

監修医師:
勝木 将人(医師)
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2016年東北大学卒業 / 現在は諏訪日赤に脳外科医、頭痛外来で勤務。 / 専門は頭痛、データサイエンス、AI.
目次 -INDEX-
多系統萎縮症(MSA)の概要
多系統萎縮症 (multiple system atrophy:MSA)は、脳幹を中心とした中枢神経系(大脳、脳幹、小脳、脊髄からなる神経組織)に変性を生ずる疾患です。原因(感染症、腫瘍、血管障害、中毒、奇形、脱髄疾患、栄養障害や自己免疫疾患などによらない)の明らかでない神経細胞脱落を起こす現象を病理学的に変性と言います。臨床的には排尿障害や起立性低血圧などの自律神経障害と歩行時のふらつきや呂律の回りが悪いなどの小脳性運動失調、無動や固縮などのパーキンソニズムを主体とします。診断は問診(家族歴の有無)、神経所見、画像所見、検査所見から総合的に判断されます。鑑別疾患には、遺伝性の脊髄小脳失調症 (SCA) があり、遺伝疾患には共有性があるため、親子や兄弟姉妹間・親戚で病気が認められるため、孤発性か遺伝性かの鑑別は重要となります。多系統萎縮症(MSA)の原因
現在のところ正確な原因は完全には解明されていません。MSAは、孤発性脊髄小脳変性症に対する総称であり、小脳性失調を主徴とするオリーブ橋小脳萎縮症(Olivopontocerebellar atrophy:OPCA)、パーキンソニズムを主徴とする線状体黒質変性症(striatonigral degeneration:SND)、自律神経障害を主徴とするShy-Drager症候群(Shy-Drager syndrome:SDS)の臨床症状および病理所見を包括する疾患概念です。病理所見は、小脳皮質、橋核、オリーブ核、線条体、黒質、脳幹、脊髄(中間質外側核、onuf核など)や大脳皮質運動野などに神経細胞の変性・脱落や、不溶化したα-シヌクレイン(α-Syn)がオリゴデンドロサイトに異常蓄積し、グリア細胞質内封入体(Glial cytoplasmic inclusion:GCI)を形成します。これが神経細胞の機能障害を引き起こす原因の一つと考えられています。またMSAは遺伝疾患ではありませんが、ごくまれに家族内発症の報告例があり、発症に関与する可能性のある遺伝子が複数特定されています。さらにMSAは50歳以降に発症することが多く、年齢も発症の要因の一つと考えられています。多系統萎縮症の患者数
令和元年度末の統計によると、日本全国でMSAの患者数は11,387人と報告されています。多系統萎縮症(MSA)の前兆や初期症状について
小脳性の運動失調 (体幹のふらつき、歩行時のふらつき、呂律が回りづらいなどの言語障害、ターゲットに近づくと手指が震える企図性振戦、ボタンが掛けづらくなるなどの手指の巧緻運動障害など)が初発症状として認められます。また、病初期に交感神経節前神経が障害されると自律神経障害(起立性低血圧、切迫性尿失禁、残尿、便秘や下痢など)が初発症状となります。MSAでは1)自律神経障害、2)パーキンソニズム(動作緩慢・無動・姿勢反射障害や筋固縮など)、3)小脳症状のうち、2つあてはまることで臨床的に疾患の可能性が高くなります。多系統萎縮症の病院探し
脳神経内科(または神経内科)の診療科がある病院やクリニックを受診して頂きます。多系統萎縮症の経過
徐々に発症し、経過は緩徐進行性です。MSAの場合は発症後平均約5年で車椅子使用、約8年で臥床状態となり、罹病期間は9年程度と報告されています。進行すると嚥下機能障害・呼吸障害(上気道閉塞、中枢性無呼吸)や排尿機能障害を認め、誤嚥性肺炎や尿路感染症を合併します。多系統萎縮症(MSA)の検査・診断
1) 問診 家族歴、遺伝性の有無と症状の経過(発症時期や進行状況など)を詳しく聴取します。しかし、受診されてすぐに家族歴を伺っても全てを正直に話してくれる患者さん・家族はごく少数です。なかなか言い出しにくいデリケートな分野であるので、次回に仕切り直すなど、時間をかけて聴取することが大切となります。 2)神経学的診察 小脳症状(体幹・四肢の運動失調や企図時振戦、眼球運動障害など)や錐体外路症状(筋強剛や動作緩慢、無動など)、自律神経症状(起立性低血圧、排尿障害など)の有無を確認します。 3)画像検査 頭部MRI画像で小脳や脳幹の萎縮を確認します。MSAでは橋の中部には、十字サインが見られます。別名、(ホットクロスバンサイン:Hot Cross Bun sign)と言います。またほかの障害部位として中小脳脚や大脳基底核の萎縮(被殻外側の萎縮と鉄沈着所見)も特徴的でありMRIで確認できます。場合によっては頭部CT画像も実施します。 4) 生理学的検査 神経伝導速度検査や針筋電図検査、自律神経機能検査を行います。起立試験(シェロングテスト:Schellong test)は、ベッドサイドで起立性低血圧の有無を判定する検査で、血圧計を用意するだけで簡易に実施できます。起立後3分以内に収縮期血圧20mmHgまたは拡張期血圧10mmHg以上低下が持続すると陽性と判断します。また、残尿測定やCVR-R検査も自律神経障害を調べる上で行います。鑑別診断
遺伝性のSCAや二次性の脊髄小脳変性症を鑑別します。家族や親戚に同じような症状を認める場合は遺伝子検査を実施します。特に我が国に多い特定の遺伝子変異(SCA3、SCA6、SCA1、SCA31、DRPLAなど)を優先的に確認します。また、脳血管障害や腫瘍、アルコール中毒、ビタミンB1、12、葉酸欠乏、薬剤性(フェニトインなど)、中枢神経の炎症性疾患[神経梅毒、多発性硬化症、傍腫瘍性、免疫介在性小脳炎(橋下脳症、グルテン失調症、抗GAD抗体小脳炎)]、甲状腺機能低下症なども鑑別します。 詳しくは、日本神経学会・厚生労働省「運動失調症の医療基盤に関する調査研究班」監修、「脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン」作成委員会編集の脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018を参照下さい。多系統萎縮症(MSA)の治療
残念ながら、現時点では根本的治療薬はまだありません。患者さんの生活の質を可能な限り維持するための対症療法が主体となります。 運動失調症に対しては甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)製剤のプロチレリン酒石酸塩(注射薬)、TRH誘導体であるタルチレリン水和物(内服薬)が使われます。これらは甲状腺ホルモンの分泌を促し、身体の活動を高め、神経系の働きを活発にして、失調症状を改善する作用があると考えられています。 パーキンソニズムがあった場合は、抗パーキンソン病薬は初期にはある程度、有効なので試す価値はあります。 自律神経障害への対応、特に起立性低血圧に対しては、弾性ストッキングの着用や薬物療法(ミドドリン塩酸塩、ドロキシドパの内服など)を行います。 睡眠時の呼吸障害への対応は、持続的気道陽圧法(CPAP)や非侵襲的陽圧換気(NPPV)を導入することがあります。重症化した場合は、気管切開が必要となることもあります。 嚥下機能障害が進行した場合の栄養管理は、経鼻胃管あるいは胃瘻の造設を行うこともあります。 疾患そのものを改善させる治療法がない中では、四肢体幹の運動機能や構音嚥下機能などの維持・改善、廃用・拘縮予防のために、リハビリテーションがとても重要になります。多くが緩徐進行性のため、疾患病期に合わせたバランス訓練、歩行訓練、手の巧緻運動訓練、言語訓練を行うことが大切です。多系統萎縮症の対処法
日常生活では、体幹・下肢の失調症状、歩行時のふらつきのため、転倒に注意しなければなりません。自宅の玄関・廊下・トイレやお風呂などに手すりを設置する、また段差による躓きを防止するために、水回りや床はバリアフリーにするなどの生活環境の工夫が大切です。 嚥下機能障害には、食形態の工夫も大切です。パサパサした食材は口腔内でバラけるため誤嚥の原因となりやすく、とろみを付けたり、細かく刻むなどの工夫を行い飲み込みやすくします。また唾液の誤嚥により誤嚥性肺炎の合併も起こり得るため、口腔内のケアも欠かせません。歯科診療と併せてケアすることが重要です。 多系統萎縮症は厚生労働省の特定疾患(神経難病)に指定されており、治療費の助成を受けることができます。多系統萎縮症(MSA)になりやすい人・予防の方法
現在の医学的知見では明確な回答はなく、ごくまれに家族内発症が見られることがあり、一部の症例では遺伝子変異が同定されていますが、特定の人に多いということはありません。MSAは原因不明の神経変性が主な原因であり、確立された予防法はありません。しかし、一般的な健康管理(バランスの取れた食事、適度な運動、十分な睡眠など)が重要です。また、定期的な健康診断を受け、異常を感じた場合は、速やかに脳神経内科の診察を受けることが大切です。参考文献
- 伊藤規絵著:ねころんで読める歩行障害 メディカ出版,大阪,2023
- 多系統萎縮症(1)線条体黒質変性症(指定難病17)
- https://neurology-jp.org/guidelinem/sd_mst/sd_mst_2018.pdf




