【体験記】脳梗塞で突然の半身麻痺になるも、苦境を乗り越えられたワケ
仕事が充実する日々を送っていた矢先、脳梗塞を発症し、左半身麻痺の後遺症とともに人生を歩むことになった金子尚子さん。懸命なリハビリの甲斐あって、現在は杖なしでの歩行を練習するまでに回復しました。「病気になった今も、決して不幸ではありません」と語るそんな金子さんの、脳梗塞発症から回復までの道のりを取材しました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2021年11月取材。
体験者プロフィール:
金子 尚子
1969年生まれ、東京都在住。結婚し大学生と高校生の子を持つ母。大手企業を早期退職後は、小学校の非常勤職員として特別支援教育に関わる。49歳の時に脳梗塞を発症し、左半身麻痺となった。懸命なリハビリを経て、現在は脳卒中フェスティバルなどのボランティア活動、片手料理サークル「チームLEO」にも所属。SNSで脳卒中当事者ならではの発信や、新しい挑戦に向けて勉強中。
記事監修医師:
村上 友太
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。
突然持っていたコップが重く感じた脳梗塞の発症
編集部
脳梗塞を発症した当時のことを教えてください。
金子さん
2018年9月、当時49歳でした。夕食の準備をしている時に、突然持っていたコップが重く感じ、その後も明らかな異変があって、「私、なんかおかしいよね?」と呂律の回らない口で主人に話しかけたそうです。脳卒中を疑った主人の機転もあり、脳神経病院に救急搬送されることになりました。そして、脳梗塞を発症した翌日に、左半身麻痺が現れました。
編集部
病院ではどのような検査をしましたか?
金子さん
MRI、CTを撮り、脳梗塞が発見され、そのまま入院して点滴治療を行いました。入院中は点滴治療のみでした。
編集部
入院中はどのようなお薬を飲んでいましたか?
金子さん
血液を固まりにくくする薬のバイアスピリン、クロピドグレル、降圧薬のアムロジピン、糖尿病治療薬のエクメット配合錠LDという薬を内服していました。
編集部
治療で辛かったことはありますか?
金子さん
特にありませんでした。「いつか治るだろう」と楽観的な気持ちでした。医師から「リハビリを頑張れば、お茶碗もお盆も持てるようになります、リハビリ頑張りましょう」と告げられ、不思議と悲観的にはならなかったですね。
編集部
現在のお身体の状態は?
金子さん
左片麻痺後遺症で障害者手帳1種2級を持っています。装具なしの杖歩行ができるまで回復し、一人で電車に乗ることができます。何でも片手で工夫しながらですが、ほとんどのことができるまでになりました。現在は杖なし歩行を練習中ですが、まだまだ距離はのびず時間がかかりそうです。血液検査の状態も安定していて、リハビリとSNSと家事とボランティア活動が中心でしたが、ご縁があって2月から仕事も始めました。週3日のお仕事ですが、内1日は電車通勤で、残り2日はリモートワークです。職場にも配慮いただけて感謝しています。
毎日3時間に渡る懸命なリハビリ
編集部
医師からは、脳梗塞についてどのような説明がありましたか?
金子さん
「進行性タイプの脳梗塞で、損傷した脳細胞は戻らない。手術はできないため、点滴で治療をしていきます。リハビリして新しい歩き方を学習しましょう」とのことでした。
編集部
入院生活はどのように過ごしていましたか?
金子さん
急性期、回復期合わせると5カ月間の入院生活でした。急性期病院は10日間の入院でしたが、点滴による治療と、発症3日目から歩行訓練のリハビリが始まりました。リハビリは言語聴覚士、理学療法士、作業療法士から1日2時間受けていました。急性期を脱して、発症11日目に回復期リハビリ病院に転院し、1日3時間のリハビリに励みました。若いリハビリスタッフが時には優しく、時には厳しく、寄り添いながら支えてくれました。同じリハビリ患者もいたので、お互い励まし合う環境があったのが恵まれていたと思います。
編集部
発症後、生活にどのような変化がありましたか?
金子さん
天職だと思っていた仕事を退職せざるをえなかったのは辛かったですが、「でも、いつか復帰できるだろう」と辞める決断をしました。これまでの生活とは打って変わって、リハビリと家事中心になりました。「片手で使えるグッズ」などの YouTubeを見て学び、片麻痺でもできることが増えるよう研究していました。
編集部
治療やリハビリ中の心の支えはなんでしたか?
金子さん
入院している時はリハビリスタッフからの支援がありますが、退院後はリハビリも自分で選択しなければならず、とても不安でした。そんな時、作業療法士からすすめられて始めたインスタグラムで、自分と同じような比較的若い片麻痺仲間がいることを知り、たくさんの知恵と元気をもらいました。また「脳卒中フェスティバルの当事者スタッフをやらないか」と声をかけていただき、私の世界がグッと広がりました。後遺症があっても、みんなこんなに元気なんだと衝撃的でした。今後は片麻痺料理サークル『チームLEO』として、少しずつでも発信する側になっていきたいです。
編集部
現在も外来に通院していますか?
金子さん
3カ月ごとに通院しています。脳梗塞の再発予防には、血圧、血中コレステロール濃度のコントロール、血液をサラサラに保ち、血栓形成の予防することが必要です。降圧薬のアムロジピン、血中コレステロール濃度を下げるロスバスタチン、パルモディア、抗凝固薬のバイアスピリン、クロピドグレルを継続して内服しています。
後遺症があっても「精一杯生きる選択」
編集部
もし昔の自分に声をかけられたら、どんな助言をしますか?
金子さん
「健康過信は危険です。いざという時に頼れる主治医を作っておきましょう。運動、食事、睡眠はもちろん、ストレスをためない生活を送ってね」と言いたいですね。
編集部
あなたの病気を意識していない人に一言お願いします。
金子さん
脳の病気は突然起こります。私自身「まさか自分が!」と思っていましたので、事故に遭ったような感覚です。とにかく自分の身体に向き合い、精一杯生きましょう。FASTは知っておくと良いと思います。
編集部
FASTとはなんですか?
金子さん
FASTとは、脳卒中が疑われる症状の頭文字で、もし症状があればすぐに病院に受診してほしい、という願いも込められた言葉です。Fはフェイス(顔/Face)で、顔の片側の歪み、特に口角が下がることを意味します。Aはアーム(腕/Arm)で、片手に力が入らなくなることです。Sはスピーチ(話すこと/Speech)で、呂律が回らない、言葉が出てこないことを指しています。最後のTは「タイム」(時間/Time)で、脳卒中を発症した疑いがあれば、すぐに病院にいくことが大切ということです。脳卒中は発症4時間半以内であれば、使えるお薬の選択肢が広がります。
編集部
医療従事者に望むことはありますか?
金子さん
病気になった人はショックを受けています。その人にとっては初めてのことなので、まずは気持ちに寄り添っていただきたいです。その人の今迄の人生に目を向け、敬意を持って接して欲しいです。脳梗塞の後遺症がある場合でも、入院は長くても半年。退院してからが本当のリハビリのスタートです。その人が退院後の生活に困らないように、的確なリハビリプランをお願いします。向き合ってくだされば、必ず気持ちは伝わります。
編集部
最後に、読者に向けてのメッセージをお願いします。
金子さん
私は突然障がい者になりましたが、今も決して不幸ではありません。人生の幅が広がりました。空を見上げ、花を愛でる時間もできました。でも、病気にならなかったら、別の人生があったなと思います。みなさんには自分の身体に向き合い、いつでも精一杯生きる選択をして欲しいと思います。
編集部まとめ
脳梗塞はある日突然起こります。日頃から規則正しい生活、バランスの良い食事、適度な運動を心がけることが予防になります。喫煙や飲酒は脳梗塞を引き起こす要因となります。血縁内で脳梗塞がある人は、よりいっそうの注意が必要です。そして、FASTを頭の片隅に置き、もし疑わしい症状がある場合にはすぐに病院を受診しましょう。脳梗塞の治療は早ければ早いほど効果が期待できます。