治療を受ける機会を失ったことに、山本氏は憤りを覚えるといいます。

山本健人氏

インターネット空間にも現実の空間にも、悪質な情報が蔓延しています。効果の根拠がないサプリメントや、検索のキーワードを巧みに悪用した不適切な広告、そして書店に平積みされる真偽不明の健康本のように、病気に悩む人を惑わす数々の情報が存在します。山本氏が紹介したSNS上のがん情報についての研究によると、X(旧Twitter)におけるがん関連の投稿のうち、「いいね」の数が多かった上位100件の44%が誤情報だったというのです。

オンラインでのがん情報入手の困難さ

産学官民医(産業界・学界・行政・市民・医療従事者)が連携してがんの社会課題解決に取り組む団体「CancerX」の扇屋りん氏はがん情報に関する課題として、「がん情報の均てん化を目指す会」の報告を紹介しました。同会が約1000人を対象に実施したアンケートで、45%の人がオンラインでのがん関連情報の入手に困難を感じていたとする結果から、オンライン上の情報を入手・活用する際の三つの課題が提示されたといいます。

・情報が分散している、専門用語が多いなど「情報源」に関する課題
・自分に合った情報が見つけられないといった「情報へのリーチ」に関する課題
・どの情報を信用してよいかわからない、情報が自分に合っているのかわからない、といった「情報の活用」に関する課題

これらの課題に対し「がんと言われて先が見えず、動揺してしまう人を減らすためにも、適切なタイミングで必要な情報にたどり着ける仕組みが必要」と扇屋氏は訴えます。

扇屋りん氏

JSMOのSNSへの取り組みと今度の課題

日本臨床腫瘍学会(JSMO)は国内の学会としては珍しく、学術集会でのスライド撮影やSNS投稿を広範囲に解禁しています。滋賀県立総合病院腫瘍内科/日本臨床腫瘍学会広報渉外委員会委員の後藤知之氏は、「海外の学会では、スライドを撮影してSNSで共有することが学会自体のブランディングや最新情報の迅速な拡散につながっています」と説明し、JSMOでもSNSワーキンググループを立ち上げ、利用の5原則を定めるなどの環境整備を進めてきたことを紹介しました。

後藤知之氏

しかし、課題も残ります。後藤氏によると、現状のSNS発信は専門家同士のコミュニケーションやプロ向けの情報発信に特化しすぎており、一般市民や患者さんが蚊帳の外に置かれているといいます。「我々専門家は確かなエビデンスを知っていますが、当事者がいない診察室の中だけで完結していてよいのでしょうか」と後藤氏は危機感を示します。これまで中心としてきたXでの活動に加えて、他領域の学会のようなYouTubeやInstagramの活用、インフルエンサーとのコラボレーションなどの親しみやすいアプローチが今後の課題として挙げられました。

個人発信の限界と、打開のための「連携」

一般向けの発信にいち早く取り組んできた山本氏は、個人の情熱に頼る活動の限界について言及しました。山本氏はSNSや書籍で正しい情報を発信し続けたことで、時にはいわれのない誹謗中傷や激しい批判にさらされた経験を明かしました。「後進の医師たちに同じ活動を勧められるかと考えたとき、個人が矢面に立つ形では持続性がありません」と山本氏は語ります。

そこで重要になるのが、大きな組織との連携です。山本氏は横浜市と連携協定を結び、市民講座を2026年1月に開催しました。市の予算や広報インフラ(LINEや広報誌など)を活用したことで、普段のSNS活動だけでは集まらない高齢者層などにも声が届くようになったといいます。

扇屋氏が所属するCancerXも、組織や立場の壁を越えた連携(コレクティブインパクト)の実現を目指して取り組みを進めています。一例として多職種や一般企業の人たちなどの多様なメンバーによるワークショップを通じ、診断から治療、緩和ケアまでの道のりに沿って公的な信頼できる情報へのリンクを集約した「防がんMAP」を作成しました。複雑に散らばった情報への「水先案内人」となるプラットフォームを、さまざまな背景を持つ人たちの手によって作りだすことは、CancerXが考える「がん当事者や家族が必要なとき、必要な情報にアクセスできる」という理想像を体現する一つの形といえるでしょう。

「フロー型」と「ストック型」の使い分け、AI時代への備え

多様なデジタルメディアをどう使い分けるかも議論されました。東京慈恵会医科大学 乳腺・内分泌外科の伏見淳氏は、自身が代表を務める一般社団法人BC TUBEが運営する乳がん情報発信YouTubeチャンネル「乳がん大事典【BC Tube編集部】の経験から、情報発信を「フロー型」と「ストック型」に分ける考え方を紹介しました。

XなどのSNSは速報性に優れる「フロー型」のツールですが、情報は一定期間で役割を終え流れてしまいます。一方、YouTubeや学会のガイドラインなどは、長期的に参照される「ストック型」の情報です。伏見氏は、乳腺科医の査読に加え、一般市民のレビューも取り入れた高品質な動画をYouTubeに蓄積することで、幅広い世代の患者さんの意思決定を支援しています。

伏見淳氏

登壇者によるトークセッションでも、「SNSは情報源ではなく、あくまで正しい情報へ誘導するための広報ツール(通り道)であるべきだ」という認識で登壇者の意見が一致しました。山本氏は、「我々はSNSで誘導し、確かな情報があるウェブサイトなどを見てもらうことを考えています。SNSそのもので情報収集するのは危ないという啓発をすべきです」と語ります。

さらに、AIへの対応の重要性についても議論になりました。現在普及しているAIは、ネット上にある情報を学習データとして読み込んでいるため、学会の公式ウェブサイトのコンテンツが貧弱だと、AIはそちらではなくSNS上で多量に拡散された誤情報を学習し、そのまま患者さんに提示しかねません。後藤氏や山本氏は「学会の公式ウェブサイトの拡充や、ガイドラインのWebでの無料公開こそが、AIに正しい情報を学習させ、ひいては社会に正しい情報を届ける基盤になるでしょう」と訴えました。

発信側の医療者に求められるモラル

医療従事者がSNSを活用する上で、決して忘れてはならないリスクもあります。山本氏は、看護師が電子カルテを撮影してSNSに上げたり、医師が不謹慎な写真を投稿したりして炎上し、所属組織に多大なダメージを与える事例が後を絶たないと、これまでに報道された事件を示しながら警告。情報発信を行う際は「投稿前に、患者さんが見たらどんな気持ちになるだろうか」と想像するモラルが絶対の条件となることを強調しました。
一部の熱心な医師の「ボランティア」に頼るだけでは、インターネット上の不確かな、あるいは悪意ある情報に対抗して、がんに関する正しい医療知識を届けることが難しくなっています。学会が質の高い「ストック型」の一次情報をネットに公開し、行政や多様な団体がそれを分かりやすく整理し、そして専門家たちがSNSという「フロー型」のツールを使って人々を正しい方向へと導く――。がん患者さんに科学的に正しい治療を受けてもらうために、社会全体で「正しい情報の処方箋」をデザインしていくことが求められています