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救急医療の“ボトルネック”を突破せよ──順天堂医院 救急科が受け入れ数最多を記録した舞台裏(2/2ページ)

 更新日:2025/08/04
救急医療の“ボトルネック”を突破せよ──順天堂医院 救急科が受け入れ数最多を記録した舞台裏

JスタットコールとHCU――急変・中等症を支える緩衝機能

JスタットコールとHCU――急変・中等症を支える緩衝機能

編集部編集部

院内での急変時対応に関する「Jスタットコール」についても、少しお話を伺えますか? まず、「Jスタットコール」とはどういったものか簡単にご説明いただけますか?

近藤豊医師近藤教授

Jスタットコールとは、院内で患者さんの容体が急変した際に発報される緊急コールです。たとえば、意識障害やショック状態、アナフィラキシー反応など、緊急性の高い事象が発生した際に使用されます。

順天堂医院では、このコールが全館に響くように設定されており、迅速な対応が求められます。ただし、特定の疾患においては、対応する医師の専門性によって判断が難しい場合もあります。そこで、救急科が中心となって全体の対応にあたる体制を整えています。

編集部編集部

現在は救急科が中心となって対応していると伺いましたが、以前はどのような体制だったのでしょうか?

近藤豊医師近藤教授

以前は救急科のスタッフ数が不足しており、Jスタットコールが鳴っても対応が困難な場合がありました。しかし現在では、Jスタットコールが発動された際には必ず救急科が現場に向かう体制を構築しています。

急変の原因検索や、必要に応じた気管挿管、心肺蘇生などにも対応しています。眼科や耳鼻咽喉科の患者さんであっても、状況によっては重症化することがあるため、そうした患者さんも対象としています。

また、最初は救急科が診療を担当し、状態が安定したら本来の診療科である眼科や耳鼻科へと引き継ぐ、といった運用もおこなっています。以前は救急科の人手不足により対応が困難でしたが、今年からは体制が整い、こうした取り組みも本格的に始めることができています。

編集部編集部

次に、HCU(ハイケアユニット)の役割についても、工夫されている点があるとうかがいました。

近藤豊医師近藤教授

はい。HCUでは、重症患者に加えて、中等症や注意深い観察が必要な患者さんも受け入れています。たとえば人工呼吸器や透析が必要な患者さんはもちろん、自殺企図のある患者さんなど、必ずしも医学的には重症ではないものの、自傷のリスクが高い精神科の方など見守りが必要な方も対象としています。

必要に応じてICUへ移動したり、状態が安定したら精神科へ転科したりと、緩衝的な役割を果たすHCUの存在は、当院において非常に重要な位置づけとなっています。

編集部編集部

総合診療科との連携について、あまり聞いたことがない連携なのですが、順天堂独自の取り組みなのでしょうか?

近藤豊医師近藤教授

独自ではないかもしれませんが、ほかよりも強い関係を築いているのは当院の強みの一つだと思います。入院するときに救急科だけで全部診ていくのは、数的にも専門性的にも難しいのです。

総合診療科は、とくに重症よりはやや落ち着いた内科寄りの疾患が得意な科です。入院を基本的には総合診療科と救急科で一旦は受け止めて、その後落ち着いたところで各科にお願いするような体制をとっています。

そうすることで救急がパンクせずにうまく回っています。救急科で大変なときには総合診療科にお願いしたり、総合診療科が大変なときは救急科で診たりするなど、お互いに助け合ってやっているような形ですね。この二つの診療科が両立する病院は少ないと思うのですが、そこのコミュニケーションを順天堂医院ではすごく大事にして、うまくいっているのだと思います。

桑鶴院長桑鶴院長

近藤教授はソフトな性格の方ですし、総合診療科の内藤教授も懐深く対応して下さっていることに助けられています。お二人で定期的に話し合いの場も設け、スタッフも含めて「ここをこうしたら良くなるのではないか」ということをトライアンドエラーで進めています。

当院の救急科と総合診療科のトップ二人が率いて、互いの診療科を高め合っていく構図になっているのが、うまくいっている理由なのではないかと思っています。

救急救命士の配置と院内搬送ネットワーク――タスクシフトの成果

救急救命士の配置と院内搬送ネットワーク――タスクシフトの成果

編集部編集部

救急科では救急救命士を雇用されたとのことですが、それが病院にとってどのような利益をもたらしているか教えていただけますか?

近藤豊医師近藤教授

救急救命士がいなかったときには、救急車の電話を医師が取っていました。そうするとそこに一人の医師が割かれるので、救急対応するドクターが一人減ってしまうという問題がありました。また、近年は働き方改革で当直も減らさないといけないところ、それがさらに拍車をかけるという状況でした。

まずその電話対応を救急救命士にお願いするところから始めて、さらに看護師が自分たちの受け持ちで手一杯になったときには、検査への移動や処置の準備など看護業務の一部も担ってもらっています。今後は新しく転院搬送もやろうと思っています。

病院全体として稼働が上がって病床が埋まっている状況となり、今後はそれをいかに効率よく出していくかが大事なところです。救命士の力を借りて、ほかの病院、とくに附属病院に患者さんを搬送することを強化していきたいと思っています。

桑鶴院長桑鶴院長

院内救急車を1台持っていまして、それを彼らが運転したり、運転手の方がいる場合は救命士が同乗したりというようなことも想定していますよね。

近藤豊医師近藤教授

その通りです。今の運転手は平日の日中しかいませんが、救命士は夜間や土日でも対応できますし、重症患者の場合は運転手と一緒に行って処置をしながら搬送することを想定しています。

桑鶴院長桑鶴院長

順天堂の附属病院である江東高齢者医療センターを一つの病院のように運用するための準備を進めています。例えば骨折の方を順天堂医院で一旦診て、準備ができたら江東高齢者医療センターへ転送して手術するといった運用をおそらく来年度には始められると思います。

救急救命士の配属が救急科になっているので、救急科の医師とのコミュニケーションが取りやすいということも重要な点だと思います。

近藤豊医師近藤教授

病院所属の救命士さんは、一般的に看護部もしくはその下の部署に所属していることが多いですね。その場合、看護部の上の人たちが救急の現場を知らないと、現場の問題点や課題解決が難しくなると思います。

編集部編集部

とても興味深い取り組みをたくさん伺うことができたのですが、順天堂医院ではどうして組織改革に前向きに取り組めるのでしょうか?

近藤豊医師近藤教授

現場で思ったことを毎月定期的に桑鶴院長や副院長に相談させていただいています。

桑鶴院長桑鶴院長

いいと思ったらすぐOKを出しています。

近藤豊医師近藤教授

相談して実行する、その連携体制がスムーズだからできるのかなと思っています。

編集部編集部

すごいことですね。最後に先生のご専門でもある敗血症について、とくに順天堂医院さんでやっていらっしゃる取り組みがありましたら教えてください。

近藤豊医師近藤教授

ありがとうございます。敗血症に関しては、例えば大学院で研究する人も増えてきていまして、次の4月には大学院生が10名入る予定で、大学院生は計26名になりますが、皆には敗血症を中心にやってもらっています。

これまでの研究の多くは敗血症を治すことに目が向いてきました。実際に亡くなる方の多い疾患なのですが、治る人も増えてきています。そこで今は、治った後にいかに後遺症を残さないかが重要になってきています。

その辺りに着目して、例えば敗血症になった後に認知機能障害を防げないかとか、筋肉の障害を防げないか、そういった研究を進めているところです。具体的には新しい治療薬を作るとかメカニズムを解明するとか、そんな研究を進めています。

編集部編集部

最後に救急科の展望、未来について一言お願いします。

近藤豊医師近藤教授

救急は今すごく求められているところで、社会のニーズも高く、救急患者さんは毎年増えています。一方で病院の数はあまり変わらないという状況で、いかに救急対応を充実させていくかが病院として非常に大事だと思っています。

その中で順天堂医院にできることとして、まずは元々通院している患者さんが亡くなりそうだったり何かあったりするときには対応するのが最も重要な使命ですし、かかりつけの患者さん以外でも命に関わる疾患だったり、困ったりしたときにすぐに順天堂に来ていただけるようなシステムを作りたいと思っています。将来的には日本一の救急にしたいと考えています。

編集部まとめ

順天堂医院救急科では、多職種連携や診療体制の柔軟化、専用病床の整備を通じて、救急受け入れ件数の過去最多を実現しました。救急救命士やNPの活用、総合診療科との協力体制、JスタットコールやHCUによる急変対応など、院内全体のフロー改善にも取り組んでいます。背景には、現場の声をすぐに反映できる組織文化と、現代の救急医療ニーズに即した先進的な取り組みがありました。本稿が読者の皆様にとって、今後の医療体制のあり方を考えるきっかけとなりましたら幸いです。

この記事の監修医師