認知症の進行を遅らせるために「自分でできること」と「我々がすべきこと」
いずれ、5人に1人がかかると言われている「認知症」。また、規模が大きくなるにつれ、様々な認知症関連の事業も展開されてきています。玉石混交のなか、どのように情報精査をしていけばいいのでしょうか。今回は「医療法人社団NALU」の尾﨑理事長に、医療機関・民間サービス・国の制度の3点からお話を伺ってみました。
監修医師:
尾﨑 聡(医療法人社団NALU 理事長)
山口大学医学部卒業、山口大学医学部大学院修了。その後、各医療機関で脳神経外科医としての経験を積んだ後の2014年、神奈川県海老名市に「えびな脳神経外科」開院。法人化に伴い、「NALU」理事長就任。脳の病気の予防や後遺症、生活障害にも注力した地域診療を提供している。医学博士。日本脳神経外科学会専門医、日本脳神経血管内治療学会専門医、日本脳卒中学会専門医。
医療機関ができること
編集部
認知症と診断が付いたら、二度と元には戻れないのでしょうか?
尾﨑先生
いいえ。認知症には、「根本解決が可能な場合」と「そうでない場合」があります。一般に、ほかの病気がトリガーとなって認知症を生じさせている場合は、その病気を治すことで認知症を改善していきます。トリガーの一例を挙げると、正常圧水頭症です。
編集部
他方で、治療が難しい認知症もあるということですか?
尾﨑先生
はい。ほかの病気が原因ではなく脳の変性によって生じている認知症は、根本治療が困難です。このタイプの典型は「アルツハイマー型認知症」で、進行の速度を遅らせることが治療の目標となります。ですから、どのタイプの認知症なのかを鑑別することが重要ですね。
編集部
いずれにしても、早期の対応が「進行抑制」のカギですよね?
尾﨑先生
そのとおりです。先述したように、治る認知症もあるので、早期発見と診断は重要です。また、残念ながら治らない認知症だとしても、早期に対応を開始することで病気の進行を遅らせたり、その人のその後の人生をより良く変えたりすることができると考えています。認知症の罹患率は2025年の時点で「高齢者の5人に1人」になると言われています。認知機能が低下すると、自分のことを客観的に観察できなくなってきます。そうなる前に自覚の有無にかかわらず「自分のことを定期的に知る」ようにしてみてはいかがでしょうか。「まだまだ健康です、問題ありませんね」という結果を得ることも、1つの成果だと思います。
自分で普段からできること
編集部
一部で「認知症には○○がイイ」といった情報が散見されますが、信じてもいいのでしょうか?
尾﨑先生
認知症に対する効果が科学的に証明されているのは「運動」のみとされています。筋肉を動かすことで、神経栄養因子というタンパク質の一種が増加するなどの多角的な要因が好影響を及ぼしていると考えられています。なお、フィンランドを中心とした「フィンガー研究」の報告では、A:運動、B:食事、C:脳トレ、D:健康管理の“組み合わせ”が認知機能低下に有効であったと報告されています。現在、認知症の発症や進行予防に対しては多くの研究報告があり、知見が集積されてきています。ただし、エビデンスが低い情報も混じっていますので、鵜呑みにはできません。
編集部
にも関わらず、認知症対策のサプリメントや健康食品が出回っていますよね。
尾﨑先生
そうですね。仮に効果があったとしても、科学的根拠に乏しく「たまたまだったのかもしれない」可能性があります。ただし、お金に余裕があって「なんとなくいいことをしているな」というポジティブな気持ちが湧くのであれば否定はしませんね。いくらかは不安の解消をしてくれるかもしれません。ただし、サプリメントや健康食品といえども副作用がありますので、この点は注意が必要です。
編集部
運動以外にも、自分にとって好きなことで脳を働かせていれば、予防につながるのでしょうか?
尾﨑先生
なんとも言えないところですが、気が進まないことをするよりはいいとは思います。直接、認知症の発症予防につながるかはわかりませんが、好きな趣味を通じて社会活動することなどは、メンタルケアが期待できるかもしれません。
国がしていること、我々がすべきこと
編集部
認知症になってしまった場合のことを考えると、個人の対策では限度がありそうですね。
尾﨑先生
そうかもしれません。そのため、国は新オレンジプランという政策の中で様々な認知症対策事業を打ち出し、地域包括ケアに注力しています。その中でも、私が関わっている「認知症初期集中支援チーム」は、初期の6カ月間に多職種で編成されたチームが認知症が疑われる人やそのご家族などのもとを訪問し、早期に医療や介護につなげるためのアドバイスや手続きの有無などを支援する仕組みです。認知症初期集中支援チームは、認知症についての相談ができるもっとも身近な存在ですので、ぜひ調べてみてください。
編集部
医療体制に限らず、「地域づくり」も求められそうですね。
尾﨑先生
「認知症サポーター」のような工夫も増えていますよ。認知症サポーターは、「認知症について正しく理解し、認知症の人や家族を温かく見守り、支援する応援者」と定義されています。「認知症サポーター養成講座」を受ければ誰にでもなれるので、地域包括ケアの底上げにつながる制度だと思います。
編集部
認知症の進行予防に、市民ぐるみで手を貸すのが理想的ということですか?
尾﨑先生
そう思います。認知症は誰にでも発症しうる疾患です。そして、日常の生活にも支援が必要になりますので、病院での治療だけで改善するものではありません。これまで通りの生活を住み慣れた街で続けられるために、地域全体で支援するインフラが必要です。インフラ基盤が整っていけば、いつかは認知症になるであろう将来の自分も恩恵を受けられるはずです。まさに「情けは人のためならず」であって、高齢者の孤独死も防げるのではないでしょうか。たとえ一人暮らしの高齢者が認知症になったとしても、これまで通り安心して自宅で過ごせるといいですよね。
編集部
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
尾﨑先生
認知症は、「ご本人に何かしらの落ち度があったからかかる病気」ではありません。もちろん対策は必要ですが、それでもいつかは誰でもなりうる病気です。それだけに、地域の支え、つまり“共生”が必要なのではないでしょうか。良い意味での認知症先進国、先進地域を目指してできるところから工夫していってください。
編集部まとめ
薬などを除くと、唯一「運動」のみが、認知症対策として科学的に証明されているということでした。ただし、これは自助の場合で、他助を期待するのであれば、「共生」という観点が欠かせません。5人に1人が認知症という時代は目前なのですから、この機に社会的な観点をもってみてはいかがでしょうか。
医院情報
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診療科目 | 脳神経外科、内科 |