目次 -INDEX-

  1. Medical DOCTOP
  2. 医科TOP
  3. コラム(医科)
  4. 70歳でも諦めない! 「多発性骨髄腫」の新治療が高齢者に希望をもたらす理由

70歳でも諦めない! 「多発性骨髄腫」の新治療が高齢者に希望をもたらす理由

 公開日:2025/11/05

移植治療を受けられない高齢の多発性骨髄腫患者さんに、新たな希望が生まれています。「これまでの治療では不十分だった患者さんたちが、ようやく強力な治療を受けられる時代になった」と語るのは、京都府立医科大学血液内科学教授の黒田純也医師。最新の4剤併用療法により、外来通院だけで日常生活を取り戻す患者さんが増えているといいます。どのように進化しているのか、詳しくお話を伺いました。

黒田 純也

監修医師
黒田 純也(京都府立医科大学大学院医学研究科 血液内科学教授)

プロフィールをもっと見る
京都府立医科大学卒業、同大学院修了(医学博士)。京都第二赤十字病院での臨床修練、京都大学医学部での研究留学を経て、オーストラリア・ウォルター&イライザホール医学研究所(Andreas Strasser研究室)で客員研究員として細胞死研究に従事。帰国後、京都府立医科大学で講師、診療科長、診療副部長を歴任し、2016年より現職。同大学附属病院血液内科診療部長、遺伝子診療部部長、遺伝カウンセリングコース教授を兼任。日本血液学会理事・評議員、日本骨髄腫学会副理事長、日本臨床腫瘍研究グループリンパ腫グループ多発性骨髄腫小班班長、関西ミエローマフォーラム幹事。20年以上にわたり多発性骨髄腫の基礎研究と臨床に従事し、取り残されていた患者さんへの治療選択肢拡大に尽力。患者一人ひとりに最適なオーダーメイド医療の実践を通じて、高齢者でも日常生活を維持しながら治療できる時代の実現に貢献している。

30年前、平均生存期間はわずか3年だった

1996年に医師となった黒田医師は、当時の多発性骨髄腫治療の厳しさを振り返ります。 「私が医者になった頃、多発性骨髄腫の平均生存期間は教科書に2.8年や3年と書かれていました。抗がん剤を使ってもこの程度。ちょっと良くなってもすぐ悪くなる、その繰り返しでした

黒田医師は興味深い歴史的事例を紹介しました。1848年の症例報告によると、38歳の女性患者サラ・ニューベリーさんは、体中に腫瘍ができ、腹水が溜まり、骨がボロボロと折れる状態でした。当時の治療はミカン、ダイオウ(便秘薬)という対症療法のみ。それでも4年間生存したとされています。

150年以上前とほぼ同じ生存期間。それが30年前の現実でした」と黒田医師は語ります。 当時のメルファラン・プレドニゾロン(MP)療法の成績を見ると、奏効率が54%、つまり2人に1人しか効果がありませんでした。完全奏効に至ってはわずか3%。そして次の治療が必要になるまでの期間は約1年半という状況だったのです。

なぜ高齢者の治療は難しかったのか

多発性骨髄腫が治りにくい理由を、黒田医師は2つの大きな要因から説明します。

まず一つ目は複雑な遺伝子異常です。 「骨髄腫は単一の遺伝子異常で起こるわけではなく、色んな遺伝子異常が組み合わさって起こってきます。しかも体の中で増えていく過程で、どんどん新しい遺伝子異常が加わって、めちゃくちゃパワーアップしてくる」

二つ目は免疫システムの崩壊です。 「がんができる時は、『免疫ががん細胞をやっつけることができない様々なメカニズム』が体の中で起こります」

特に高齢者ではこれらの要因に加えて、体力の低下(フレイル)、心臓や肺、腎臓などの臓器機能低下、糖尿病などの合併症、そして薬の副作用への耐性低下という問題が重なります。若い人に効く治療法が、高齢者では毒性が強すぎて使えないことが多かったのです。

プロテアソーム阻害剤が変えた治療の常識

2000年代前半、ボルテゾミブというプロテアソーム阻害剤の登場が、骨髄腫治療に革命をもたらしました。

黒田医師は、その作用機序を都市のインフラに例えて説明します。 「細胞の中には、古くなったタンパク質をバラバラに分解して再利用するプロテアソームという『ゴミ処理再利用施設』があります。がん細胞は活動が激しいので、このゴミ処理施設がフル稼働しています。東京でもしもゴミ処理施設が1日ストップしたら大変なことになりますよね。同じように、がん細胞でこれをストップさせると、普通の細胞よりもダメージが強いのです」

この薬の革命的な点は、患者さんごとの遺伝子異常の違いに関係なく、「最大公約数的に」効くことでした。VMP療法(ボルテゾミブ+メルファラン+プレドニゾロン)により、奏効率は30%から90%へと劇的に向上。完全奏効率も9%から40%以上に跳ね上がりました。

20年かけて積み上げてきた「薬の上乗せ」戦略

骨髄腫治療の進化を、黒田医師は野球のピッチャー交代に例えて説明します。 「昔のMP療法は1回途中でダメだった、コールド負けみたいな感じでした。でも最近は5回、6回まで投げられるピッチャー(薬)が出てきた。場合によっては完投してくれるピッチャーも現れました」

この20年間の治療の進化は、着実な「積み上げ」によって実現しました。まずプロテアソーム阻害剤の追加、続いて免疫調節薬のレナリドミドが登場。そして抗体薬のダラツムマブが加わりました。「骨髄腫細胞の95%以上に発現するCD38を標的にして、しかも免疫を抑制する細胞にも効くダブルアタック」という画期的な薬剤でした。

臨床試験が証明した4剤併用の威力

最新のCEPHEUS試験では、移植の適応とならない新規多発性骨髄腫患者さんを対象に、D-VRd療法(ダラツムマブ+ボルテゾミブ+レナリドミド+デキサメタゾン)の効果が検証されました。

その結果、完全奏効以上を達成した割合はD-VRd群で81.2%、従来のVRd群では61.6%と有意に高く、さらに、MRD陰性(10の-5乗閾値、※がん細胞が10万個に1個以下の状態)率も60.9%と従来の39.4%から大幅に改善しました。無増悪生存期間(PFS)においても、D-VRd群は疾患進行や死亡のリスクを約43%低減するという有意な延長効果が示されています。

「VRd療法自体が強力なので、効果がある方の割合は大きく変わらないように見えます。しかし“非常によく効いている”患者さんの割合が大きく異なるのです」と黒田医師は説明します。

患者さんごとに選ぶ「オーダーメイド治療」の時代へ

新しい4剤併用療法は強力ですが、黒田医師は「全員にD-VRdをするということにはおそらくならない」と明言します。患者さん一人ひとりの状態に応じた、きめ細かな治療選択が重要なのです。

80歳以上の患者さんの場合、まずDRd(ダラツムマブ+レナリドミド+デキサメタゾンの3剤)から開始するのが基本となります。 「年齢だけでフレイルになってしまうので、無理のない治療から始めます。ただし、すごく調子が良くて元気な方だったら、そこにベルケイドを週1回追加することも検討します」

一方、比較的元気な65歳から75歳の患者さんには、4剤併用療法での積極的治療を検討します。実臨床では、型通りの治療ではなく、患者さんに合わせた調整が重要です。 「患者さんが潰れてしまうような治療では意味がない。何も最初に無理して患者さんが潰れてしまうような形にならないようにした方が、足し算で得策なのです」という考えが、黒田医師の治療方針の根底にあります。

副作用と上手に付き合う支持療法の重要性

4剤併用療法の課題は副作用管理ですが、黒田医師は前向きに捉えます。 「血液内科医にとって、感染症に注意しない化学療法などありません。見たことのない感染症が起こるのではなく、頻度が増えるだけ

感染症対策は治療開始時から計画的におこなわれます。投与方法の工夫も重要で、ベルケイドは点滴から皮下注射に変更することで副作用が大幅に軽減しました。ダラツムマブも皮下注射なので5分で終了。点滴なら数時間かかるところが、患者さんの負担を大きく軽減しています。

「電車の中で患者さんを見分けることは不可能」

黒田医師が医学生に語る印象的なエピソードがあります。 「病棟実習では悲惨な風景を彼らは見るわけです。ところが外来に来ると、血液内科の患者さんを待合室から選んでこいと言ったら絶対に無理だと思います。バスの中で会ったら、電車の中で会ったら、多分病気の人だとわからない。それくらい回復するので、そういう可能性を高められることがやっぱり一番重要なことではないか」

実際、月1回の通院で普通の生活を送れている患者さんが多くいます。治療の初期は外来で週2回から始まりますが、すぐに週1回になり、維持期には月1回のみ。入院が必要なのは最初の数日間だけです。

「これまでアイテムがないからもっと治療できる人たちを治療できていなかった。過剰治療じゃなくて治療不十分だった人が残っていた。そういった方に新たな強い治療を提供することができるようになった結果として、生存期間そのものが延ばせる。そして病状を早く良くすることによって、早く社会にも戻れる方、日常生活に戻る方が増えるのです」

編集部まとめ

年齢だからと諦める時代は終わりました。多発性骨髄腫の治療は、高齢者でも日常生活を維持しながら続けられる時代になったのです。30年前は「治療してもほとんど変わらない」と言われた病気が、今では「治療しながら普通に生活できる」病気へ。医学の進歩と、それを支える医師たちの20年にわたる着実な歩みが、多くの高齢患者さんに新たな希望をもたらしています。

この記事の監修医師