

監修医師:
稲葉 龍之介(医師)
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福井大学医学部医学科卒業。福井県済生会病院 臨床研修医、浜松医科大学医学部付属病院 内科専攻医、聖隷三方原病院 呼吸器センター内科 医員、磐田市立総合病院 呼吸器内科 医長などで経験を積む。現在は、聖隷三方原病院 呼吸器センター内科 医員。日本内科学会 総合内科専門医、日本呼吸器学会 呼吸器専門医、日本感染症学会 感染症専門医 、日本呼吸器内視鏡学会 気管支鏡専門医。日本内科学会認定内科救急・ICLS講習会(JMECC)修了。多数傷病者への対応標準化トレーニングコース(標準コース)修了。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。身体障害者福祉法第15条第1項に規定する診断医師。
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特発性肺血鉄症の概要
肺内で末梢性のびまん性微小肺胞出血が反復することで、ヘモグロビンの代謝産物であるヘモジデリンが肺組織に沈着する疾患を総称して肺血鉄症といいます。肺ヘモジデローシスとも呼ばれます。肺血鉄症は膠原病、感染症などさまざまな疾患に合併しますが、そのうち原因が特定できないものを特発性肺血鉄症といいます。日本においては発症頻度は100万人あたり1.23人であり、男女差はないと報告されています。発症年齢は5歳以下が多数を占めており、それぞれの年次においては2歳が最多と報告されています。特発性肺血鉄症の原因
特発性肺血鉄症の明確な原因は現時点では不明です。ただし副腎皮質ステロイドを主体とした免疫抑制治療が有効なことがあるため、免疫学的機序の関与が推測されています。特発性肺血鉄症の前兆や初期症状について
特発性肺血鉄症では肺胞出血による急性呼吸障害および鉄欠乏性貧血と、進行した際には肺線維化、肺高血圧症、右心不全が認められます。その結果主要な症状としては、血痰、喀血、肺からの出血以外では説明ができない貧血が認められます。その他の症状には咳嗽、喘鳴、呼吸困難、易疲労感、体重増加不良などがあります。 しかし小児においては血痰、喀血が明らかではない場合も多いため注意が必要です。肺胞出血があっても少量であれば血液が中枢気道まで達しない場合や、血液を飲み込んでしまうことも多いためです。結果として貧血、易疲労感、体重増加不良のみが症状として認められることも少なくありません。また、出血の急性期には発熱を認めることもあり、反復性肺炎および鉄欠乏性貧血として経過観察されている場合もあります。さらに、間欠期にはまったく無症状であることもあるため注意が必要です。 血痰、喀血がない場合には症状から特発性肺血鉄症を疑うことは困難ですが、子どもの場合には小児科を受診してください。成人の場合には貧血、易疲労感、体重増加不良のみであれば内科を、血痰、喀血、咳嗽など呼吸器症状を認めた場合は呼吸器内科を受診してください。特発性肺血鉄症の検査・診断
主要臨床症状である血痰ない喀血、肺からの出血以外の原因では説明ができない貧血ないし咳嗽、喘鳴、呼吸困難、易疲労感、体重増加不良が認められ、胸部X線写真、胸部CT検査で肺区域の分布に一致しない境界不明瞭で肺容積の減少を伴わず、均質な部分と不均質な部分が混在する不規則な形の異常陰影を認める場合には肺胞出血の存在が疑われます。 特に胸部X線写真、胸部CT検査での異常所見が1~2週間で速やかに消失する点は特発性肺血鉄症の診断にいたる重要な所見であり、感染性肺炎では認められません。 血液検査においては典型的には小球性低色素性の鉄欠乏性貧血を呈しますが、肺胞出血が軽度の場合には貧血が明確ではないこともあります。また鉄欠乏性貧血にも関わらず血清フェリチン値が正常~高値となることが多い点が特徴的です。 出血が少量の場合には血液を飲み込むことがありますが、その結果便潜血が陽性になることもあります。 肺胞出血を来しているか否かは喀痰、胃液、気管支肺胞洗浄液中にヘモグロビンの代謝産物であるヘモジデリンを取り込んだマクロファージ(ヘモジデリン貪食肺胞マクロファージ)が存在するか確認する必要があります。そのため可能な場合には気管支鏡検査が行われます。採取した検体からヘモジデリン貪食肺胞マクロファージが証明され、血液検査、尿検査、各種培養検査、胸部造影CT検査、心臓超音波検査などで肺胞出血の原因となりうる以下の疾患群が除外された場合に特発性肺血鉄症と診断されます。- 全身性エリテマトーデス
- 若年性関節リウマチ
- 多発血管炎性肉芽腫症
- 顕微鏡的多発血管炎
- 抗糸球体基底膜抗体症(Goodpasture症候群)
- Heiner症候群
- Celiac病
- 薬剤性(D-ペニシラミン、コカインなど)
- 肺結核
- 気管支拡張症
- 外傷
- 異物
- 窒息
- 肺静脈圧亢進(肺高血圧症)
- 肺動静脈瘻
- 肺血栓塞栓症
- 出血傾向
- 腫瘍性病変
特発性肺血鉄症の治療
特発性肺血鉄症における定まった治療法は現時点で存在しません。日本においては副腎皮質ステロイドの投与、その他の免疫抑制薬の投与が一般的には行われています。また生命予後を改善するためには積極的な呼吸管理が必要であり、呼吸状態が悪化した際には酸素投与や人工呼吸器管理が行われます。さらに生命に危険が及ぶような出血、貧血を認めた場合には輸血が行われます。特発性肺血鉄症に対する副腎皮質ステロイド
副腎皮質ステロイドの初期投与量はプレドニゾロンを1日につき体重1kgあたり1~2mg(最大量は1日あたり60mg)とすることが多いと報告されています。数日以内に症状の改善を認めることが多い傾向にありますが、改善が乏しければメチルプレドニゾロンを1日につき体重1kgあたり30mg(最大量は1日あたり1000mg)投与するステロイドパルス療法が3日間行われます。初期投与量は少なくとも症状が改善し胸部X線写真で陰影がほぼ消失するまで継続し、2~4週間の後に漸減していきます。副腎皮質ステロイドの継続期間については、6ヶ月以上の長期投与、3ヶ月程度の中期継続投与などさまざまな方法がありますが、投与期間の違いによる再発予防効果は明確ではなく、また副腎皮質ステロイドを漸減していく際に特発性肺血鉄症が再発することもあるため注意が必要です。特発性肺血鉄症に対するその他の免疫抑制薬
副腎皮質ステロイドによる治療で改善が得られない場合や、副腎皮質ステロイドを減量することで特発性肺血鉄症の再燃が認められる場合にはほかの免疫抑制薬を併用します。具体的にはアザチオプリンを1日につき体重1kgあたり1.5~4mgを併用したり、シクロフォスファミドを1日につき体重1kgあたり1~2mgを併用したりすることが一般的です。その他にはヒドロキシクロロキンの投与も行われることがありますが、適応外使用かつ6歳未満には投与禁忌であることが問題点となっています。特発性肺血鉄症の治療反応性・予後
特発性肺血鉄症は過去には予後不良と考えられていましたが、現在は副腎皮質ステロイドによる治療で改善が得られることが多いと考えられています。ただし副腎皮質ステロイドの減量に伴い再発することが多いため、治療自体には難渋する傾向が認められます。また肺胞出血の頻回再発による肺線維症への進行や、肺高血圧症、右心不全の合併に注意が必要です。 また当初は特発性肺血鉄症と診断されていた場合でも、後にその他の自己免疫疾患を発症したとする報告もあるため、慎重な経過観察が必要となります。特発性肺血鉄症になりやすい人・予防の方法
特発性肺血鉄症の発症リスクとして遺伝素因、環境因子、免疫学的関与、アレルギーの関与が考えられています。また家族例での報告もありますが、現時点では特定の遺伝子異常は発見されていません。 環境要因としては受動喫煙や、屋外や湿気の多い屋内にみられるStachybotrys chartarumの吸引が挙げられます。Stachybotrys chartarumは毒素を産生し、多量に吸引することで肺胞基底膜に存在するコラーゲンⅣの合成を障害するため特発性肺血鉄症のリスクとされています。 特発性肺血鉄症の発症予防のためこれらを回避すること自体に問題はないと考えられますが、特発性肺血鉄症の明確な原因は現時点では不明であることは認識しておく必要があります。 また特発性肺血鉄症においては肺線維化の発症予防が重要となります。肺胞出血を反復することで肺線維化が生じるため、副腎皮質ステロイドの投与、その他の免疫抑制薬の投与に加えて、定期的な胸部X線写真、胸部CT検査に加えて血液検査で肺線維化のマーカーであるKL-6の測定や呼吸機能検査で肺線維化を発症していないか経過観察する必要があります。 肺線維症の発症が疑われた際には、心臓超音波検査による肺高血圧症、右心不全の評価も行われます。そのため確実な定期通院、治療継続が必要となります。また長期間の副腎皮質ステロイド投与、免疫抑制薬投与を要するためこれらの合併症予防が重要となります。特に日和見感染症は発症することで生命に危機が及ぶこともあるため、日頃からの感染対策が重要となります。関連する病気
- 全身性エリテマトーデス
- 関節リウマチ
- 抗GBM抗体病
- 多発血管炎性肉芽腫症
- 鉄欠乏性貧血
- 膠原病関連肺出血
- うっ血性心不全
参考文献




