糖尿病患者は運動すると何が改善できる? 運動時の注意点を理学療法士に聞く
糖尿病の方が運動をすることはなぜ重要なのでしょうか? 運動は食後の血糖値を下げる働きや、インスリン抵抗性の改善に効果的なようです。では、運動はどのようにして血糖値やインスリン抵抗性を改善するのでしょうか。また、どのような運動、注意点があるのかも気になるところです。今回は、糖尿病患者の運動療法について理学療法士の河江さんに詳しく解説して頂きました。
監修理学療法士:
河江 敏広(理学療法士)
運動療法の効果とは 血糖値を改善させることはできる?
編集部
糖尿病患者にとって運動療法はなぜ重要なのでしょうか?
河江さん
糖尿病の病態の1つに、食後にインスリンが十分に分泌できず、血糖値が上がってしまうことがあります。運動は血液中の糖を筋肉に取りこみエネルギーに変えることが出来るため、血糖値を下げる効果があります。すなわち、運動はインスリンと同様の効果が期待できるということです。そのため、運動を行うことで血糖値を低下させることが出来れば、膵臓は過剰なインスリン分泌を行わなくてもよいため、膵臓を保護する働きがあると考えられています。また、食後に運動を行うことで糖尿病の3大合併症の原因である食後高血糖を是正することが出来るため、これらの合併症予防のためにも運動療法は重要な治療手段と位置付けられています。
編集部
運動療法はどのようにして血糖値やインスリン抵抗性を改善するのですか?
河江さん
運動療法で血糖値を改善する効果において、血液中の糖を筋肉内の細胞に取り込む役割を行う糖輸送担体(GLUT4)の働きが重要です。運動を継続して行うことでGLUT4が増加するため、血糖値の改善に効果的と考えられています。運動でGLUT4が増えることで、より多くの血糖を筋肉に取り込むことが出来るので、血糖値を低下させることができるという考え方です。もう1つの運動の効果はインスリン抵抗性を改善するという働きです。インスリン抵抗性を生じる要因として脂肪の存在が挙げられますが、運動によって脂肪組織を減らすことでインスリン抵抗性を改善すると考えられています。
編集部
運動療法はどれくらいの期間や頻度で行うと効果が現れるのですか?
河江さん
成人糖尿病の場合は、週に150分以上の中等度から強度の有酸素運動を少なくとも週3日以上行い、より体力のある人は、より短時間(75分/週以上)の高強度のトレーニングなどでも血糖コントロールに良い影響を与えることが知られています。また、運動は食後30分から1時間以上あけて実施することで、すぐに食後血糖を低下させる効果があります。さらに、様々な糖尿病由来の合併症を予防するためには、これらの運動を長期間継続する必要があります。しかしながら、忙しくて運動の時間が確保できず運動習慣の獲得に失敗してしまうこともありますので、自分に合った方法を見つけていくことが重要です。
糖尿病患者はどんな運動をしたらいい? 種類別に特徴を解説
編集部
有酸素運動は糖尿病にどのような効果があるのでしょうか?
河江さん
有酸素運動はインスリン感受性を高めたり、インスリン抵抗性を改善させたりするために有効です。また、有酸素運動単独では心肺機能の向上、体脂肪の減少の点でほかの運動方法より優れていると言えます。一方で、筋力の増強に関する効果はレジスタンス運動(筋力トレーニング)より低いことが知られています。さらに有酸素運動では1型並びに2型糖尿病において心血管疾患による死亡率を低下させることが証明されています。
編集部
レジスタンス運動の糖尿病に対する効果も教えてください。
河江さん
レジスタンス運動は有酸素運動と同様に、インスリン感受性を高める効果があります。さらに、レジスタンス運動は筋肉量を増したり筋力を増強させたりするという点において、有酸素運動より優れています。また、高齢者においては特にレジスタンス運動は重要であり、長期間実施することでバランス能力を高めて転倒を予防する働きも認められています。変形性関節症による痛みに対してもレジスタンス運動が有効であるということが科学的に示されています。
編集部
ストレッチやバランストレーニングは糖尿病にどのような効果がありますか?
河江さん
ストレッチやバランストレーニングは、高齢の糖尿病患者において様々な効果が示されています。高齢患者においては糖尿病の影響で関節が硬くなることが知られているため、ストレッチを実施することで筋、関節などの柔軟性を高め、関節の可動域が拡大する効果が期待されます。また、バランストレーニングは糖尿病の3大合併症の1つである糖尿病神経障害を有する場合においては、バランス能力を改善させることが報告されています。
運動をする際の注意点は? 医師に相談した方がいい?
編集部
糖尿病患者が運動前に気をつけるべきことは何かありますか?
河江さん
初めて運動療法を行う前に、病院でのメディカルチェックを行いましょう。特に糖尿病患者の場合、心臓の血管が狭くなる狭心症や、心臓の血管がつまる心筋梗塞を発症している場合があるのでメディカルチェックは重要です。また、実際に運動を行う直前は水分を摂ることを心がけましょう。運動中は冬場においても汗をかき、体の水分が乏しくなる可能性があります。体の水分が欠乏すると血圧が低くなり、運動を継続することが困難になります。
編集部
運動中に糖尿病患者が気をつけるべきことについても教えてください。
河江さん
運動中に気を付けることは、「いつもと異なる症状が出現していないか」に注意しましょう。特に痛みに関しては要注意です。狭心症などでは胸部、頸部、時には肩に痛みを生じることがあります。日常的に運動をしていない方が突然運動を行うと運動中に膝、腰に痛みを生じることもあるので、運動中に痛みを生じる場合はすぐに病院を受診するようにしましょう。また、治療でインスリンを用いている場合は低血糖を生じることがあります。低血糖になると、手指の震えや動悸を生じることがあります。この場合も運動を中止してブドウ糖の摂取や糖質を含む飲料を服用するようにしましょう。
編集部
運動療法を始めるにあたって、医師や理学療法士などの専門家と相談する際に伝えるべき情報は何ですか?
河江さん
糖尿病の状態(HbA1cの状況、合併症の重症度、使用している薬剤)に関しては詳細に伝えるようにしましょう。糖尿病の場合は合併症の程度により特定の運動が制限される場合もあるからです。インスリンなどの低血糖を生じる可能性がある薬剤も存在するため、低血糖を生じない運動時間や、低血糖への対処方法の指導においてこの情報は重要となります。また、膝や腰などに痛みがある場合も運動指導者に伝えるようにしましょう。これによって、指導者は患者個人に適した運動指導を行うことが可能となります。
編集部まとめ
糖尿病の方が運動をすることは重要な治療の1つであることを教えて頂きました。血糖値を下げる効果や膵臓を保護する働きがあり、食後血糖やインスリン抵抗性の改善にも役立つようです。一方で、運動前にはメディカルチェックが必要であり、運動中には症状や血糖の管理に注意が必要とのことでした。自分に適した運動をするためには、自身の糖尿病の状態を理解し、医療者に伝えることも重要であると思いました。