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仮面症候群
栗原 大智

監修医師
栗原 大智(医師)

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2017年、横浜市立大学医学部卒業。済生会横浜市南部病院にて初期研修修了。2019年、横浜市立大学眼科学教室に入局。日々の診察の傍らライターとしても活動しており、m3や日経メディカルなどでも連載中。「視界の質=Quality of vision(QOV)」を下げないため、診察はもちろん、SNSなどを通じて眼科関連の情報発信の重要性を感じ、日々情報発信にも努めている。日本眼科学会専門医。

仮面症候群の概要

仮面症候群とは、本来の疾患があたかも別の疾患に見えるような症状や所見を呈する状態を指す医学用語です​。
名前のとおり、病気が仮面をかぶって隠れているという意味で、眼科では非炎症性の疾患が眼の中の炎症(ぶどう膜炎など)に類似した症状を起こす場合にこの名が使われます​。
例えば、本当は腫瘍が原因であるにも関わらず、目の充血や視力低下など炎症性疾患と紛らわしい症状が現れることがあります。

仮面症候群という概念は1967年に眼の結膜のがんが慢性結膜炎に見えた症例で初めて提唱されました​。原因となる隠れた病気のなかには命に関わるものもあるため、正確な診断と早期治療が重要です​。

仮面症候群の原因

眼科で仮面症候群を引き起こす原因疾患としては、悪性腫瘍(がん)が最も多いことが知られています​。成人では眼内に発生する悪性リンパ腫や、乳がん・肺がんなどほかの臓器のがんが目に転移して起こる転移性腫瘍が代表的です​。小児では網膜にできる悪性腫瘍である網膜芽細胞腫や、白血病細胞が眼に浸潤する症例がよく見られます​。

これらの腫瘍以外にも、目の中の悪性黒色腫や、全身のがんに伴って起こる傍腫瘍症候群なども炎症を装うことがあります​。まれに遺伝性の網膜変性疾患や慢性的な網膜剥離がぶどう膜炎と似た症状を呈することも報告されています​。なお、結膜や角膜など眼表面の病変でも、結膜のがんが結膜炎に見える場合は、これも仮面症候群と呼ばれることがあります​。

仮面症候群の前兆や初期症状について

仮面症候群の初期症状は、それが仮面をかぶっている元の疾患が何であるかによって異なります。多くの場合、目の中の炎症であるぶどう膜炎と似た症状が現れます。具体的には、視界に霧がかかったように見える、黒い点や虫のような影が飛んで見える(飛蚊症)、目の充血や痛み、まぶしさを感じる、といった症状です。これらは一見すると一般的な眼炎症と同じですが、仮面症候群の場合はステロイド点眼など通常の治療に反応しにくいことが特徴です​。

ぶどう膜炎に対する治療をしても炎症が良くならなかったり、いったん治まってもすぐ再発を繰り返す場合には注意が必要です。また高齢で初めてぶどう膜炎様の症状が出た場合や、全身に悪性腫瘍がある方の眼症状では、初期の段階から仮面症候群を疑うことも重要です。これらの症状がみられたら早めに眼科を受診してください。眼科医が診察によって仮面症候群が疑わしいと判断した場合は、必要に応じて全身の精密検査や腫瘍内科など専門医への紹介を行います。

仮面症候群の検査・診断

仮面症候群が疑われる場合、眼科検査と必要な場合は全身検査を行います。

まず、屈折検査、視力検査や眼圧検査を行い、見え方の変化や眼圧の変化を確認します。細隙灯顕微鏡などによる眼科診察で角膜から網膜まで観察し、ぶどう膜炎と典型的でない所見を確認します。そして、通常は瞳孔を開く点眼薬を用いて眼底検査を行います。眼底検査では鑑別に重要となる炎症の所見や網膜および視神経の状態などの確認をします。そして、隅角検査を行い、炎症性疾患に隅角結節など特徴的な所見の有無を確認します。

また、眼底の評価が困難な場合には、超音波検査を行う場合があります。超音波検査は超音波を使い、眼内に腫瘍がないか、網膜剥離の有無などを調べることができます。

さらに、炎症が通常治療に反応しない場合は、確定診断のために眼内の液体を採取して細胞診断(硝子体生検)を行うことがあります​。採取した検体を顕微鏡で調べ、悪性リンパ腫であればリンパ腫細胞が確認されます。また、リンパ腫が疑われる場合、眼の中のサイトカイン検査でIL-10という物質が上昇していないか調べることがあります。必要に応じてMRIやCTなどで脳や身体の詳しい画像検査を行い、眼以外に病変がないか確認します​。

このようにして、通常の炎症性疾患か仮面症候群によるものかを鑑別します​。

仮面症候群の治療

仮面症候群の治療は原因疾患に応じて方法は変わります。炎症そのものを抑えるだけでは不十分で、原因となっている病気に対する治療が必要です。原因が悪性腫瘍の場合、その種類に応じた治療(手術や放射線治療、化学療法など)を行います。

例えば、眼内悪性リンパ腫であれば、眼には硝子体内抗がん剤注射や放射線照射など局所治療を行いつつ、将来的に中枢神経へ広がるリスクに備えて全身化学療法を併用することがあります​。転移性の眼内腫瘍では原発巣に対する治療が主体となり、眼の症状に対しては放射線治療や薬物療法で対症療法を行います。

小児の網膜芽細胞腫であれば、化学療法やレーザー凝固、冷凍凝固術など眼を温存する治療を検討し、腫瘍が大きい場合は命を守るため眼球摘出術が行われることもあります。幸い近年の治療の進歩により、以前よりも多くの患児で救命が可能となっています。一方、炎症に見えていた原因が遺伝性網膜疾患や網膜剥離であれば、それ自体の治療を行います。

また、治療方針の決定には、病理診断の確定が欠かせません。特に悪性リンパ腫の場合、治療の選択肢として局所療法(硝子体内抗がん剤注射や放射線療法)に加え、全身化学療法の適応を判断するために、中枢神経系の評価が必要となります。新たな治療選択肢として、分子標的薬(BTK阻害薬など)の有効性が検討されており、これにより従来よりも長期生存率の向上が期待されています。さらに、免疫療法の進歩により、一部の患者さんでは副作用を抑えながら腫瘍の制御が可能になっています。

このように仮面症候群の原因および治療は多岐に渡るため、眼科医のみならず腫瘍科や小児科など関連診療科と連携して医療が提供されます。

仮面症候群になりやすい人・予防の方法

仮面症候群は特定の生活習慣などで予防できるものではありませんが、どのような方に起こりやすいかはその原因疾患から推測できます。例えば、眼内悪性リンパ腫は中高年(50~60代以降)に多いため、この年代で原因不明のぶどう膜炎症状が出た場合は注意が必要です。

また、乳がんや肺がんなどすでにがんの治療を受けた方が眼の不調を訴える場合、それが転移による仮面症候群の可能性もあります。
小児では5歳以下で網膜芽細胞腫が発生することが多く、特に家族に同じ病気の患者さんがいる場合は幼児期から定期的に眼科検診を受けることが推奨されます。

残念ながら仮面症候群そのものを防ぐ方法は確立していません。しかし、早期発見によって失明や死亡のリスクを下げることは可能です​。

仮面症候群のリスクを低減するためには、定期的な眼科検診が重要です。特に、がんの既往歴がある患者さんや自己免疫疾患を有する患者さんは、視力変化や飛蚊症のような軽微な症状でも早期に眼科医を受診し、適切な検査を受けることが推奨されます。また、家族歴がある場合には、遺伝子検査や定期的な画像診断を活用することで、発症リスクを把握し、早期診断につなげることが可能です。

日頃から片目ずつの視野や視力の状態に注意し、治療に反応しない目の炎症が続く場合には放置せず専門医を受診することが最大の予防方法となります。


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