世界から注目される「日本発」HIVワクチン開発の最新状況とは!?
初めて感染者が報告された1981年から約40年もの間、完治することができなかった「HIV」。しかし、2021年に根治療の可能性を示す日本発の研究結果が報告されました。そのHIVワクチンの最新情報について、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所霊長類医科学研究センターの保富康宏先生にお話をうかがいました。
監修医師:
保富 康宏(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所霊長類医科学研究センター)
HIVワクチンの開発は世界中から求められている
編集部
現在、HIV患者は世界でどのくらいいるのですか?
保富先生
2021年の統計によると、世界には3770万人のHIV陽性者がいると報告されています。感染者の3分の2はアフリカ南部に集中しており、年間70万人近くがHIVにより死亡しています。日本での感染者数は2万2000人です。HIVは抗HIV薬で制御可能ですが、根本的な治療法はないというのが現状です。
編集部
保富先生の研究成果が発表された2021年末には世界中から問い合わせが来たというのは本当でしょうか?
保富先生
論文が公開された後、世界で配信されたNHKの報道を見て様々な国から「自分を被験者に使ってくれ」という問い合わせをいただきました。HIVワクチンへの注目の高さを感じるとともに、薬を飲み続ける生活からの解放を望む方の熱意が伝わってきました。
編集部
HIVの薬は昔と比べて改善していると聞いたことがあるのですが、どうなのでしょうか?
保富先生
ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染症により、免疫機能が破たんし、重症感染症やがんなどを引き起こすのがエイズです。現在は薬を飲み続けることによりエイズの発症をほぼ生涯にわたって防ぐことができますし、飲まなければならない薬の量も減ってきています。さらにウイルスの活動を抑えこむことによって、パートナーを感染させることなく子どもを授かることができるようにもなりました。その一方で、うつなどの気分障害を発症する方も多く、「根治」は多くの人にとっての悲願といえます。
HIVワクチン開発におけるブレイクスルーのポイントとは?
編集部
なぜHIVワクチンの開発はそれほど難しいのですか?
保富先生
エイズウイルスはとても変異が起きやすいという特徴があります。新型コロナウイルスワクチンではデルタ株、オミクロン株といった名前がありますが、エイズウイルスは秒単位で変異してしまうため名前をつけることもできないほどです。
編集部
先生のHIVワクチン研究において、どこが開発のポイントだったのでしょうか?
保富先生
自然免疫反応を助けてワクチンを認識するために「アジュバンド」というものを使用したのがポイントでした。我々は結核菌が持っている「Ag85B」というアジュバンドを、一部遺伝子を取り除いて弱同化したウイルスと組み合わせた結果、サルを用いた実験では期待を超える効果が得られました。
編集部
開発中のHIVワクチンの効果はどのようなものなのですか?
保富先生
Ag85Bを組み込んだHIVワクチンをサルに投与した結果、投与直後に免疫反応が急激に起こり、ワクチン投与後8週目には体から完全に消えるという現象が観測されました。さらにワクチンを事前投与したサルに対し、毒性の強いエイズウイルスを接種したところ、29%ではエイズウイルスの遺伝子は残っているものの血液(血漿中)には出てこない「寛解」という状態となり、57%においては全身からウイルスが完全に排除されました。このように、エイズウイルスを一旦感染させた後でウイルスを排除したというのは、世界で初めての結果になります。
HIVワクチンの開発によって世界はどう変わるのか
編集部
HIVワクチンを作る具体的な手順はどのようになるのでしょうか?
保富先生
「治療用ワクチン」として使うことができるのではないかと考えています。患者さんから血液を採取し、感染しているウイルスから一部の遺伝子を取り除き弱毒化しAg85Bを組み込むことにより免疫反応を誘導できるワクチンを作り、それをもう一度患者さんに投与するという手順になります。
編集部
発展途上国ではそのような個別化した治療は難しいのではないでしょうか?
保富先生
医療制度や経済状況は国によって異なるため、個別化治療が難しい地域もあると思います。そのような場合は、最も流行しているウイルス型を用いた同様のワクチンを大量に作ることによって、安価なワクチンを多くの人に届けることができると考えています。
編集部
最後に、今後の展望についてお話しください。
保富先生
エイズウイルスを排除する根治療は多くの患者さんや研究者にとって悲願でしたが、長らく解決することができませんでした。それがようやく実用化に近い段階まできています。現在の感染者を救うだけでなく、予防的に投与することでエイズウイルスが新たな感染を防ぐことができる世界を目指して研究を進めていきたいと思います。
編集部まとめ
3770万人のHIV患者にとって希望となる、世界中から期待されるワクチンが日本から生まれる可能性があることをうかがい、大変勇気をいただきました。一方で、このような開発を行うための研究環境が、諸外国と比較して劣っているというお話しをお聞きし、国をあげた支援が必要であると強く認識しました。
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