エイズ(AIDS)脳症の症状や原因とは?
エイズ脳症(AIDS脳症)とはどんな病気なのでしょうか?その原因や、主にみられる症状、一般的な治療方法などについて、医療機関や学会が発信している情報と、専門家であるドクターのコメントをまじえつつ、Medical DOC編集部よりお届けします。
監修医師:
村上 友太 医師(東京予防クリニック)
脳神経外科専門医、脳卒中専門医、神経内視鏡技術認定医。日本認知症学会、抗加齢医学会、日本内科学会などの各会員。
目次 -INDEX-
エイズ脳症とは
エイズ脳症とは、AIDSの原因ウイルスであるHIV(human immunodeficiency virus)が中枢神経組織にも感染する病気です。
記銘力低下や意欲低下などの高次脳機能障害を中心とする神経障害を引き起こします。感染症や悪性腫瘍などの他の原因がないにもかかわらず、数週間~数年という経過で認知機能が悪化します。HIVの治療を受けることでやや症状は改善しますが、一般的に予後は不良です。
村上先生の解説
エイズ脳症には、HIV脳症やAIDS dementia complexなどの類縁疾患があり、明確な分類がされておらず混在して使われています。これらはどれも中枢神経組織にHIVが感染することで起こる認知障害とされ、HIVに対する治療の進歩により患者数は激減しました。しかし、近年では治療が比較的順調でウイルスが抑えられているにも関わらず、軽度の認知障害が出現することが明らかになり、2007年に米国国立精神衛生研究所によりHIV関連神経認知障害(HIV Associated Neurocognitive Disorders:HAND)が提唱されています。
エイズ脳症ではどんな症状が現れるの?
エイズ脳症では、数週間~数か月という経過で物忘れが増える(記銘力低下)、注意が散漫になる、活動意欲がなくなってぼーっと過ごす、話さなくなる、現在の日付や現在いる場所が言えなくなる(見当識障害)などの認知機能低下が出現します。
また、反応が遅くなる、ふらふらした歩けなくなるなどの運動症状なども出現します。無治療のHIV感染症の人(感染に気付いていない人など)で、急に物忘れが目立つようになり、約束を忘れたり、物を失くしたりするようになります。
数週間の経過で歩く時にふらつきを感じるようになり、動作が緩慢になります。
痛みなどはありませんが、物忘れから始まって数週間の経過で日付や時間がわからなくなったり、予定を完全に忘れてしまったりと生活に支障が出てくるために医療機関に受診することになります。
村上先生の解説
エイズ脳症はAIDS患者において重要な合併症の一つですが、日本では報告が少なく、HIV感染が判明していない場合などでは診断が困難です。HIV感染症は基本的には無症状ですが、エイズ脳症はHIV感染症の比較的進行期に出現するため、多くの場合、エイズ脳症発症時には感染症にかかりやすいという状態になっています。そのため、HIVにかかっているかもしれないと思う場合には受診時に申告するとよいでしょう。
エイズ脳症の原因は?
エイズ脳症の原因は、エイズの原因ウイルスであるHIVが中枢神経に感染することと言われていますが、正確な機序はわかっておりません。HIVは増殖する過程でさまざまなサブタイプが出現し、本来は免疫機能の調整を行うT細胞に感染を起こすHIVがマクロファージなどの他の細胞に感染できるようになることで中枢神経組織に感染するとされています。また、中枢神経組織の感染により神経組織の破壊(サイトカインによるアポトーシスの誘導など)が進み、症状が出現すると考えられています。
HIVに対する治療の進歩によって、しっかりと治療を受ければ発症することは少なくなりました。しかし、HIV感染症の治療は治療薬の服薬を続けることが大事であり、病気にかかっていることに気付いていない人や治療を真面目に受けない人では発症リスクが高くなります。
村上先生の解説
HIVはレトロウイルスと呼ばれるRNAウイルスです。ウイルスは自己の遺伝子を宿主(感染者)の遺伝子に挿入して増殖しますが、レトロウイルスは自己のRNAをDNAにコピーし、そのDNAをさらにRNAにコピーして増える特徴があります。そのため、遺伝子変異が起こりやすくサブタイプも出現しやすくなります。これがHIVの多様性や治療の難しさの一つの要因になっています。
エイズ脳症の検査方法・診断方法は?
エイズ脳症であることを診断するには、HIVに感染していることと、認知障害や運動障害がエイズ脳症以外の原因がないことを確認することが必要です。
HIV感染症の診断は、血液検査で行うことができて、HIVスクリーニング検査(HIV抗体検査+HIV-1抗原の同時測定)と
HIV確認検査(HIV-1/2抗体確認検査+拡散増幅検査(PCR法)を同時測定)の2段階の検査で陽性であれば診断できます。
スクリーニング検査は即日に結果がわかるものもありますが、確認検査は検査結果がでるまでに1-2週間程度かかることが多いです。
症状がエイズ脳症以外の原因ではないことを確認するのは困難ですが、血液検査や髄液検査、各種画像検査(造影CTやMRIなど)を組み合わせて判断します。代謝異常や感染症、悪性腫瘍など、その他の原因がないかを調べて、症状を説明できるようなその他の異常がなければエイズ脳症と診断します。
村上先生の解説
エイズ脳症となる人はすでに免疫力が非常に低下しており、普段であれば感染しないような常在菌などにも感染をしてしまいます(日和見感染)。そのため、エイズ脳症にその他の感染症を合併してしまうこともあり、診断が困難な場合も少なくありません。エイズ脳症はHIVの治療をしっかり受けることで発症を抑えることができるため、HIVと診断を受けた場合にはしっかりと治療を受けましょう。
エイズ脳症の治療方法
エイズ脳症の治療は、HIV感染症の治療と同じく抗HIV薬を3剤以上併用する強力な多剤併用療法(HAART:highly active antiretroviral therapy)が基本となります。核酸系逆転写酵素阻害薬2剤にプロテアーゼ阻害薬やインテグラーゼ阻害薬を加えて内服治療を行います。HIV感染症を根治させる治療法は見つかっていないため、内服治療は基本的に死ぬまで永続的に行う必要があります。
村上先生の解説
エイズ脳症の治療ではなによりも大事なのが、しっかりと通院をして治療を受け続けることです。エイズ脳症の治療では消化器症状を中心とした副作用が出ることも多く、また治療費の自己負担額も高額となるため大変ではありますが、自立支援医療制度などのサービスも使いながら、治療を続けていきましょう。
エイズ脳症の予防方法
エイズ脳症にならないためには、HIVに感染しないこと、HIV感染を早く見つけること、HIV感染症となったら継続して治療を受けること、が重要です。HIVの感染経路は以前には血液感染や母子感染もありましたが、現在は主に性感染です。そのため、性交渉の時にはコンドームを着用する、不特定多数との関係を持たないなどの対策が有効です。HIVの感染が不安になった場合には保健所や医療機関でスクリーニング検査を受けられます。
村上先生の解説
HIV感染を広げないためにも、HIV感染症は早期に診断することが望ましいですが、HIVの検査を受けるのは恥ずかしいですよね。感染しないことが一番ですが、特定の保健所ではHIV検査を無料・匿名で行っていますので、感染を疑う場合にはそれらのサービスも利用しながら早期診断を行うことが重要です。
もしかしてエイズ脳症?初期症状・気になる症状を解説
認知機能症状やふらつき
初期症状は認知機能低下とふらつきです。多くの場合、数週間単位で亜急性に進行します。治療を受けていないHIV感染者で感染から数年以上たってから発症するため、20代後半から30代で発症することも多く、若年者での認知機能低下があれば、医療機関に受診してください。また、不特定多数との性交歴、同性との性交渉、HIV蔓延地域での性交歴などがHIV感染のリスクとなるため、HIV感染を疑った場合には医療機関や保健所で検査を受けましょう。
エイズ脳症についてよくある質問
ここまで症状の特徴や対処法などを紹介しました。ここでは「エイズ脳症」についてよくある質問に、Medical DOC監修医がお答えします。
エイズ(AIDS)脳症に罹患した場合の余命はどれくらいですか?
村上先生
エイズ脳症になった場合でも適切な治療を受ければ長期生存が期待できます。しかし、認知機能低下などの高次機能障害は残存することが多く、社会復帰が困難になりえます。
エイズ(AIDS)脳症の病原体はなんですか?
村上先生
HIV(human immunodeficiency virus)です。体内で増殖する間に多数のタブタイプが出現して、中枢神経組織に感染を起こします。
エイズ(AIDS)脳症に合併症の危険はありますか?
村上先生
エイズ脳症になる人は、HIV感染がかなり進行して免疫不全状態となっていることが多いため、感染症を合併する危険性が高い状態です。
エイズ(AIDS)脳症を発症するメカニズムを教えてください。
村上先生
正確な機序はわかっていませんが、HIVは増殖する過程で様々なサブタイプが出現し、マクロファージなどの他の細胞に感染できる機能を獲得することで中枢神経組織に感染すると考えられています。中枢神経組織の感染により神経組織の破壊(サイトカインによるアポトーシスの誘導など)が進み、症状が出現すると考えられています。
まとめ
エイズ脳症は、HIVに感染をしてしまっても治療を行うことで発症を予防できる疾患です。発症した場合には後遺症を残り社会復帰は困難なことが多く、HIV感染症を放置したことでAIDSを発症し、免疫力も高度に低下してしまう可能性もあります。HIVの感染予防を行うことが最も重要ですが、HIV感染症の早期に発見してしっかりと治療を受けることも非常に重要です。
エイズ脳症と関連する病気
「エイズ脳症」と関連する、似ている病気は13個ほどあります。
各病気の症状・原因・治療方法など詳細はリンクからMedicalDOCの解説記事をご覧ください。
脳神経系の病気
- トキソプラズマ脳症
- 進行性多巣性白質脳症
- 中枢神経系リンパ腫
- クリプトコックス髄膜炎
消化器系・呼吸器系の病気
- カンジダ食道炎
- サイトメガロウイルス腸炎
- サルモネラ菌血症
- ニューモシスチス肺炎
- 活動性結核
エイズ脳症はHIV感染症の進行期に発症する疾患であり、免疫不全状態になっていることから各種感染症が関連します。またHTLV-1や梅毒、ヘルペスウイルス感染などの性感染症もかかっている可能性があります。
エイズ脳症と関連する症状
「エイズ脳症」と関連している5個ほどあります。
各症状・原因・治療方法などについては詳細はリンクからMedicalDOCの解説記事をご覧ください。
関連する症状
- 物忘れが増える(記銘力低下)
- 注意が散漫になり、活動意欲がなくなってぼーっと過ごす
- 現在の日付や現在いる場所が言えなくなる(見当識障害)
- 歩く際にふらつく
- 風邪
若年者で、認知機能とふらつきの症状が見られた場合には、エイズ脳症を疑うきっかけになります。
■日本臨床免疫学会会誌(1994) エイズ脳症の発症機構
■臨床神経学(2008) HIV 脳症 5 例の臨床的特徴と経過
■国立感染症研究所HP
日本におけるHIV関連神経認知障害(HAND)の有病率と関連因子
AIDS(後天性免疫不全症候群)とは
■症例報告 第95回日本神経学会北海道地方会(2014年9月、札幌)
■エイズ治療・研究開発センターHP HIV感染症の診断