痛みが続くことによる心理的ストレスにはどう対処したらいいの? 痛み専門の医師に聞く
痛みが続くと身体的な苦痛だけでなく、心理的にも大きなストレスを感じることがあります。身体的な苦痛には痛み止めの治療が役立つかもしれませんが、それでは心理的なストレスにはどう対処したら良いのでしょうか? 園ペインクリニックの松本先生にMedical DOC編集部が話を聞きました。
監修医師:
松本 園子(園ペインクリニック)
痛みが続くと心理的なストレスも大きくなるのはなぜ?
編集部
怪我や病気などで身体的な痛みがあると、心理的なストレスも大きくなる感じがします。
松本先生
痛みとストレスの間には密な関係性があります。そもそも痛みには、体に不調が生じていたり、危険が迫っていたりすることを人に知らせる警報としての役割があります。この痛みはちょうど電気の流れのように、皮膚感覚から末梢神経、脊髄を通って脳へ伝わります。すると脳の視床下部を通じて、自律神経の異常が起こります。
編集部
どんな異常が起きるのですか?
松本先生
自律神経の一種である交感神経が過度に緊張してしまうのです。交感神経が優位になるということは、体にとってストレスになるということ。つまり痛みがあると、ストレスが溜まっているときと同じような反応が体のなかで起きることになるのです。
編集部
交感神経が優位になると、体ではどのような反応が起きるのですか?
松本先生
血圧や血糖値が上昇したり、呼吸が荒くなったりします。また、免疫を司るリンパ組織の働きを抑制したり、胃酸の分泌が活発になったりします。
編集部
いろいろな変化が起きるのですね。
松本先生
そのほか、筋肉が硬直して肩こりや腰痛が生じることもあります。また東洋医学の考えによれば、交感神経が優位になると胸脇苦満(きょうきょうくまん)という状態になり、胸痛や腹痛などの症状が出ることもあります。
編集部
体には大きな負担になりますね。
松本先生
そうです。そして、痛みによって生じたストレスがさらに痛みを増強してしまう、という悪循環が始まってしまいます。怒っているときや悲しいとき、不安なときなど、お腹や頭の痛みが強くなることがあるでしょう。そのように心理的なストレスがかかると交感神経が優位になって副腎髄質に働きかけ、そこからノルアドレナリンという物質が血中に放出されます。それが痛みを感じる神経を刺激して、ますます痛みを強く感じさせるのです。
痛みが続くことによる心理的ストレスの対処法
編集部
体に痛みがあるとストレスが増し、ストレスが増すと、さらに痛みが強くなるということですね。
松本先生
そうです。特に慢性疾患の治療や緩和医療においては、心の痛みが体の痛みをさらに増強して痛みのコントロールを難しくしています。そのため、心と体の痛みにどう対処するかがとても重要です。
編集部
痛みが続くことによる心理的ストレスには、どう対処すれば良いのですか?
松本先生
痛みに対する治療で大切なのは、まず、痛みを引き起こしている刺激を減らす、あるいは無くすことです。そのため、身体的な疾患が疑われる場合は専門医の診察を受け、なんらかの異常が起きていないか診てもらうことが必要です。たとえば「お腹が痛い」「吐き気がする」という場合には消化器内科を受診する必要がありますし、「頭痛がひどい」という場合には頭痛外来を利用するのも良いでしょう。
編集部
まずは、「痛みの原因を知る」ということですね。原因がわからない痛みも存在するのでわからない時は痛み専門外来(ペインクリニック)に最初に行くのもありですね。
松本先生
痛みには、大きく分けて「急性痛」と「慢性痛」の2種類があります。急性痛とは文字通り、急に痛みが生じたもののこと。一方慢性痛とは、一般的に3か月以上痛みが続くもの。一般に、急性痛は身体的因子が強いとされています。一方、慢性痛が長く続く場合には、心理的因子が影響している可能性もあります。
編集部
急性痛と慢性痛では、治療法が違うのですか?
松本先生
いいえ。どちらも多くの場合、神経ブロックが適用になります。ただし急性疼痛なら一度の治療で改善を見込むことができますが、慢性痛は複数回、治療が必要になることもあります。
編集部
痛みの種類によって治療法や治療回数が異なるのですね。
松本先生
・侵害受容性疼痛
怪我や炎症などにより組織が損傷を受けたことによる痛み
・神経障害性疼痛
手術や事故、脳卒中などで神経が損傷したことによる痛み
・痛覚変調性疼痛
体の損傷などの明らかな原因がなく、脳の神経回路の変化が影響して起きる痛み
3つめは「心因性疼痛」というものでしたが、近年、国際疼痛学会は「第3の痛み」として痛覚変調性疼痛を定義し、名称が変更となりました。
編集部
痛覚変調性疼痛は、心理的なものが原因なのですか?
松本先生
心理的要因が変調性疼痛をもたらすことはあります。様々な原因で脊髄から脳にかけた痛みを生み出す神経回路が変化し、痛みが生じたり、痛みに過敏になったりするという仕組み(神経細胞の興奮という分類)のようです。痛覚変調性疼痛の発症には痛みに対する恐怖、不安、怒り、ストレスなど心理的な要因が大きく関係しています。さらにほかの2つの痛みにこの痛覚変調性疼痛が加わることも多く、それによって痛みがさらに治りにくくなるとされています。3つの分類がオーバーラップしたり、影響しあったりすることがあるのです。
編集部
身体的な疾患や怪我の治療を行なっても痛みが引かない場合にはどうしたら良いのでしょうか?
松本先生
そういう場合には、ぜひペインクリニックを受診してみてください。ペインクリニックはいってみれば痛みの専門家。症状や身体的な所見から痛みの原因を多角的に確認し、急性・慢性問わず、痛みの消失を目指します。
ペインクリニックでの痛みとストレスの治療
編集部
ペインクリニックでは、どのような治療を行うのですか?
松本先生
身体的な痛みは薬物療法や神経ブロックなどを中心に、各種の治療法を用いて痛みの軽減や除去を目指します。そのほか、必要に応じて薬剤師、理学・作業療法士、臨床心理士などさまざまな医療関係者と協働しながら、痛みの治療を進めていく場合もあります。
編集部
具体的に、ストレスと痛みにはどのように対処するのですか?
松本先生
たとえば、心理学的なアプローチに認知行動療法というものがあります。これは、偏った考え方や行動を自分の力で正しいものに改めていく治療法です。認知に働きかけ、気持ちを楽にしていく心理療法のことをいいます。
編集部
痛みやストレスにも効果的なのですか?
松本先生
慢性疼痛に対し、認知行動療法が有効であることはすでに証明されています。
編集部
具体的に、どのように行うのですか?
松本先生
痛みがあると、「また痛みが出たらどうしよう」「痛みがあるから何もできない」とネガティブな思考にとらわれがちです。その思考の癖を、「友達と話している間は痛みを忘れていた」「痛みは多少あったけれど、5分間散歩できた」などのような、ポジティブな思考に変えていくのです。
編集部
そのようなことを続けていくうち、痛みも和らいでくるのですか?
松本先生
特に慢性疼痛に対しては、体の痛みと心の痛みに配慮して、総合的な治療を行うことが求められます。患者さん自身が自分の思考の癖に気づき、視点を転換し、自分の感情や行動をコントロールできるようになることで、痛みの軽減や緩和が期待できるとされています。
編集部
最後に、Medical DOC読者へのメッセージがあれば。
松本先生
開業して強く感じるのが、痛みを長く我慢してしまったために、治りにくくなっている患者さんがとても多いということです。特に最近増えているのが、帯状疱疹の痛みに悩む患者さん。帯状疱疹は急性期のうちに痛みに対処しないと、約2割は痛みが長引く「帯状疱疹後神経痛(PHN)」になってしまいます。そのほか肩の痛みや頭痛も、ずいぶん長く我慢してからペインクリニックにいらっしゃる患者さんが多く、特に肩関節周囲炎は長期化するとフローズンショルダーとなり、手術が必要になることもあります。「鉄は熱いうちに打て」という言葉と同様、痛みも早いうちに対処することが大事。我慢したり苦しんだりすることでストレスが増し、それによって痛みがさらに増幅されるケースもあります。いち早く、神経ブロックなど痛みの治療で痛みをなくすことをお勧めします。
編集部まとめ
肩こりや頭痛などは特に我慢する人も多く、「痛みがあるのが当たり前」になっている人も少なくないのでは? しかし多くの場合、ペインクリニックで痛みを除去することは可能です。QOLを向上させるためにも、また、仕事や勉強のパフォーマンスを上げるためにも痛みに悩んでいる場合はぜひ、ペインクリニックを受診してみましょう。
医院情報
所在地 | 〒136-0071 東京都江東区亀戸7-64-3 |
アクセス | JR総武本線「亀戸」駅より徒歩14分 東武亀戸線「亀戸」駅より徒歩14分 |
診療科目 | ペインクリニック科・漢方内科・麻酔科 |