風邪に抗生物質は効かないってホント?
虎溪医院の虎溪先生によると、抗生物質は「細菌」をやっつける薬の一種であり、「ウイルス」には無力(※)だという。だとすれば、ウイルス性の風邪に抗生物質が処方されるのは、どうしてなのだろう。そもそも抗生物質は必要なのか。詳しい話を解説いただいた。
※細菌とウイルスの違いについて詳細は別記事「細菌とウイルスって何が違うの?」を参照ください
監修医師:
虎溪 則孝(虎溪医院 院長)
獨協医科大学医学部卒業。獨協医科大学越谷病院にて循環器内科助教や循環器内科講師を努める。2014年、埼玉県草加市に「医療法人虎溪医院」設立、院長に就任。医学博士、獨協医科大学越谷病院循環器内科非常勤講師、日本内科学会認定内科医、日本循環器学会認定循環器専門医、日本不整脈心電学会認定不整脈専門医、日本医師会認定産業医、身体障害者福祉法指定医師(心臓機能障害)。日本心電学会、日本心臓病学会所属。
抗生物質が有効な場合もある?
編集部
風邪に抗生物質は効かないのでしょうか?
虎溪先生
ウイルス性の風邪には効きません。ウイルスに抗生物質は効かないからです。風邪の80~90%はウイルスが原因なので、「ほとんどの風邪には抗生物質は効かない」としていいでしょう。
編集部
風邪にもさまざまなタイプがあると?
虎溪先生
まず鼻、口から喉までの空気の通り道を「上気道」、それより下の気管、気管支、肺のことを「下気道」といいます。従来より風邪は「ウイルスによる上気道の急性炎症」のことを指してきましたが、最近の国内外の学会や教科書では、病原体は問わないで、上気道からさらに下気道までを含め、この範囲での急性炎症を総称して「かぜ症候群」とすることが多いようです。
つまり最近の定義では、溶連菌感染症やマイコプラズマ肺炎といった抗生物質が必要な疾患も「風邪」に含めているので、「風邪に抗生剤が有効なこともある」とも言えます。なお、インフルエンザは通常、風邪には含みません。
編集部
病院で抗生物質を処方される場合は、細菌が原因なのですか?
虎溪先生
それが、そうとも言えません。本来健康な人の風邪であれば細菌が原因でも自然に良くなる場合がほとんどであり、抗生剤が必要なケースはまれです。本当に必要な症例、もしくは必要である可能性が高い症例にのみ抗生剤が出されるべきですが、見分けがつきづらい場合も多々あります。免疫機能が低下している方や、肺の病気(慢性閉塞性肺疾患など)で在宅酸素をしているような方は、細菌の二次感染を起こすと重症化しやすいため、「風邪」でも初期から積極的に抗生剤を投与する場合もあります。
編集部
そもそも、抗生物質は何をする薬でしょう?
虎溪先生
細菌全般をやっつけてくれるお薬です。正しくは「抗菌薬」であり、生物(菌類)からつくられるものと、化学合成をしたものがあります。抗生物質という言葉は、このうちの「菌類からつくられるもの」でした。しかし、最近は区別しないようになりましたね。
編集部
風邪っぽい症状の原因が細菌なのかウイルスなのか、自分で判断できますか?
虎溪先生
のどの痛み(違和感)、鼻水、せきがどれも同等にあれば、ウイルス性の上気道炎(風邪もしくはインフルエンザ)の可能性が高いでしょう。細菌の場合、のどの痛みだけ、せきだけなど、「限られた場所に1つの症状だけ」現れることが多いようです。熱もウイルス性の風邪より高い場合が多いですが、インフルエンザではウイルスでも高熱がでます。また以前は、「黄色い痰」は細菌感染を疑わせる所見と言われていましたが、最近の知見では必ずしもそうではないようです。
ウイルス対策として処方される薬について
編集部
抗生物質ではウイルスをやっつけられないということでしたが?
虎溪先生
はい。細菌とウイルスは構造が全く違います。例えばペニシリンという抗生物質は細菌の細胞の壁を壊すことによって細菌をやっつけますが、そもそも細胞がないウイルスには効きません。その他の抗生物質も同様でウイルスには無効です。
編集部
ウイルスには、薬が効かないということですか?
虎溪先生
ウイルスを退治する薬を抗ウイルス薬と言います。インフルエンザウイルス、ヘルペス帯状疱疹ウイルス、C型肝炎ウイルス、HIVウイルス(エイズの病原ウイルス)など限られたウイルスのみに開発されたものはあります。残念ながら風邪の原因ウイルス(ライノウイルス、エコーウイルス、コクサッキーウイルスなど)に対する薬はありません。
また抗生物質は一つの薬で、多くの種類の細菌に効きます。つまり細菌の種類が特定されていなくても、細菌感染が疑わしければ、とりあえず抗生物質を処方します。それに対して抗ウイルス薬は個々のウイルス専用に作られたものであり、ウイルスの種類を超えて効くことはほぼありません。
編集部
風邪のウイルスはどうなのですか、有効な薬が開発されているのでしょうか?
虎溪先生
開発されていません。まず風邪の原因ウイルスは200種類以上あるといわれており菌の同定が困難です。1つのウイルスに対する薬を作るだけでも大変な上に、そもそも自然に治る疾患に対して大きな開発費や医療費をかける意味はありませんよね。
編集部
「ゾフルーザ」というインフルエンザ新薬が発売されたと聞いていますが?
虎溪先生
「ゾフルーザ」は、インフルエンザウイルスの増殖を抑える抗ウイルス薬として注目されています。従来の薬(タミフルなど)と比べて良い点は、のむ回数が1回でいいこと、ウイルスが体内からいなくなる時間が従来の薬よりも2~3日早いことです。ただしインフルエンザのつらい症状が治まるまでの期間は従来の薬と同等で、何も飲まなかった場合に比べて約1日早くなるだけです。
悪い点は、値段がやや高いことと約1割の症例でウイルスが「耐性」を持つこと。つまりゾフルーザを投与することによって、ウイルスが形を変え、ゾフルーザが効きづらいウイルスに変化してしまうことです。耐性ウイルスに変異してしまうと、むしろインフルエンザで苦しむ期間が長くなってしまいます。
それと、承認前の臨床試験では12歳未満の小児、65歳以上のお年寄り、入院が必要な重症な患者さんが除外されており、これらの人へのデータが従来薬に比べて少ないことも気になります。
編集部
「ゾフルーザ」の効かないウイルスがいるんですね?
虎溪先生
「効かないウイルスがいる」というよりは、ゾフルーザを投与することによってゾフルーザか効きづらいウイルスに変異してしまうことが1割ぐらいの患者さんで起こり、その場合は症状がむしろ長引いてしまうということです。タミフルなどの従来のインフルエンザ薬では耐性ウイルスの報告はまれでした。みんながゾフルーザを使いすぎると、今後もしかしたらゾフルーザが効きづらいインフルエンザウイルスが流行することもあるかも知れません。
風邪やインフルエンザの有効な治し方
編集部
改めて、風邪にはどう対処したらいいのでしょう?
虎溪先生
まず風邪かどうかが大事です。せき、鼻水、のどの痛みがどれも同じくあれば、ほぼ風邪で間違いないと思います。ただしインフルエンザの流行期でいつもの風邪より発熱、関節痛、倦怠感などの症状が強ければインフルエンザも疑ってください。
風邪とわかれば、自然治癒を待つのみです。その人の免疫が風邪のウイルスを退治して、ウイルスがいなくなった後の炎症が治まるのを待つしかありません。十分な休養をとって、タバコやアルコールは控えること、食事は食べすぎないように注意し、水分を積極的に摂りましょう。
インフルエンザに対しては、タミフルやイナビル、ゾフルーザなどの薬がありますので、希望があれば病院で処方をしてもらいましょう。ただしインフルエンザも健康な人であれば自然治癒する病気であり、これらの薬は症状が治まるまでの期間を約1日短くするだけですので、必須という訳ではありません。
編集部
風邪には、そもそもお薬が不要だと?
虎溪先生
残念ながら風邪を治す薬はありません。「風邪薬」というのは風邪が自然に治るまでのつらい症状を強制的に抑えるものです。せきが出ている人にはせき止め、熱が出ている人は熱さまし、鼻水が出ている人は鼻水を一時的に抑える薬を「風邪薬」と呼んでいるだけで、風邪を根本的に治療する薬ではありません。
また咳や鼻水はウイルスを外に出す反応で、軽い発熱は免疫が一番働きやすい環境と言われていますので、風邪薬でこれを無理やり抑えてしまうと、かえって風邪が長引く可能性があります。
とはいえ風邪の症状も時にはつらいので、たとえ一時的でもつらい症状を抑えたければ、服用しても良いと思いますが、少なくとも「風邪を早く治したい」という目的で「がんばって」風邪薬を残さず飲む必要はありません。また早めに風邪薬を飲んだからと言って、風邪が重症化するのを防げることもありません。
もし風邪の特効薬があるとすると、免疫力を高めて風邪を1日でも早く治す薬でしょう。その意味では漢方薬(葛根湯など)やビタミンCなどは、なんとなく期待が持てそうですが、残念ながらこれらの薬も風邪が早く治るという科学的根拠は今のところありません。
編集部
インフルエンザウイルスの予防接種は効果的なんですよね?
虎溪先生
抗体をあらかじめつくっておくことで、発症率が20~60%ぐらい軽減されます。予防接種をしていてもインフルエンザに罹ってしまう人もたくさんいますが、脳炎など合併症や重症化の予防には効果的です。子供や持病の多い高齢者などは特に接種をお勧めします。
編集部
マスクの着用はどうでしょう、予防に役立ちますか?
虎溪先生
実は、マスクをしてもウイルスの侵入は防げません。マスクの繊維よりウイルス粒子の方が小さいからです。ただインフルエンザは基本的にくしゃみやせきなどのしぶきでうつる(飛沫感染)またはウイルスに汚染された手で口、鼻を触れるなどでうつる(接触感染)と言われています。マスクをすることで感染した人のしぶきを直接浴びることや、自分で口、鼻を触ることをある程度は防げるかもしれません。また気道の保湿効果も期待できますが、最近では空気感染の可能性も言われており、予防効果は限定的とみるべきでしょう。
他方、自分がインフルエンザに罹ってしまった場合は、くしゃみなどのしぶきを遠くに飛ばさない効果が期待できますので必ず着用をお勧めしています。
編集部
ほか、風邪に関するアドバイスがあればお願いします。
虎溪先生
風邪は人生で100~200回ぐらい罹ると言われています。正しい知識を持てばある程度自分で診断可能な病気であり、風邪とわかれば十分に休養をとって自然治癒を待つしかありません。
私の知人(医師ではありませんが)で「風邪をひいたときは栄養ドリンクを2本飲んでマスクをして、靴下をはいて、酒を飲まず早く寝る。そうすれば翌日にはほとんど治るよ」という人がいます。特効薬がない以上、個々のルーティーンがあればそれも良し。百歩譲って漢方薬などもありでしょう。つらい症状を少しでも抑えたければ、風邪が長引くリスクが多少ありますが、「風邪薬」を適宜服用してください。
一方で普段の風邪とは明らかに違う症状があったり、いつものルーティーンで治らない場合は、「風邪に似た病気」の可能性があるので早めに医療機関を受診しましょう。
編集部まとめ
虎溪先生は、「効かないのに投与する抗生剤ほど悪いものはない」とおっしゃっていました。かえって体の中に耐性菌を増やしてしまうし、副作用も看過できないとのこと。薬や処方箋を出されたら、本当に必要なものなのかどうか、確認してみてください。ただし、抗生物質を今後の予防措置として処方される場合もあるので、注意が必要です。
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