~実録・闘病体験記~ 片目弱視でも保健師になれたのは、周囲の支えがあったから《ペータース異常》
目の中央部に生まれつきの濁りを伴う「ペータース異常」。その見えづらさから、乳児期に必要な視力の獲得が難しいため、弱視のまま大人になることも少なくない病気です。闘病者・守口さん(仮称)は、右目のみのペータース異常でした。にもかかわらず、右目で的を見る弓道にチャレンジし、国家資格の保健師にも合格したそうです。そのパワーの源を探ってみると、現代社会に“希望の光”が見えてきました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2021年9月取材。
体験者プロフィール:
守口さん(仮称)
神奈川県在住、1994年生まれ。結婚し配偶者との2人暮らしで、民間企業の保健師として正式雇用されている。生まれつき“見え”に不具合があり、正式に「ペータース異常/指定難病(328)」と診断されたのは二十歳前後のこと。現在、合併症としての緑内障の進行を抑えつつ、見えている左目の視力維持に努めている。
記事監修医師:
伊藤 裕紀
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。
目の難病の1つ、ペータース異常
編集部
ペータース異常は「目の難病」と聞きます、どういう病気なのでしょうか?
守口さん
生まれたときから、「虹彩(カメラの絞りにあたる部分)」と「角膜(眼球の最前にある透明の膜)」が癒着している病気だそうです。加えて、黒目の部分に白内障のような濁りが生じています。私の場合は右目だけなのですが、本来なら獲得できたはずの視力がほとんど出ていません。健全な左目に頼って生活しているのが実情ですね。
編集部
右目での「見え方」を具体的に教えていただけますか?
守口さん
全く見えないということではなく、例えば「人の顔だということは把握できても、表情まで追えない」といった状態です。一方の左目には、片目だけを酷使しているせいか、視力の低下が起きています。ですからメガネが必要で、ペータース異常の右目は度なしにして、左目のほうに矯正視力のレンズを入れています。
編集部
病気に気づくとしたら、時期的に考えても親ですよね?
守口さん
はい。濁りが気になって受診したところ、はっきりとした診断は付かず、「生まれつき目が良くないんだね」で済まされていたそうです。おそらく、珍しいペータース異常に詳しい医師が少なかったのでしょう。緑内障も疑われたのですが、当時は眼圧が上がったり下がったりで不安定でした。
編集部
手術で正常な状態にできなかったのでしょうか?
守口さん
角膜移植という方法があるものの、予後不良例が多いこともあり、行われない場合も多いそうです。また、あえて見える方の左目を覆い、右目だけで集中して見るトレーニングを受けたのですが、あまり効果がありませんでした。やはり、「目の前の“もや”のようなもの」が晴れないと、視力を獲得しにくいですね。
多様性を認める社会の到来
編集部
正式診断が付いたのは、大人になってからということでしたね。
守口さん
はい。それまで、いくつかの眼科や大学病院で診てもらったものの、「ペータース異常疑い」でとどまっていました。たまたま就職のタイミングで転院したところ、その転院先で確定診断が付きました。
編集部
それまで、たとえば学校などはどうしていたのですか?
守口さん
右方向の障害物に気づきにくくて、ぶつかったりつまずいたりしていたものの、左目が見えていたので、勉強に差し障るほどではなかったですね。その後、「私と同じように不自由な思いをしている人の支え」になりたくて看護の大学へ進学したのですが、選抜メンバーに入ることができて、看護師と保健師の両方の資格に合格しました。
編集部
大活躍ですね。イジメや偏見なども、とくに受けなかったのですか?
守口さん
それどころか、高校時代には、やってみたかった弓道部へ入部できたのです。弓は右目で狙いをつけるので、「無理だ」と断られると思っていました。それなのに、いろいろな工夫を諸先輩がしてくださいました。個人として認めてもらえたと思うと、感無量でしたよね。不自由した思い出があるとすれば、子どものころにはやった「3Dメガネ」でしょうか。赤と青のフィルムを左右に貼ったメガネなので、私には体感できませんでした。
編集部
現在でも治療は続けているのですか?
守口さん
ペータース異常としての治療はしていません。ただし、緑内障の合併が顕著になってきたので、眼圧を下げる点眼薬の処方は受けています。それと、先ほど言ったような、左目の視力低下を防ぐトレーニングです。ちなみに夫は、「ペータース異常であることを、つい忘れる」と話しています。私も「両眼視で過ごす世界を知らない」ので、今の生活が当たり前なのかなと。生活でも仕事でも、特段の不自由は感じていません。周囲からも、特別な見方はされていないと思います。
環境を選ばない「雑草魂」の極意
編集部
現在は、保健師の職に就いているのですよね?
守口さん
一度は大学病院で看護師として働いていたのですが、夜勤などがあると、カルテ整理などで目を酷使するんですよね。そこで今では、一般企業に転職し、企業内の保健師をしています。その会社の面接でも、とくに「ペータース異常だからどうだ」ということはなく、正式雇用していただきました。人の中身で評価する時代になってきているのかもしれません。
編集部
今までの自分を支えてきた価値観やキーパーソンなどは?
守口さん
医療従事者の道を目指したきっかけとして、「ついつい、親にあたってしまったことへの反省」が挙げられます。イライラの矛先が、身近な親くらいしかないんですよね。そんなわがままを全て受け止めてくれた親の存在が大きいです。自分も、心の広い、相手の気持ちが理解できる存在になろうと思いました。
編集部
この機に、医療従事者へ望むことはありますか?
守口さん
連携がうまく取れていないせいか、「特定の病院に行かないと、適切な医療を受けられない」ように思います。私は現在、医療従事者という立場で、全国にいるペータース異常のお子さんや、そのお母さん方に向けたコミュニティづくりをしています。そこで感じるのは、「扱ったことのない症例だから」と治療を断られたり、医師の見立てに差があったりすることです。実際、情報共有や遠隔診療によってクリアできる場面もあるので、連携不足が残念ですね。
編集部
国や行政に対してはどうでしょう?
守口さん
片目であっても見ることができると、一部の公費補助を受けられないのです。また、生命保険の加入条件に引っかかることがあります。見えていたとしても、治療や通院費用は必要なんですよね。そこに「制度的な谷間」を感じます。もう少し細かな制度設計をしていただくと助かります。
編集部
最後に、読者へのメッセージがあれば。
守口さん
お子さんが何かしらの不都合を抱えていると、「かばって守りに入りがちになる」のではないでしょうか。しかし、かえってお子さんの可能性を摘むことになりかねません。私自身は、「ハンデがあろうが何でもできる」と考えています。また、社会も多様性を認めだしています。文字どおり「過保護」にならないことを願うばかりです。
編集部まとめ
ペータース異常の約8割は両眼性とされています。守口さんの症状は片目だったから、今の生活を維持できたのでしょうか。それとも、ハンデをものともしない精神が、そうさせたのでしょうか。お話を伺う限り、後者のように思えてなりません。その一方で、まだまだ変えていかなくてはいけない旧習や不備がありそうです。残念ながら私たちは、そうした正すべきポイントを、守口さんのような方から教わらないと気づけません。共助社会の成熟には、まさに共助・共働が必要ということなのでしょう。