「多発性骨髄腫」の新薬タービーが変える治療の未来とは 専門医が語る患者への新たな選択肢

多発性骨髄腫は血液のがんの一種で、これまで“治らない病気”とされてきました。しかし、2025年6月に承認、同8月に発売された新薬「タービー」は、過去に3種類以上の治療歴がある「再発または難治性の患者さん」を対象として70%以上で効果を認めるという、驚異的な成績を示しました。これまでの薬で効果が認められたのは30%程度だったことを考えると、大きな前進といえます。今回、この新薬が多発性骨髄腫の患者さんにもたらす希望と知っておくべき特徴について、岩手医科大学の伊藤薫樹教授に詳しく伺いました。
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監修医師:
伊藤 薫樹(岩手医科大学)
多発性骨髄腫とはどんな病気か?
多発性骨髄腫は、血液の中の白血球の一種である「形質細胞」が腫瘍化する病気です。伊藤教授は「形質細胞は本来、細菌やウイルスから体を守る抗体を作る重要な細胞ですが、腫瘍化すると役に立たない抗体を大量に作り出してしまいます」と説明します。
この病気の特徴的な症状として「CRAB症状」があります。Cは高カルシウム血症、Rは腎障害、Aは貧血、Bは骨病変(骨折など)を意味します。「白血病やリンパ腫とは違い、多彩な症状が出るのがこの病気の特徴です」と伊藤教授は語ります。
年齢的には高齢者に多く、65歳以上が約7割を占めます。年間で10万人あたり4~5人ぐらいが発症するという、比較的まれな病気です。伊藤教授が指摘する問題は、現在の医療では、一部の患者さんを除いて、いったん寛解(症状が落ち着いた状態)に入っても、いずれ再発してしまうことです。
「再発を繰り返すうちに、最終的にどの薬にも効かなくなってしまうという経過をたどることが多いのです」
なぜ「3つの薬を使い切る」ことが問題なのか
2000年頃から様々な薬剤の開発が進み、現在は大きく3つのクラス(種類)の薬剤があります。プロテアソーム阻害薬、免疫調節薬(サリドマイドの仲間)、そして抗体薬(主にCD38という抗原に対する抗体薬)を初回治療または再発治療で使用しています。
日本血液学会が出しているガイドラインでは、移植適応となる患者さんの初回治療の場合、ボルテゾミブ(プロテアソーム阻害薬)、レナリドミド(免疫調節薬)、デキサメタゾン(ステロイド)の3剤併用療法などをおこないます。その後、自家造血幹細胞移植、維持療法へと移行します。
一方、移植非適応となる患者さんの初回治療は、一般的にダラツムマブ(抗CD38抗体薬)、レナリドミド(免疫調節薬)、デキサメタゾン(ステロイド)の3剤を併用し、効果が出ている間は再発するまで治療を継続することが推奨されています。
伊藤教授によれば、問題は再発した場合だといいます。
「最初の治療で使った薬は効かないだろうということで、同じクラスでも別の薬に変更します。2回目に再発したら、また別の薬に変えます。こうして治療を繰り返すうちに、3つのクラスの薬をすべて使い切ってしまうのです」
これを「トリプルクラスエクスポーズド」と呼びます。2次治療までにほとんどの患者さんが、この重要な3つのクラスの薬剤を使い切ってしまうのが現状でした。
従来薬が効かない患者の厳しい現実
欧州のデータによれば、3つのクラスの薬剤をすべて使った後に、残っている従来の治療法をおこなっても、全奏効率(治療を受けた患者のうち、がんが縮小または消滅した患者の割合)は約30%しかありません。つまり、10人のうち3人にしか効果が見られないということです。
さらに厳しいのは、効果が続く期間です。伊藤教授は「再発せずに生存している期間の中央値は約4.6カ月。4~5カ月経つと、半分の人は再発するか亡くなってしまうという結果です。全生存期間の中央値も約1年。半数の方が1年以内に亡くなられてしまうというデータになっています」と深刻な状況を語ります。
これを何とか克服することが、多発性骨髄腫治療における最大の課題でした。新しい治療法の開発が切実に求められていたのです。
タービーが示した「奏効率70%超」の意味
タービーは「二重特異性抗体」という新しいタイプの薬です。伊藤教授によれば、骨髄腫細胞に発現している「GPRC5D」という抗原と、患者さんのT細胞(免疫細胞)に発現している「CD3」という抗原の両方に結合します。
「つまり、骨髄腫細胞とT細胞をつなげることで、T細胞が骨髄腫細胞を攻撃するように仕向けるのです」
臨床試験の結果は驚くべきものでした。3つのクラスの薬剤を使い切った患者さんでも、海外データでの奏効率は74.6%。日本人データでは77.8%という高い数値を示しました。従来の30%と比べると、倍以上の奏効率が得られるという結果です。
伊藤教授は「さらに重要なのは、完全奏効の割合も海外データで33.6%、日本人データで47.2%と高く、深い奏効を得ることができたことです。深い奏効が得られると、長期の寛解期間を得ることができます」と強調します。治療開始から奏効までの期間の中央値も1~1.38カ月と短く、1~2サイクルの治療で効果が現れる「切れ味のいい薬剤」といえます。
味覚障害や爪に変化が? 知っておくべき副作用
最も多い副作用は「サイトカイン放出症候群」で、海外データでは72.5~78.7%、日本人では75.0%の患者さんで起こると報告されていますが、伊藤教授によればほとんどが軽度で、適切な管理をすれば問題なく治療を続けることができるといいます。
タービー特有の副作用として、「味覚障害」「皮膚障害」「爪障害」があります。「日本人を対象とした研究において味覚障害は63.9%に認められ、味がわからなくなったり、ご飯がおいしくなくなったりすることがあります。同様に皮膚障害は27.8%に生じると報告されています。また、爪障害は5.6%に見られ、爪の形がおかしくなったり、薄くなったりすることがあります」と伊藤教授は説明します。
ただし、これらの副作用で治療を中止する割合は0~1%です。
「うがいを定期的におこなう、栄養士さんのサポートを受けて食事を工夫する、場合によっては休薬するなど、適切にマネジメントすることで、多くの患者さんが治療を続けることができています」
従来のBCMA標的薬と比べて感染症のリスクが比較的低いのも特徴です。重篤な感染症は18.6%と、BCMAを標的とする二重特異性抗体より低い値を示しています。
CAR-T療法と違う「すぐ使える」メリット
CAR-T細胞療法も3つのクラスの薬剤に抵抗性となった患者さんに有効な治療法ですが、伊藤教授によれば、患者さんのリンパ球を採取して、海外に送って遺伝子を導入し、1カ月以上経って戻ってきたものを投与するという複雑な過程が必要だといいます。その間に病状が悪化してしまうと、治療を受けられない可能性もあります。
「一方、タービーは『オフザシェルフ』、つまり棚からすぐ取り出せる薬です。普通の薬剤として保管されているので、必要なときにすぐ使うことができます。地域の患者さんにもすぐに届けることができるのは大きなメリットです」と伊藤教授は語ります。
また、CAR-T療法は比較的元気な方でないと受けられませんが、タービーは高齢者やある程度臓器障害がある方でも使える可能性があります。より多くの患者さんに治療の機会を提供できるということです。
2週間に1回投与で通院負担を軽減
従来のBCMA標的の二重特異性抗体は毎週投与が基本で、効果が得られた場合には、半年後から2週間に1回、1年後には月1回というように徐々に間隔を空けていきます。
伊藤教授によれば、タービーには2つの投与方法があります。0.4mg/kgを毎週投与する方法と、0.8mg/kgを2週間に1回投与する方法です。
「最初から2週間に1回の投与が選択できるのは、患者さんの利便性を大きく向上させます」
青森県など、遠方から2時間かけて通院される患者さんもいます。
「毎週の通院は大きな負担ですが、2週間に1回なら負担が半分になります。仕事を続けながら治療を受ける患者さんにとっても、通院回数が少ないことは重要なメリットです」と伊藤教授は強調します。
さらなる新薬開発で「共存」から「治癒」へ
タービーはGPRC5Dを標的とする現在唯一の薬剤です。伊藤教授は「BCMAを標的とした薬剤による治療で再発した患者さんにも使用可能で、さらなる予後改善が期待できます。標的が違う薬剤があることで、再発しても次の治療選択肢があるという希望を患者さんに提供できます」と語ります。
現在は単剤での使用ですが、臨床試験では新しい組み合わせの研究が進んでいます。抗原の異なる薬剤を2つ組み合わせたり、従来の免疫調節薬やダラツムマブと併用したりなど、より有効性を高めることを目指した治療法の開発が進んでいます。
伊藤教授によれば、5~10%の患者さんは、現在の治療で20年、30年と長期生存されるようになってきたといいます。
「新薬の登場により、この割合がさらに増えることが期待されます。多発性骨髄腫は『治らない病気』から『長く付き合える病気』へ、そしていずれは『治る病気』へと変わっていく可能性があります」
編集部まとめ
タービーの登場は、多発性骨髄腫治療における大きな転換点となりました。従来の治療が効かなくなった患者さんに70%以上の奏効率を示し、2週間に1回の投与も可能という利便性も備えています。副作用は適切な管理で対処可能であり、多くの患者さんが治療を継続できています。
今後さらなる治療法の開発により、多発性骨髄腫と共に長く生きる時代から、治癒を目指せる時代への移行が期待されています。この記事が、同じ病気と闘っている患者さんやご家族の希望をつなぐ一助となりましたら幸いです。


