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医療の「知らなければ選べない」を変えるには ―難病患者が語る情報アクセスの壁とヘルスリテラシー

 公開日:2026/02/17
医療の「知らなければ選べない」を変えるには ―難病患者が語る情報アクセスの壁とヘルスリテラシー

自分の病気について、どのような治療の選択肢があるのか、臨床試験に参加する機会はあるのか――。難病や重い病気にかかった患者やその家族が直面するこうした状況に対し、「情報がなければ選ぶことすらできない」という現実があります。2025年10月に開催されたEFPIA Patient Forumで、難病患者、がん患者、医療政策の専門家、ヘルスリテラシー研究者、そして製薬企業が一堂に会して行われた議論から、ヘルスリテラシーの本質と患者が直面する情報アクセスの課題について、当事者の声を中心にお伝えします。

池崎 悠(いけざき はるか)

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一般社団法人 ピーペック。1992年生まれ。15歳でCIDP(慢性炎症性脱髄性多発神経炎)を発症。その経験を基に、福岡県で難病の人の就労問題に取り組む「難病NET.RDing福岡」を立ち上げ、勉強会やカフェ交流などを開催。ピーペックでは慢性疾患当事者のエンパワメント支援を行う。

大黒 宏司(おおぐろ ひろし)

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一般社団法人 日本難病・疾病団体協議会 代表理事。33歳で膠原病(混合性結合組織病)を発症。理学療法士としてクリニックで勤務をしながら、自身の経験や、理学療法士・社会福祉士としての知識を活かして患者会の活動や難病相談支援に取り組む。現在、一般社団法人全国膠原病友の会(JPA加盟)常務理事、NPO法人大阪難病連(JPA加盟)常務理事、大阪難病相談支援センター センター長を務める。理学療法士、社会福祉士の資格も保有。

中山 和弘(なかやま かずひろ)

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学校法人聖路加国際大学 大学院看護学研究科 看護情報学分野 教授。1985年に東京大医学部保健学科を卒業し、90年に同大大学院医学系研究科保健学専攻博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、愛知県立看護大助教授などを経て、2004年から聖路加国際大大学院看護学研究科看護情報学分野教授。適切な情報に基づく意思決定や行動をケアする看護情報学、保健医療社会学が専門。ヘルスリテラシー、意思決定支援、ヘルスコミュニケーションやそのサポートネットワークなどについて研究している。ウェブサイト「健康を決める力」(http://www.healthliteracy.jp/)を運営。

ヘルスリテラシーとは何か―「活用する能力」まで含む概念

ヘルスリテラシーという言葉は、「健康」と「リテラシー(読み書き能力)」を組み合わせた造語です。フォーラムでは、この概念を「健康や医療に関する情報を入手して、それを理解し、評価し、活用する能力」と定義しました。単に医療情報を読んで理解するだけでなく、それを自分の意思決定に生かせることまでが含まれるのです。

中山和弘さんは、この「活用」という言葉の真の意味を強調しました。情報があれば活用できるだろうという考えは大きな間違いであり、活用とは最終的に「意思決定」のために使うことだといいます。選択肢を知り、それぞれの長所と短所を理解し、自分の価値観に照らして最も良いものを選ぶ――この一連のプロセス全体を支えるのがヘルスリテラシーなのです。

国際会議でヘルスリテラシーが「ヒューマンライツ(人権)」として語られていることも紹介されました。命に関わることについて自分で情報を得て決められるということは、単なる能力の問題ではなく、人権の問題だという認識です。選択肢を用意しない、あるいは情報をシャットアウトすることは、その意味で人権侵害にあたるという厳しい指摘もありました。

「知らないものは求められない」―患者が直面する情報の壁

池崎悠さんは、難病当事者として直面した情報アクセスの課題を率直に語りました。15歳で診断を受けた際、難病情報センターのパンフレットを渡されたものの、何について相談すればよいのか全くわからなかったといいます。進学、医師とのコミュニケーション、治療法など多くの課題を抱えながら、結局相談できないまま約5年が経過してしまったそうです。

「知らないものは求められない」――この言葉が、患者が置かれた状況を端的に表しています。混沌とした治療と生活の中で、自分にどのような情報が必要なのかを整理すること自体が非常に難しいのです。制度で想定されている患者行動と実際の患者行動には大きなギャップがあり、例えば医薬品の副作用報告制度についても、当事者の多くはその仕組みを知りません。

希少疾患特有の問題として、専門医の少なさが挙げられました。診てくれる医師が限られているため、「病気を人質に取られているような状態」になり、新しい治療法について積極的に質問することへの心理的ハードルが高くなってしまうのです。待合室で同じ病気の患者と話した際、「医師から出していただいている薬を飲んでいるだけで、他にはわかりません」という言葉を聞いたことがあるといいます。

プル型とプッシュ型―情報が届く仕組みの両輪

大黒宏司さんは、医療情報へのアクセス方法として「プル型」と「プッシュ型」の二つのアプローチを提唱しました。プル型とは、患者自身が必要な時に必要な情報を探しに行ける仕組みを整えることです。患者がアクセスしやすいポータルサイトやアプリの整備、病院や自治体のホームページへのリンク集約、専門用語を避けた図解やリストを用いた解説などが具体例として挙げられました。

一方、プッシュ型とは情報を確実に届ける仕組みです。主治医や病院からの積極的な案内、患者会や患者レジストリ(登録システム)経由の通知などがこれにあたります。厚生労働省が運営するjRCT(臨床研究等提出・公開システム)や製薬企業のサイトに臨床試験情報が掲載されても、一般の患者に到達しないという現実があるため、確実に届ける方法も必要だという認識です。

ヘルスリテラシーが高い人はプル型で情報を得られるかもしれませんが、全員がそうできるわけではないでしょう。情報格差を埋めるためには、プル型とプッシュ型の両輪が必要であり、特に希少疾患や難病領域では患者数が限定されているため、公正に情報を届ける仕組みを制度的に整備することが急務だと強調しました。

治験参加を阻む心理的ハードル―当事者の声から

池崎さんは、自身の臨床試験参加の経験についても語りました。機会は3回あったものの、さまざまな要因で治験参加には至らなかったといいます。治験実施病院が遠いという物理的な問題に加え、妊娠希望や授乳中という状況、現在の治療をやめることへの不安、情報が散在しているため参加者が集まらないのではないかという懸念など、複合的な要因があったといいます。

特に妊娠中の治療に関する情報は皆無に等しく、どの薬の有益性が勝るのかの判断に困ったそうです。また、治験参加についての情報が当事者間でもあまり共有されていないという状況も報告。治験が生活と両立できる可能性もあることがわかれば、不安も減るのではないかとの指摘もありました

大黒さんは、目の前に治験情報があったとしても、治験に対する抵抗感を持つ患者は多いと述べました。この点については、治験に対する意識や社会的関心の変化を導く必要があり、企業と患者会が協力し合い、市民に働きかけて治験を理解してもらう活動が重要だとしています。

編集後記

「知らないものは求められない」――池崎さんのこの言葉は、患者が置かれた状況を端的に表しています。15歳で難病と診断され、パンフレットを渡されても何を相談すればよいかわからないまま5年が過ぎたという経験は、多くの患者に共通するものではないでしょうか。

中山さんが指摘したように、ヘルスリテラシーは単なる「読み書き能力」ではなく、情報を活用して意思決定する力です。そして国際的に、これは「人権」として認識されつつあります。選択肢を知り、自分の価値観に照らして選ぶことができる――その環境を社会全体で整えていく必要を感じました。
(本記事はEFPIA Patient Forum 2025での議論をもとに編集部が構成しました)

この記事の監修医師