「つらくないがん検診」は実現できる? 医師と堀江貴文氏が語る受診率向上のための取り組みとは

日本ではがん検診の受診率が伸び悩んでいるという課題があります。特に大腸がん検診では「便潜血検査が陰性だったから大丈夫」と思い込み、大腸内視鏡検査(大腸カメラ)を受けない人が多く、早期発見の機会を逸しているケースが少なくありません。今回は、検査の制度的課題や内視鏡の技術進化、そして“誰もが受けやすい検診体制”の構築を目指す取り組みについて、株式会社R0代表取締役で医師の藤井政至に解説していただいたうえで、堀江貴文氏と対談していただきました。

対談者:
藤井 政至(医師 株式会社R0代表取締役)
佐賀大学医学部卒業。消化器病専門医として、内視鏡検査・内視鏡治療に従事。医療機器開発をテーマとする鳥取大学医学部附属病院次世代高度医療推進センターにて博士号を取得。2019年には医療機器シミュレーターを開発製造するベンチャー企業の最高医療責任者を任され、鳥取大学医学部附属病院新規医療研究推進センターの助教として大学教員となる。2020年6月に「株式会社R0」設立。最近は「がん撲滅事業」を推進しており、がん検診の新たな取り組みを地方自治体と協働して推進している。日本消化器病学会認定消化器病専門医、鳥取大学医学部 統合内科医学講座 消化器・腎臓内科 特任教員。

対談者:
堀江 貴文(実業家 一般社団法人予防医療普及協会 理事)
福岡県出身。実業家、著作家、投資家、タレント。東京大学在学中にライブドアの前身となるオン・ザ・エッヂを設立し、IT企業として急成長させる。プロ野球球団買収やニッポン放送への敵対的買収など、その型破りな手法で世間の注目を集めた。現在は、予防医療普及協会の理事を務め、医療業界にも携わるほか、ロケット開発をおこなうインターステラテクノロジズのファウンダー、会員制オンラインサロン「堀江貴文イノベーション大学校(HIU)」の主宰、SNS media&consulting株式会社のファウンダーなど、宇宙事業、飲食業、メディア事業など多岐にわたる分野で活動している。
がん検診の受診率を上げるために必要な新しい「教育」と「制度」とは

編集部
日本のがん検診における、最大の課題について教えてください。
藤井先生
最大の課題は、そもそも受診率が「極めて低い」ことです。とくに大腸がん検診の受診率は4割未満で、その大半が「便潜血検査」です。しかし、この検査の感度は18%程度にすぎず、がんがあっても7〜8割は見逃してしまう可能性があります。一方、「内視鏡検査」は感度が95%以上と非常に高く、がんの早期発見や、前がん病変の段階での検出には内視鏡が不可欠です。しかし実際には、「便潜血検査で陰性だったから大丈夫」と思い込んでしまう方が多く、それが早期発見を妨げる大きな要因となっています。
編集部
内視鏡の技術や普及状況において、日本はどのような立ち位置にあるのでしょうか?
藤井先生
オリンパス、富士フイルム、ペンタックスといった日本企業が、世界シェアの90%以上を占めています。加えて、日本は内視鏡医の数も世界トップクラスで、人口10万人あたり28人もの内視鏡医がいます。一方、海外では内視鏡医の数が人口10万人あたり0.1人から数人程度にとどまっており、機器があっても使いこなせる医師がいないという「人材と教育の壁」が立ちはだかっています。
編集部
そうした課題を解消するために、どのような取り組みを進めているのでしょうか?
藤井先生
私たちは、医療用の内視鏡シミュレーターを独自に開発・製造し、現在では世界20カ国以上で導入されています。例えば、膨らむ胃のモデルに本物の内視鏡を挿入して練習できる仕組みを作ることで、臨床の前段階で安全に技術を習得することが可能になります。これにより短期間での教育が実現し、技術の属人性も軽減されます。さらにAIとの連携により、誰が実施しても一定の精度を担保できるようになります。こうした教育システムこそが、今後の検診体制を支える柱になると考えています。
編集部
具体的に、「誰でも受けられる検診体制」はどのように構築しているのでしょうか?
藤井先生
その一つが「企業版ふるさと納税を活用した検診支援」です。高精度な内視鏡検査は自由診療となるため高額になりがちですが、企業版ふるさと納税の制度を活用することで、その費用を企業からの寄付金により自治体が肩代わりし、個人負担なしで受けられるようにしました。これは実際に鳥取県倉吉市、三朝町、湯梨浜町、北海道余市町などで導入されています。税制を活用して医療制度の隙間を埋める新たな取り組みであり、全国への展開も見込めるモデルだと考えています。
編集部
がん検診では「精度」と「受診しやすさ」の両立が重要なのですね。
藤井先生
おっしゃる通りです。精度を追求しすぎて受診のハードルが上がってしまっては本末転倒ですし、逆に受診のしやすさだけを優先すると、今度は精度が犠牲になります。ですから、内視鏡技術の標準化、教育体制の効率化、経済的負担の軽減を同時に進めていくことが、本当に「受けやすい検診」につながると考えています。
「内視鏡はつらい」を変えるために必要な啓発と制度改革の未来

堀江氏
実は先日、胸部CT検査と内視鏡検査を受けてきたのですが、仕事でウイスキーの試飲が増えたせいか、上部食道の状態が荒れていて「リスクが高い」と注意されました。
藤井先生
お酒とタバコの併用は特にリスクが高くなりますね。
堀江氏
タバコは吸いませんが、仕事柄ウイスキーをストレートで飲む機会が多くて。かつて一緒に本を書いていた経済評論家の方も、ウイスキー好きでしたが、標準治療を受けず「がんもどき理論」を信じて亡くなってしまいました。やはり、早期に適切な診断と治療を受けることが何より大切だと痛感しています。ちなみに僕は、鎮静剤なしでの胃カメラは絶対に受けたくなくて、最初に受けたときも「鎮静剤を使わずにやりますね」と言われて、「いや、それは無理です」と伝えたら、「では鎮静剤を使いましょう」となりました。それ以来ずっと鎮静剤を使用して内視鏡検査を受けています。
藤井先生
私も鎮静剤を使用して内視鏡検査を受けています。内視鏡を教える立場として、学生や研修医に実習指導する際に、最後は自分がモデルになるのですが正直つらいです。その経験があったので、自ら内視鏡検査のシミュレーターを作ることを考えました。患者さんの苦痛を数値化し、苦しくないほど高得点になるように設計しました。この装置を使って、内視鏡学会で手技の競技会を開催したこともあります。
堀江氏
受ける側からすると、その点数などのデータを公開してもらえると安心材料になりますね。
藤井先生
ただし、現行の広告規制ではそうした情報の自由な公開が難しいのです。私は、保険診療でカバーできない部分は自由診療の活用を柔軟に認める制度設計が必要だと考えていますが、制度が追いついていないのが実情です。
堀江氏
予防医療を受けている人には、健康保険料を減免すべきだと思います。人間ドックを受けていない人と同じ保険料というのは、どう考えても不公平だと感じてしまいます。
藤井先生
保険料に差をつけることは企業の負担軽減にもつながりますし、企業としても受診を推奨しやすくなると思います。がんのリスクを下げるという意味でも、非常に理にかなった方策だと思います。
堀江氏
ほかにも、「胃カメラ」の場合、その呼び方も課題の一つだと個人的には思っています。実際には、胃だけでなく咽頭や食道、さらに十二指腸を対象にした検査であり、正確には「上部消化管内視鏡検査」と呼ばれます。この名称に置き換えることで、検査が胃だけでなく上部消化管全体を対象としていることを患者さんに知らせやすくなり、検査内容の理解と納得が深まります。
藤井先生
おっしゃる通りです。啓発の方法も多様化が求められていると感じています。私たちは、企業版ふるさと納税の仕組みを活用し、自由診療での内視鏡検査を受けられる仕組みを構築しました。この仕組みは「金太郎飴方式」で各地に展開可能ですし、最終的には、これを国の制度として整備し、自治体が公費で自由診療を補助できる仕組みに発展させたいと考えています。
堀江氏
私が理事をしている予防医療普及協会では、糖尿病の啓発映画を制作し、YouTubeで140万回以上再生されています。コメント欄も反響が大きく、映像を通じた普及活動がいかに有効かを感じました。医療バラエティや映画などを通じて、「体験してみよう」「検査に行って見よう」という気にさせる必要があると思っています。
藤井先生
内視鏡はつらいもの、というイメージを持つ方は多いですが、鎮静剤を用いれば本当に楽になりますし、内視鏡は昔よりも細くなっています。医師の検査技術も向上していますので、近年の内視鏡検査の進化についても、もっと伝えていかなければと感じています。
堀江氏
人の心を動かすには、エンタメやストーリーが欠かせません。私自身も、舞台や映画を通じて社会課題への関心を広げる活動をおこなっています。
藤井先生
これは医師という枠を超えた話ですが、誰もが受けられる検診体制を実現するために、医療機器やシステムの「使いやすさ」を高めていきたいと考えています。そのためにも、AIや遠隔操作技術を活用した内視鏡診療の標準化を、今後さらに進めていきたいと思います。
編集部まとめ
大腸がんの早期発見に欠かせない内視鏡検査ですが、「つらい」や「費用が高い」といったイメージが受診の妨げとなっている現状があります。技術の進歩や鎮静剤の活用、ふるさと納税を使った費用支援など、制度や啓発の工夫次第で、つらくない検診は実現可能ということを教えていただきました。本稿が読者の皆様にとって、検診の受け方や向き合い方を見直すきっかけとなりましたら幸いです。




