目次 -INDEX-

  1. Medical DOCTOP
  2. 医科TOP
  3. コラム(医科)
  4. 救急医療の“ボトルネック”を突破せよ──順天堂医院 救急科が受け入れ数最多を記録した舞台裏

救急医療の“ボトルネック”を突破せよ──順天堂医院 救急科が受け入れ数最多を記録した舞台裏(1/2ページ)

 更新日:2025/08/04
救急医療の“ボトルネック”を突破せよ──順天堂医院 救急科が受け入れ数最多を記録した舞台裏

救急医療のニーズが年々高まる一方で、医療現場の人手不足や病院数の伸び悩みにより、受け入れ体制の逼迫が全国的な課題となっています。そうした状況の中、順天堂大学医学部附属順天堂医院救急科は多職種の連携と柔軟な体制づくりを進め、2024年度の救急搬送受け入れ件数が過去最多を記録しました。救急医療の“ボトルネック”をいかに打開したのでしょうか。順天堂大学医学部附属順天堂医院救急科教授・科長の近藤豊医師に詳しくお話を伺いました。

桑鶴 良平

監修医師
桑鶴 良平(順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス推進講座・放射線診断学講座特任教授、前順天堂医院長)

プロフィールをもっと見る

順天堂大学大学院卒業、造影剤の開発と副作用の研究に従事するとともに、画像診断、カテーテル治療、データベース研究を行う。特に、腎血管筋脂肪腫や子宮筋腫のカテーテル治療を多数施行している。データベース研究では、順天堂医院、順天堂静岡病院、順天堂浦安病院、順天堂練馬病院のデータを集積し日本のデータベース研究の推進を行っている。

近藤 豊

監修医師
近藤 豊(順天堂大学医学部救急・災害医学講座主任教授)

プロフィールをもっと見る

順天堂大学医学部救急・災害医学講座主任教授。2006年医師免許を取得後、沖縄県立中部病院で初期研修、聖路加国際病院で後期研修を修了し、米国ハーバード大学に2度の留学経験を持つ。専門は敗血症で、同分野の研究で数々の学術賞を受賞。2025年には米国ハーバード大学との国際共同研究の成果を「Clinical Infectious Diseases」に報告。日本Shock学会理事、日本救急医学会・日本熱傷学会・日本中毒学会・日本外傷学会・日本高気圧医学会評議員。「ブラッシュアップ敗血症」「敗血症Controversy」「呼吸ECMOのすべて」等の著書や講演を通じて、若手医師への教育や一般の方への啓蒙活動にも取り組む。

受け入れ件数が急増――「試運転の1年」でアクセル全開

受け入れ件数が急増――「試運転の1年」でアクセル全開

編集部編集部

救急科の状況について、桑鶴院長から概略をご説明いただけますでしょうか?

桑鶴院長桑鶴院長(インタビュー当時)

近藤先生が当院にお越し下さり、2024年の6月頃から人員が本格的に揃ってきました。近藤先生はご就任後、一生懸命に救急対応に取り組んでおり、救急隊からの搬送だけでなく、かかりつけの患者さんを中心に多くの救急患者さんを受け入れるための体制を整えてきました。それに伴い、臨床研修医に対する救急診療のプロモーションも始まりました。

救急救命士の方を雇用したり、NP(診療看護師)の方にも来ていただいたりといった体制の強化をおこなってきました。そのおかげで、年間の救急患者受け入れ件数も過去最多になる見込みです。

また、救急隊にとって重要なのは「次の現場に向かうために早く自分たちを解放してほしい」という点です。その要望に応えるために、10分程度でスムーズに引き継ぎ、帰ってもらう体制を整えていただきました。

さらに、研修医の評判も非常に良く「救急は勉強になる」という声が多く寄せられています。ローテーションの中でも、途中で希望を変更して救急科を回りたいという研修医が増え、入局希望者も増加し、非常に良い循環が生まれています。4月からさらに人員が増える見込みであり、2025年度には救急科の体制が完成に近づくのではないかと見込んでいます。

2024年度は、いわば試運転の1年でありながらも、しっかりとアクセルを踏み、ギアを入れて全力で走り抜いた一年でした。その結果、大きな成果を上げられたと実感しております。そのあたりの現状について、ぜひ近藤先生からもお話しいただければと思います。よろしくお願いいたします。

編集部編集部

救急車の受け入れ台数が過去最高になったという点について、あらためてその背景をご説明いただけますか?

近藤豊医師近藤教授

2025年度に向けて、今年の4月から救急体制の再構築を進めてまいりました。救急体制をより強化することが目的です。

背景としては、救急医師の数を従来よりも増やしていることがあります。とくに、救急専門医の不足が課題であったため、その数を増やすことで、より多くの疾患に対応できる体制を構築しました。これまでは、たとえば内科の患者さんは内科の先生が対応するなど、診療が科に限定されていたのですが、救急専門医が幅広く診療を担当できることで、より柔軟な対応が可能になりました。

また、桑鶴院長のご尽力により、入院体制の整備も進めていただきました。入院の受け入れ体制が不十分ですと、救急車の受け入れを断らざるを得ないこともありますが、今回は救急科の専用病床を11床確保し、新たに救急用の病棟を設けることで、入院までの流れをスムーズにすることができました。その結果、救急車の受け入れ件数が増えてきています。

さらに、医師だけでは対応が難しい部分についても、NP(診療看護師)や救急救命士を新たに配置することで補完しています。これまでは、救急車からの電話対応も医師がおこなっていましたが、そこを救急救命士が担うことで、医師が診療に専念できる体制を整えることができました。こうした多職種連携の強化によって、より多くの救急搬送を受け入れられるようになってきたと考えています。

重症病床16床+軽症病床11床が生んだ新しい院内フロー

重症病床16床+軽症病床11床が生んだ新しい院内フロー

編集部編集部

救急科専用の病床を整備されたとのことですが、これは重症病棟ではなく、一般病棟の中に設けられたのでしょうか?

近藤豊医師近藤教授

はい、今回は一般病棟の中に設けました。もともと救急科ではハイケアユニット(HCU)として中等症や重症の患者さんを受け入れる病床を有しておりました。その体制は当院の救急受け入れを拡大する際に大いに機能してきましたが、今回さらに受け入れを増やすにはどうするかを検討した結果、重症用のベッドは既に整っていたため、軽症の患者さんを受け入れられる病床を新たに整備することにしました。

このように重症・軽症両方に対応できる体制とすることで、より幅広い救急患者の受け入れが可能になっています。

編集部編集部

桑鶴院長と近藤教授のお話から、システムのボトルネックを的確に見つけ出し、それを病院経営者側と診療科の先生と二人三脚で解消しておられる印象を受けました。とくに救急科において軽症用の病床があることによって、どのような問題が解決されたのかについて教えていただけますか?

近藤豊医師近藤教授

一つ挙げられるのは、「軽症用の病床が、重症患者の回復後の移動先として機能している点」です。一見すると、あまり使い道がないように思われがちですが、実際には非常に重要な役割を果たしています。重症患者は治療によって回復しても、すぐに一般病棟に移れない場合があります。その結果、次の重症患者を受け入れることができず、悪循環が生じてしまうのです。

そこで、回復した患者さんを軽症ベッドへ移すことで、重症ベッドを空け、次の救急対応を円滑におこなえるようにしました。これは、院内全体の流れを大きく改善する取り組みとなりました。

編集部編集部

これまで一般病棟に移る際には、別の診療科に転科しなければならなかったところ、救急科の軽症病床ができたことによって転科待ちの“バッファ”のような機能が生まれたということでしょうか?

近藤豊医師近藤教授

はい、まさにそのとおりです。もちろん、救急病床を直接一般病棟として使用することも可能ですが、バッファとしての役割を果たすことで、非常に柔軟な運用ができています。

とくに当院では、感染症への対応も考慮して、これらの病床を個室中心に整備しています。救急では感染症の患者さんも多いため、大部屋では対応が難しいケースも少なくありません。そうした患者さんを適切に受け入れることができる環境が整ったことは、非常に良かったと感じています。

編集部編集部

大きな病院においてこのように柔軟な組織改革をおこなうのは、一般的に難しい印象があります。順天堂医院でこうした取り組みが可能になっている背景には、何か組織文化的な特徴があるのでしょうか?

桑鶴院長桑鶴院長

そうですね。私たちの病院も縦割り組織ではありますが、診療科長や看護師と気軽に話ができる風土があります。「こういうふうにしたい」といった提案に対して、「では一緒にやってみましょう」と前向きに進めていく文化があります。救急科に関して申しますと、入院に関しては総合診療科の医師も協力してくださっています。

実際、肝臓腫瘍の破裂で搬送された患者さんについて、救急科が主治医となり全身管理をおこないつつ、放射線科においてカテーテルによる動脈塞栓で出血を止めた後、肝胆膵外科で手術をおこなっていただくといった連携も実現しています。まだ体制整備の初年度ではありますが、今後このような連携はさらに増えていくと見込んでいます。

また、ほかの診療科にとっても、慢性疾患の患者さんだけでなく、救急で来院された急性期の患者さんや手術を要する患者さんを診ることで、より幅広い経験が得られるという利点があります。たとえば、近藤先生の専門である敗血症のような重篤な疾患についても、現場で学べる環境が整っています。教育病院として、多様な症例を通じて成長できる体制を大切にしています。

単純に臨床に取り組むだけではなく、多様な視点や専門用語を学びながら成長していける仕組みがあることが重要だと思います。そうした環境が整えば、診療科間の垣根も自然と低くなっていくものと考えています。

組織の壁を越えるカルチャー、院内体制の整備や総合診療科との二人三脚

組織の壁を越えるカルチャー、院内体制の整備や総合診療科との二人三脚

編集部編集部

ありがとうございます。かつては「医学部教授」といえば、臨床・研究・教育を三本柱で担う存在というイメージが強かったのですが、近年ではそこに加えて経営や運営する力の必要性が高くなってくるのだと感じました。先ほど、「救急科に直接入院するケースもある」とのお話がありましたが、具体的にはどのような患者さんが該当するのでしょうか?

近藤豊医師近藤教授

救急科では、複数の診療科にまたがるような疾患を抱える患者さんを診ることが多いですね。たとえば、転倒して足を骨折しただけであれば整形外科で対応しますが、頭部に出血もある場合には脳神経外科と整形外科のどちらが主科となるべきか判断が難しいケースもあります。そのような場合には、まず救急科で包括的に診ることになります。

また、原因不明の体調不良や、敗血症のような全身性の重篤疾患に対しても、救急科が対応しています。たとえば、消化器由来の敗血症で重症化している患者さんにおいて、消化器内科はお腹の専門家ではありますが、重症管理には不慣れな場合もあります。そうしたときには、救急科が対応にあたります。

編集部編集部

診療科間のやり取りにおいて「うちの科ではない」といった空気感が生まれてしまったり、原因が完全に明らかになるまでは転科を相談しづらかったりするといった状態では患者さんを含めた皆にとって不幸だと思います。相談しやすい雰囲気づくりや協力関係が重要なのですね。

桑鶴院長桑鶴院長

おっしゃる通りですね。たとえば夜間帯、消化器内科の当直医が1人という体制になっていることも少なくありません。働き方改革の影響もあり、人員配置が制限されてきています。

そういった中で、救急科が明確な勤務体制で24時間対応をしていると、まずはそこで診ることができます。将来的には救急科に2名体制を敷き、余裕があるときには適切な診療科へ引き継ぐことができるようになると良いと思っています。

私がよく申し上げているのは、「朝9時になれば、ほとんどの診療科の先生が出勤してくるのだから、それまで一晩は救急科で診ていただければ、9時以降に各診療科にスムーズに引き継ぐことができる」という考え方です。徐々にではありますが、そうした文化を根付かせていきたいと考えています。

JスタットコールとHCU――急変・中等症を支える緩衝機能

この記事の監修医師