神経ベーチェット病
副島 裕太郎

監修医師
副島 裕太郎(横浜市立大学医学部血液・免疫・感染症内科)

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2011年佐賀大学医学部医学科卒業。2021年横浜市立大学大学院医学研究科修了。リウマチ・膠原病および感染症の診療・研究に従事している。日本内科学会 総合内科専門医・認定内科医、日本リウマチ学会 リウマチ専門医・指導医・評議員・登録ソノグラファー、日本リウマチ財団 リウマチ登録医、日本アレルギー学会 アレルギー専門医、日本母性内科学会 母性内科診療プロバイダー、日本化学療法学会 抗菌化学療法認定医、日本温泉気候物理医学会 温泉療法医、日本骨粗鬆症学会 認定医、博士(医学)。診療科目は一般内科、リウマチ・膠原病内科、アレルギー科、感染症科。

神経ベーチェット病の概要

ベーチェット病は、血管に炎症が起こる原因不明の病気です。全身のさまざまな血管に炎症が起こるため、さまざまな症状が現れます。口内炎、皮膚症状、眼症状などが代表的な症状として知られています。神経ベーチェット病は、ベーチェット病の中でも、脳や神経に炎症が起こることでさまざまな神経・精神症状を引き起こす病気です。欧州では病変の生じる部位により「脳実質病変」「非脳実質病変(血管病変に起因するもの)」に分類することが一般的です。日本では発症・進行形式を重視しており、「急性型」「慢性進行型」という 2 つの病型に分類しています。なかでも慢性進行型は認知障害や精神症状、体幹失調、構音障害が潜在的に出現・進行する病型で、日本を中心に提唱されている興味深い病型概念です。

神経ベーチェット病の原因

病気の原因はいまだ不明ですが、病気になりやすい遺伝素因を持ち(素因を持つとかならず病気になる「遺伝病」ではありません)、かつ環境因子(ウイルス・細菌などの微生物、食事・喫煙などの影響)が加わることで、病気を発症するのではないかと考えられています。

神経ベーチェット病の前兆や初期症状について

ベーチェット病でよく出る症状は以下になります(日本の診断基準の「主症状」)。
口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍
通常1〜3週間で治癒する「痛い」口内炎を、年に3回以上繰り返すのが特徴です。
皮膚病変
結節性紅斑様⽪疹(1~5 cm大の赤い「盛り上がり」がスネにできやすい)、⽑嚢炎様⽪疹(にきびのような皮疹が、にきびが通常できないような手足や体幹にできる)、針反応(採血のあとが「にきび」のようになる)などが出現します。
外陰部潰瘍
陰部に痛い潰瘍(傷が深くえぐれたようになった状態)ができます、男性は陰嚢(89%)>陰茎(5%)、女性は大陰唇(71%)>小陰唇(10%)にできやすいです。
眼病変
おもに眼のぶどう膜という部分に炎症が起こり、「眼の充⾎」「眼の痛み」「⾒えにくさ」「眩しさを強く感じる」といった症状が出ます。

ほかにも、以下のような症状が起こることもあります。

関節症状
関節の痛み・腫れなど
精巣上体炎
睾丸の痛み・腫れなど
消化管病変
腹痛、下痢・血便など
血管病変
動脈瘤(首や腕の血管に「コブ」ができる)、静脈血栓症(「足が腫れて痛い」)、肺血栓塞栓症(「息苦しい」「胸が痛い」)など

神経ベーチェット病では、タイプ別に以下のような症状が出ることがあります。

  • 急性型
    発熱、髄膜炎を疑う所見(頭痛、首を動かすのも痛い、吐き気など)、脳炎による脳神経の局所病変を示唆する所見(手足や顔の動かしにくさや感覚の異常など)が起こることがあります
  • 慢性進行型
    小脳失調による症状(歩きにくさ、喋りにくさ、排尿障害など)が起こって徐々に進行します、さらには認知機能障害や精神症状も出現することがあります

神経ベーチェット病が疑われる場合は、リウマチ膠原病内科脳神経内科(脳や神経の病気の専門家)を受診することが望まれます。
眼の症状がある場合には、眼科も急いで受診したほうがよいでしょう。

神経ベーチェット病の検査・診断

問診

ベーチェット病らしい症状や、神経に関する症状を確認します。

診察

口内炎などのベーチェット病に特徴的な症状がないか確認します。
また、神経学的診察で麻痺や感覚障害など神経症状の有無を確認します。

血液検査

病気が悪いときは、CRPや赤沈などの炎症反応が上昇することが多いです。
また「ヒト白血球抗原(HLA)」という白血球の血液型で「B51」という型を持つ人がベーチェット病の人には多い(約60%)といわれていますが、病気でないひとでも日本人であれば約15%はこの型を持っているため、「HLA-B51陽性=ベーチェット病」というわけではありません。「血液検査などでこの病気に特徴的なマーカーはみつかっていません。

髄液検査

急性型では細胞数や蛋白、「IL-6」という炎症の値が高くなることが多いです。
また慢性進行型では、IL-6がある値より高い状態が続くことが特徴です。

画像検査

MRI検査が特に有用で、脳や脊髄の炎症を詳細に描出できます。
慢性進行型では、脳幹・小脳という脳の部分の萎縮が特徴とされています。

神経ベーチェット病の治療

神経ベーチェット病では、以下の治療薬を用います。

コルヒチン

ベーチェット病の全般的な症状を抑えるために使う薬です。
日本からのデータでは、急性型神経ベーチェット病の再発を抑制したとも報告されています。

グルココルチコイド(ステロイド)

炎症を抑える効果が高い薬です。
神経ベーチェット病の急性期や重症例には、高用量のステロイド薬を投与します。

免疫抑制薬

神経ベーチェット病では、日本ではメトトレキサート、海外ではアザチオプリンを治療薬として使うことが多いです。
日本から、慢性進行型の神経ベーチェット病患者さんで、メトトレキサートを関節リウマチに準じた投与量(5.5-12.0 mg/週)で投与することにより、髄液IL-6が低下し精神・神経症状の進行が抑制され、寝たきりになる割合や死亡率が減少したと報告されています。

生物学的製剤

免疫システムの特定の物質を標的として炎症を抑える薬です。
日本ではTNF阻害薬(インフリキシマブ)が神経ベーチェット病に対して保険適用となっており、メトトレキサートで効果不十分な場合に使用することが多いです。
IL-6阻害薬(トシリズマブなど)の有効性を報告した論文もあります。

シクロスポリンは神経ベーチェット病を引き起こす可能性があることが知られており、ベーチェット病患者さんで使用中に神経病変を発症した場合には中止します。

神経ベーチェット病になりやすい人・予防の方法

ベーチェット病の好発年齢は20~40代で、男女比に大きな差はないといわれてきました。しかしこの20年ほどで「男性でHLA-B51陽性、眼病変もあり場合によって 神経病変を合併」という典型的なベーチェット病と患者さんは少なくなり、かわりに「女性でHLA-B51 陰性、皮膚粘膜病変と関節炎主体で場合によっては消化管病変合併」という患者さんが増加し、新規患者の年齢分布をみても女性が多くなってきています。

慢性進行型神経ベーチェット病については、

  • 若年発症
  • 男性
  • HLA-B51陽性
  • 喫煙

がその発症に関連していると報告されています。このなかでも喫煙は介入可能な部分であり、神経ベーチェット病の患者さんには禁煙を勧めるべきです。「症状が良くなったり(寛解)悪くなったり(増悪)することを繰り返す」ことがこのベーチェット病の特徴です。身体的・精神的ストレスや気候の変化が増悪のきっかけになることもあるため、ストレスを貯めずに規則正しい生活を送ることができるとよいです。

また口腔内の細菌がベーチェット病に関連するとの報告もあり、毎日の歯磨きと定期的な歯科検診をおすすめします。神経病変は20年間の累積死亡率は0-12%で、重篤な神経障害は 16-46%に残存すると報告されています。急性型で恐ろしいのは脳幹病変で、突然の呼吸停止も起こすこともあるため注意が必要です。また慢性進行型も未治療で経過すると小脳失調・認知機能障害・精神症状が進行していくため、患者さんの生活の質や生命予後のことを考えると、診断・治療介入の必要性は高い病態です。


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