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【後編】24時間365日を”連携”で実現 -東京都医師会が示す在宅医療イノベーションの実践例-

 公開日:2025/07/29

東京都医師会は令和7年5月24日、「大都市における一次医療の充実に向けた在宅医療の役割」と題したシンポジウムを開催しました。本シンポジウムは、同会の在宅医療委員会が令和5年度より議論を重ねてきた「2040年問題を見据えたうえで、東京都の一次医療提供体制のあり方を考える」というテーマを広く社会と共有することを目的としています。

尾﨑治夫会長は開会挨拶で「近年の超高齢社会において、自宅や介護施設での医療ニーズが増加している。しかし、供給体制には地域差があり、どこで暮らしても安心して療養生活を送れるような医療提供体制の確立が求められている」と述べました。

2040年、東京都の高齢者人口は398万人に達し、都民の約30%が65歳以上となります。この「2040年問題」に向けて、東京都医師会は在宅医療体制の抜本的な改革に取り組んでいます。本稿では、シンポジウムでの議論の中から見えてきた「面で支える」地域医療の新たな姿を、前編・後編の2回にわたって詳しく紹介します。

※本記事は後編です。前編も合わせてお読みください。

病院前機能の強化による救急医療の最適化

救急搬送の現状と課題

ファストドクター株式会社の菊池亮代表取締役は、一次医療の充実に向けたかかりつけ医機能と病院前機能の強化について講演しました。

「救急搬送は年々増加し、過去最多を更新しています。内訳を見ると、高齢者による搬送、軽症者による搬送が増えており、高齢者救急のニーズが増えてきている」

開業医の平均年齢は60歳を超え、診療時間外に対応できない医師が40%、在宅医療に対応できない医師が60%という現状があります。一方、自治体の救急相談ダイヤル(#7119など)は、高齢者の利用が20%、後期高齢者では15%と、119の利用率に比べてまだ少ない状況となっています。

オンライン診療との連携による成果

菊池氏は、コロナ禍での実践例を紹介しました。旭川市では、119とオンライン診療を連携することで44%の軽症搬送を抑制しました。救急車での受診が必要だった方が50%、救急車以外での受診を促した方が10%、オンライン診療で対応できたものが34%という結果を得ました。

令和3年から4年の第6波の時期、全国平均だと軽症搬送の割合が増えていたのですが、このような(オンライン診療が活用された)地域においては少し減っている傾向がある

同社は現在、660の医療機関と連携し、約10万人の患者を支援しています。主に在宅患者の24時間体制のバックアップをおこなっています。

都市部リソースの地方支援への展開

菊池氏は、東京の豊富な医療リソースを地方支援に活用する可能性を指摘しました。地方では休日当番医のローテートに支障が出たり、高齢者施設からの軽症搬送が止まらなかったり、働き方改革で地域の救急病院の外来が閉鎖したりといった課題があります。

「休日診療所の中でオンライン診療を活用すると、現地には看護師さんがいたり、X線、エコーといった検査機器もあったりしますので、一般的なオンライン診療より質を高く保つことができる」

実際に、当直医による軽症患者の対応数が70%減った事例もあり、救急医の働き方改革との両立が可能になっているといいます。

特養における医療提供体制の再構築

配置医師制度の構造的課題

東京都医師会の西田伸一理事は、特別養護老人ホーム(特養)への医療提供について、制度の根本的な問題を指摘しました。

平成27年4月から、特養は要介護3以上の高齢者に限定して入所させ、終の住処とできるようにという国の方針が決まりました。しかし、配置医師の法的位置づけは昭和38年の老人福祉法がそのままです

配置医師は「入所者に対し健康管理および療養上の指導をおこなう施設職員」という位置づけで、主治医としての役割が不明確です。一般診療所からの配置医師が44%、一般病院が46%で、在宅療養支援診療所からは非常に少ないのが現状です。

主治医機能の欠如がもたらす問題

定員100名以上の施設では、53.8%が「病状に変化のある入所者のみ診察」しており、残りの入所者は事実上、主治医不在の状態にあります。重度の要介護者であるにもかかわらず、ポリファーマシー(様々な症状に対し複数の薬を服用することにより、副作用や薬の相互作用が引き起こされる服用薬が整理されていない状態)もそのまま放置されている可能性があります。

「時間外の往診」や「入所者の生活介護の状況把握」といった重要な役割が満たされていない一方で、施設職員からはまさにこれらへのニーズが高いというギャップが存在します。

看取りができない「終の住処」の矛盾

さらに深刻なのは、緊急時や看取りの対応です。配置医師の約半数は時間外の看取りに対応できず、入居者が夜間に亡くなった場合、約20%が「病院に搬送して死亡診断をする」といいます。

「行けないから病院に搬送してくださいということで、その終の住処たる特養で最期を迎えることができない方が20%もおられる」

西田理事は、今後に向けた提言として「個々の入所者にしっかりと主治医をつけるべき」と強調しました。これにより健康状態の把握、ポリファーマシーの見直し、不要な医療の回避、必要な医療提供が可能になるとしています。

東京都の政策展開と今後の方向性

高齢者人口の推移と死亡場所の変化

東京都保健医療局の杉下由行医療改革推進担当部長は、東京都の在宅療養を取り巻く状況について説明しました。

東京の人口は2030年の1424万人でピークを迎え、その後は減少に転じますが、全国と比べると緩やかな減少になります。65歳以上の高齢者人口は2020年の319万人(22.7%)から、2050年には398万人(29.4%)まで増加します。

東京都においては、自宅で亡くなる割合が全国よりも高く24.3%となっており、自宅での看取りをする環境整備が課題となっています

コロナ禍のレガシーを活かす

東京都保健医療局は、新型コロナ対応において東京都医師会と連携して自宅療養者への医療支援体制を構築しました。特に夜間休日の往診体制の強化と健康観察などの支援が図られました。

こういった新型コロナ禍での取り組みをレガシーとして、在宅療養の推進を一層図るため、東京都は「在宅医療推進強化事業」を立ち上げました。

在宅医療推進強化事業の実績

事業期間は令和5年から7年の3か年で、地区医師会向けに2つの事業を展開しています。

24時間診療体制推進事業では、地区医師会あたり1000万円を上限に補助しました。令和5年は26地区、令和6年は32地区が実施しました。主治医・連携医・医師会・病院の三層構造の連携体制構築、往診ステーションの設立、在宅医との夜間連携窓口の設置などの取り組みがおこなわれています。

デジタル技術を活用した医療DX推進事業では、同じく1000万円を上限に加算しました。血圧計やパルスオキシメーターといったバイタルセンシング機器やタブレットの患者への貸与、ポータブルエコーなどの地区医師会への設置、AIを活用した栄養指導などが実施されています。

パネルディスカッション -現場からの提言-

香取氏による論点整理

一般社団法人未来研究所臥龍の香取照幸代表理事は、議論の論点を整理しました。東京都の医療提供体制の特徴として、潤沢な医療資源と極めて良好な交通アクセスを挙げ、これが医療機関の専門分化を促進していると分析しました。

「昼間人口と夜間人口に極端な差がある都心部では、現役層の医療ニーズに対応する専門クリニックや健診センターが発達している。しかし、この人たちが退職後どこで医療を受けるかが課題」

在宅患者の特徴として、高齢者でマルチモビディティ(1人の患者に2つ以上の慢性疾患が併存している状態)、身体的・社会的に脆弱という3点を挙げ、医療機関相互の連携と多職種協働が必須だと強調しました。

「患者行方不明問題」への対応

ディスカッションでは、一人で頑張る開業医の在宅患者が、知らない間に専門医療機関に転院させられる「患者行方不明問題」が議論されました。

迫村医師は「医療依存度が高くなると在宅専門の先生にお願いするのも一つの方法。ただ、自分がかかりつけで診てきた患者はなるべく自分で責任を持って診ていきたい」と述べました。

佐々木医師は「行方不明になるタイミングは病院の入退院の時。病院の退院支援の方々が良かれと思って別の先生を紹介することがある。じつは私たちも患者さんが行方不明になることがあり、系列の医療機関に患者が行くケースは都内でも結構ある」と指摘しました。

香取氏は制度面から「日本の法律で初めて主治医という言葉を書いたのは介護保険法。主治医意見書や訪問看護指示書、居宅療養管理指導も主たる医師がおこなうことになっている。ケアマネとの関係で、かかりつけ医が誰かという共通理解が成り立っているかが重要」と分析しました。

電子処方箋による連携強化の可能性

東京都医師会の目々澤理事(情報担当)から、電子処方箋を活用した連携強化の提案がありました。「電子処方箋が動けばリアルタイムで処方情報が次の医療機関で分かる。行方不明の患者さんの実際に誰が診ていたのか、どんな処方が出ていたのか分かれば、一言連絡を入れてコネクションが取れる

看取りの「翌朝対応」という新しいコンセンサス

佐々木医師は衝撃的なデータを示しました。「私たちの診療所の夜間往診の45%が死亡診断目的。夜の2時に亡くなって2時半に駆けつける必要があるかというと、じつはない

離島僻地の診療所では、看取りは翌朝対応で了承を得ており、トラブルはないといいます。しかし都内では「サービス競争みたいな感じで、うちは夜中に来ますよと頑張って、みんなで我慢比べしている」状況があると指摘します。

「看取りは朝でいいんだよというコンセンサスを地域で作っていくのも大事。これだけで往診の労力が半分に減る」という提案は、会場に大きな反響を呼びました。

在宅急性期医療の今後

在宅急性期医療について、佐々木医師は日本の医療システムの構造的な問題を指摘しました。

時々入院、ほぼ在宅というのは誰の利益のためにあるのか。私の患者さんで『何かあったら入院させてくれ』という人はほとんどいない。『先生が家で診てくれるならそれがいい』という方が多い

フランスでは大腿骨頸部骨折の手術後3日で退院し、在宅でリハビリをおこなうのに対し、日本では3ヶ月入院してリハ病院、老健を経由し、家に帰ってこない人も多いです。

「医療提供システムは堅牢だが、今の患者さんたちとのミスマッチが生じている。一人ひとりの患者のニーズをしっかりキャッチし、その人にとっての最善の選択を考え続けることが重要」

閉会挨拶:実践から政策へ

平川博之副会長は閉会挨拶で、「本日の議論で、東京の在宅医療が『一馬力』から『連携』へ、『個』から『面』へと進化していることが明確になった。特に印象的だったのは、看取りの翌朝対応という現場発の提案。これは医療者の働き方改革と患者・家族の満足度を両立させる画期的なアイデア」と総括しました。

さらに「電子処方箋の活用による患者情報の共有、特養における主治医機能の確立、在宅急性期医療の推進など、具体的な提言が多数示された。東京都医師会として、これらの提言を政策に反映させるべく、行政との連携を一層強化していく」と決意を述べました。

最後に「2040年まであと15年。今日ここにいる皆様と共に、東京の在宅医療を日本のモデルとして発展させていきたい」と呼びかけ、シンポジウムは盛況のうちに幕を閉じました。

おわりに:東京から始まる在宅医療の新時代

東京都医師会のシンポジウムは、2040年問題に向けた在宅医療の具体的な道筋を示しました。

一馬力診療所も、メガ在宅も、それぞれの強みを活かしながら「面で支える」体制を構築する。24時間365日は「連携」で実現し、急性期医療も在宅で対応可能にします。特養の医療も抜本的に見直し、真の「終の住処」を実現します。

電子処方箋やオンライン診療などのDXを活用し、都市部のリソースで地方も支援します。そして、看取りの翌朝対応のような、現場発の新しいコンセンサスを作っていきます。

これらの取り組みは、単なる理想論ではありません。東京という大都市だからこそ可能な、豊富な医療資源と多様な実践者による「イノベーション」です。

2040年、東京の高齢者が安心して暮らせる社会の実現に向けて、在宅医療の進化は続きます。その最前線の議論と実践が、日本全体の在宅医療の未来を照らす道標となることを期待したいです。

※本シンポジウムの講演動画および資料はこちら(2026年7月31日まで)
https://www.tokyo.med.or.jp/2025zaitakuevent

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