

監修医師:
五藤 良将(医師)
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原発性線毛機能不全症候群の概要
原発性線毛機能不全症候群は、体内に存在する「線毛」とよばれる微細な毛状の構造物が正常に働かないことで起こる遺伝性疾患です。「線毛機能不全症候群」ともよばれ、2024年に厚生労働省の指定難病として認定されました。
線毛は、鼻から肺までの気道を覆う粘膜の表面に存在し、呼吸とともに侵入した病原体や異物を体外へ排出する役割を担っています。原発性線毛機能不全症候群では、線毛の動きが正常に機能しないため、慢性的な副鼻腔炎や気管支拡張症を引き起こし、咳や痰が長期間続くのが特徴です。また、線毛は精子の運動機能にも関わるため、不妊の原因となることもあります。
原発性線毛機能不全症候群の原因は、線毛の形成や働きに関わる遺伝子の異常です。原因遺伝子の約半数は、胎児の発育過程で内臓の位置を決める役割も担っているため、内臓が左右逆に配置される「内臓逆位」をともなう場合があります。
慢性副鼻腔炎、気管支拡張、内臓逆位の3徴候がみられる場合は、「カルタゲナー症候群」と呼ばれます。
現時点では根本的な治療法は確立されておらず、適切な呼吸管理と感染症の予防・治療が中心となります。
原発性線毛機能不全症候群は、およそ2万人に1人の割合で発症すると考えられており、日本国内の患者数は約5000人と推定されています。しかし、診断が難しく見逃されるケースも多いため、実際の患者数はもっと多い可能性も指摘されています。
原発性線毛機能不全症候群は命に直接関わることは少ないとされていますが、呼吸器症状の強さや呼吸機能の低下には個人差があります。肺炎や気管支炎を繰り返すことで呼吸機能が低下し、呼吸不全にいたる可能性もあるため、注意が必要です。

原発性線毛機能不全症候群の原因
原発性線毛機能不全症候群の原因は、線毛の形成や運動機能に関わる遺伝子の異常です。近年の研究により、50種類以上の関連遺伝子が特定されていますが、原因となる遺伝子が特定できないケースも多くあります。また、同じ遺伝子異常をもつ人でも、影響を受ける臓器や症状の重さが異なることが明らかになっています。
これらの遺伝子に異常が生じると、線毛の動きが低下し、気道や耳と鼻をつなぐ管(耳管)の粘液が正常に運ばれなくなり、病原体や異物を排出しにくくなります。その結果、慢性的な感染症や炎症が起こりやすくなります。
また、原因となる遺伝子の約半数は、胎児期の内臓の配置を決める役割も担っているため、内臓が左右逆に配置される「内臓逆位」や、先天性心疾患を合併することがあります。
原発性線毛機能不全症候群の前兆や初期症状について
原発性線毛機能不全症候群の主な症状は、咳や痰などの呼吸器症状です。症状があらわれる時期には個人差があり、生まれてすぐにみられることもあれば、生後数年経ってからあらわれることもあります。
新生児では、呼吸回数が増える(多呼吸)、咳、肺炎、肺がうまく膨らまない(無気肺)などの症状がみられます。また、内臓の位置が通常と逆になる「内臓逆位」や、先天性疾患がある場合は、出生時に指摘されることが多いです。
成人では、ほとんどの場合で気管支拡張症や細気管支炎がみられ、痰が絡んだ湿った咳が長引くことが特徴です。線毛が正常に働かないため、気道に病原体や異物が蓄積しやすく、慢性の炎症や感染症を繰り返します。その結果、肺炎や気管支炎を繰り返し、呼吸機能が低下して呼吸不全に至ることもあります。
また、線毛は精子の運動や卵管の輸送機能にも関与するため、不妊症や子宮外妊娠の原因となることもあります。
慢性副鼻腔炎や滲出性中耳炎は、小児・成人を問わず発症することがあります。慢性副鼻腔炎では、鼻水(鼻漏)、鼻づまり、痰が絡んだ咳などがみられ、滲出性中耳炎では、耳詰まりや難聴などの症状がみられます。
原発性線毛機能不全症候群の検査・診断
原発性線毛機能不全症候群の診断には、症状の確認に加え、鼻腔内の一酸化窒素(nNO)測定、線毛の構造や機能を調べる検査などが行われます。
長引く痰がらみの咳などの症状から原発性線毛機能不全症候群が疑われた場合、鼻腔の一酸化窒素を測定する検査が行われます。原発性線毛機能不全症候群では、鼻腔内の一酸化窒素の濃度が著しく低下することが知られています。
鼻腔の一酸化窒素が低値であった場合は、線毛を採取し、構造や機能をくわしく調べる検査を実施します。これらの検査には、電子顕微鏡を用いて構造の異常がないかを確認する検査や、高速度ビデオ撮影による繊毛運動の解析などがあります。
また、特定の遺伝子変異を調べる遺伝子検査も診断に役立ちます。原発性線毛機能不全症候群に関連する遺伝子は50種類以上が知られています。すべての原因遺伝子を特定するのは難しいとされていますが、遺伝子診断によって確定診断を得られるケースは増えています。
カルタゲナー症候群の患者では、生まれつき内臓位置が逆になっているため、この所見が診断の手がかりとなることもあります。
原発性線毛機能不全症候群の治療
原発性線毛機能不全症候群の根本的な治療法は確立されていませんが、呼吸機能を維持するための治療や感染症の予防・治療が行われます。年齢によってあらわれる症状も異なるため、耳鼻咽喉科や小児科、呼吸器内科など複数の診療科が連携しながら管理や治療を行います。
治療のひとつとして、痰を出すことで気道を清潔に保ち、慢性的な呼吸器感染症を防ぐ「気道クリアランス療法」という理学療法が行われます。気管支炎や肺炎を発症した場合には、抗菌薬による治療が必要になります。呼吸機能が低下して呼吸不全が進行した場合には、肺移植が検討されることもあります。不妊症の治療法としては、体外受精(顕微授精)などの生殖補助医療が有効な場合があります。
感染症の予防策では、肺炎球菌ワクチン、インフルエンザワクチンなどの接種が推奨されています。また、禁煙指導なども行われます。
原発性線毛機能不全症候群は、生涯にわたって治療を継続する必要がありますが、適切な呼吸管理と感染症の予防・治療を行うことで、症状の悪化を抑えることが可能です。運動も無理のない範囲で行うことができ、むしろ呼吸機能の向上に役立つという報告もあります。
原発性線毛機能不全症候群になりやすい人・予防の方法
原発性線毛機能不全症候群は遺伝性疾患のため、家族に同じ病気の人がいる場合や、血縁関係にある人同士の結婚では、発症リスクが高まる可能性があります。
原発性線毛機能不全症候群は、常染色体劣性遺伝という遺伝形式で遺伝するため、一対の遺伝子の両方に遺伝子異常があると発症します。両親がそれぞれ1つずつ遺伝子異常をもっている場合、その子どもが発症する確率は25%です。
一部の原発性線毛機能不全症候群は、常染色体優性遺伝やX連鎖性遺伝の形式で遺伝することがあり、後者の場合は、男性のみが発症します。
現時点では、原発性線毛機能不全症候群の発症を予防する方法は確立されていません。しかし、適切な呼吸管理と感染症の予防・治療を続けることで、生活の質(QOL)を維持することが可能です。呼吸機能の悪化を防ぐため、継続的な治療に加えて、ワクチン接種や日々の感染対策を徹底することが重要となります。
参考文献




