目次 -INDEX-

林 良典

監修医師
林 良典(医師)

プロフィールをもっと見る
【出身大学】
名古屋市立大学
【経歴】
東京医療センター総合内科、西伊豆健育会病院内科、東京高輪病院感染症内科、順天堂大学総合診療科、NTT東日本関東病院予防医学センター・総合診療科を経て現職。
【資格】
医学博士、公認心理師、総合診療特任指導医、総合内科専門医、老年科専門医、認知症専門医・指導医、在宅医療連合学会専門医、禁煙サポーター
【診療科目】
総合診療科、老年科、感染症、緩和医療、消化器内科、呼吸器内科、皮膚科、整形外科、眼科、循環器内科、脳神経内科、精神科、膠原病内科

侵襲性肺アスペルギルス症の概要

侵襲性肺アスペルギルス症は、カビの一種であるアスペルギルス属の真菌が肺に感染して生じる深在性真菌感染症(身体の深部に入り込んで起こるカビの感染症)です。
アスペルギルスは土壌やほこりなど環境中に広く存在するごくありふれた真菌ですが、通常は健康な方に感染症を引き起こすことはありません。しかし、免疫力が大きく低下した状態では、この真菌が肺組織に侵入・増殖し、侵襲性と呼ばれる感染症を起こすことがあります。

侵襲性肺アスペルギルス症は肺の中で急速に進行し、せき、発熱、胸の痛み、呼吸困難などの症状を引き起こします。治療せずに放置すれば致命的となりうる重篤な病気であり、患者さんの予後も不良です。
さらに感染が進むと血流に乗って肺以外の臓器(脳、心臓、肝臓、腎臓など)に広がる場合もあり、全身状態が急速に悪化します。侵襲性肺アスペルギルス症は、深在性真菌症のなかでも死亡率が高く、特に免疫が低下した患者さんでは迅速な診断と治療が重要となります。

侵襲性肺アスペルギルス症の原因

アスペルギルス属真菌の胞子は屋外から都市部の建物内部まで広く飛散しています。アスペルギルス属のなかでも、特にアスペルギルス・フミガタスAspergillus fumigatus)が侵襲性肺アスペルギルス症の原因菌として頻繁に検出されます。この真菌は屋内外を問わずさまざまな場所に存在しており、完全に避けることはできません。免疫が正常な方では深刻な病気になりませんが、免疫力が低下した場合はこうした環境中のカビに感染しやすくなります。

アスペルギルス症の直接の原因は、アスペルギルス属真菌の胞子を吸入することです。私たちは日常的にアスペルギルスの胞子を吸い込んでいますが、健康な方では通常、吸入した胞子は気道の線毛や免疫細胞によって排除されるため、感染症は発症しません。しかし、免疫力が低下している場合には、吸い込んだ真菌を排除しきれず肺の中で増殖して感染症を起こしてしまいます。アスペルギルスは人から人へ直接感染することはなく、あくまで環境中のカビを吸い込むことで感染が成立します。

侵襲性肺アスペルギルス症の前兆や初期症状について

侵襲性肺アスペルギルス症の初期症状は、一般的な肺炎に似たものが多く、風邪と区別がつきにくい場合もあります。せき発熱で始まり、進行すると症状が重篤化していきます。代表的な症状を挙げると次のとおりです。

  • せき
    初めは乾いたせきが出ますが、進行すると粘液や血液が混じることがあります
  • 発熱
    高熱が出ることが多く、抗菌薬を投与しても解熱しないことがあります
  • 胸痛
    胸の痛みを訴えることがあり、特に深く息を吸ったときに痛みが強くなる場合には肺に炎症が及んでいる可能性があります
  • 呼吸困難
    肺の機能が障害されるため、息苦しさや呼吸が荒くなるなど、呼吸困難の症状が現れます

これらの症状は進行するにつれて悪化します。特に、白血病で化学療法中の方臓器移植後で免疫抑制剤を服用中の方などでは、数日間持続する発熱や咳を軽視せず、早期に医師の診察を受けることが重要です。

症状に気付いたら早めに病院を受診しましょう。受診する診療科は、主に呼吸器内科になります。免疫不全などハイリスクの患者さんでは、主治医の判断で感染症内科がある病院に紹介されることもあります。いずれにせよ、侵襲性肺アスペルギルス症は迅速な対応が大切な疾患ですので、症状が疑われる場合には迷わず医療機関を受診してください。

侵襲性肺アスペルギルス症の検査・診断

侵襲性肺アスペルギルス症が疑われる場合、診断を確定するために以下のような検査を組み合わせて行います。侵襲性肺アスペルギルス症の診断は、臨床症状・画像所見・検査結果を総合して判断する必要があります。特に、免疫力の低下した患者さんで肺に原因不明の異常陰影が出現し、抗菌薬に反応しない場合には本症を強く疑って検査を進めます。

画像検査

胸部X線写真やCT検査で肺の異常陰影を確認します。

微生物検査

喀痰や気管支鏡で採取した肺の分泌物を培養し、アスペルギルス属の菌を検出します。顕微鏡検査で菌糸を確認することもあります。ただし、培養で菌が検出されないことも多く、検出されてもそれが病原菌であるか、ただの常在菌ではないかの判断が必要です。

血液検査

血液中のアスペルギルス抗原を測定する抗原検査や、真菌全般の細胞壁成分であるβ-Dグルカン検査が行われます。特に、ガラクトマンナン抗原検査は侵襲性肺アスペルギルス症の診断に有用で、高い精度で早期発見に役立ちます。

病理組織検査

確定診断のためには、肺組織の生検を行い、組織内にアスペルギルスが侵入している所見を直接確認することが確実といえます。しかし、侵襲性の患者さんでは侵襲的検査自体が難しい場合もあり、病理検査が行えないこともあります。

侵襲性肺アスペルギルス症の治療

侵襲性肺アスペルギルス症の治療では、抗真菌薬による全身療法が中心となります。現在、ボリコナゾール(VRCZ)というアゾール系抗真菌薬が第一選択薬として広く用いられており、多くの場合は点滴静脈注射で治療を開始します。患者さんの状態が安定してくれば内服薬に切り替えて、数週間から数ヶ月にわたり治療を継続します。ボリコナゾールが使用できない場合や効果不十分な場合には、リポソーマルアムホテリシンB製剤やミカファンギン(ECH系)、ポサコナゾールやイサブコナゾールといったほかの抗真菌薬を併用・追加することもあります。

抗真菌薬治療と並行して、可能であれば免疫機能低下の原因への対処も行います。例えば、副腎皮質ステロイドを大量に使用している場合には減量を検討する、好中球減少がある場合にはコロニー刺激因子製剤で白血球の回復を促す、といった対策です。また、感染巣が肺の限局した部位に留まっている場合や、薬剤で効果が得られない場合には、外科的に病変部を切除する手術が検討されることもあります。ただし、多くの場合で患者さん自身の体力や免疫状態が低下しているため手術のリスクが高く、薬物療法での治療を行います。

近年、アスペルギルス属真菌のなかには抗真菌薬に対する耐性を獲得するものも報告されています。特に、主要な原因菌であるA.フミガタスにおいてアゾール系薬剤が効きにくい耐性菌株の存在が明らかになっており、治療が困難になる例もあります。このため、治療開始後も経過観察し、必要に応じて薬剤感受性試験の結果に基づいた薬剤変更などが行われます。

侵襲性肺アスペルギルス症になりやすい人・予防の方法

侵襲性肺アスペルギルス症になりやすい方は、免疫機能が低下している方々です。具体的には次のような例が挙げられます。

  • 血液のがんなどで高度の免疫不全状態にある
  • 臓器移植後に免疫抑制剤を内服している
  • 膠原病などの治療でステロイドや免疫抑制剤を長期間大量に使用している
  • HIV/AIDSによって免疫低下がある

上記のようなリスクがある場合は、アスペルギルス症の予防と対策が重要です。日常生活でできる予防方法として、以下の点が挙げられます。

環境の整備

工事現場やほこりっぽい場所、ガーデニングで土や落ち葉に触れる作業はできるだけ避けましょう。屋内の換気口やエアコンフィルターの清掃にも注意が必要です。観葉植物の土壌にもカビが繁殖しうるため、病室や自宅療養の部屋に土のある植物を置かない方が安全です。

マスクの着用

どうしても埃っぽい場所に行かなければならない場合は、N95マスクなど微粒子を防ぐ高機能マスクを着用してください。

抗真菌薬の予防投与

白血球の減少が長期間続く患者さんや造血幹細胞移植を受けた患者さんなど、リスクが特に高い場合には、抗真菌薬による予防内服が行われることがあります。予防投与はすべての方に必要なわけではなく、リスクの高い限られた場合にのみ行われます。

侵襲性肺アスペルギルス症は主に免疫力の低下した方がかかりやすい疾患ですが、適切な予防策と早期の対応によってそのリスクを減らすことが可能です。免疫抑制状態にある方は、日常生活での感染対策について主治医と相談し、リスクを下げる工夫を心がけましょう。

この記事の監修医師