

監修医師:
五藤 良将(医師)
目次 -INDEX-
鉄欠乏性貧血の概要
鉄欠乏性貧血は、体内の鉄分が不足することで引き起こされる貧血の一つです。
貧血とは、赤血球数や血中のヘモグロビン濃度が正常値より低下した状態を指します。鉄は赤血球中のヘモグロビンの主要な構成要素であり、酸素を体中に運び、ATPやDNAを生成する役割を果たしています。
食事から吸収された鉄は、血液中の鉄(血清鉄)として全身へ運ばれ、一部は肝臓に貯蔵されます。大部分の鉄は骨髄でヘモグロビンの材料となります。体から排出される鉄が腸から吸収される鉄を上回ると鉄欠乏は徐々に進行します。まず貯蔵鉄が減少し、次に血清鉄が減少、最終的にヘモグロビンが減少して貧血症状が現れるのです。
鉄欠乏性貧血は最も一般的な貧血の一つで、特に女性に多く見られます。日本では、成人女性の約20%が鉄欠乏状態にあるとされています。
鉄欠乏性貧血の原因
鉄欠乏性貧血は主に下記の原因が挙げられます。
鉄分の摂取不足と吸収障害
鉄分は体内で合成できないため、日々の食事から摂取する必要があります。
厚生労働省の指針によると、18~49歳の男性は1日7.5mg、女性は6.5mgの鉄分摂取が推奨されています。特に月経のある女性は1日10.5mgが望ましいとされています。
鉄分の摂取不足は、偏食や極端なダイエット、不規則な食生活などにより起こります。特に朝食を抜くことや、偏った食生活は鉄分不足のリスクを高めます。
胃切除後や炎症性腸疾患、セリアック病などの疾患は、腸管からの鉄分吸収を妨げます。また、ヘリコバクター・ピロリ菌感染は、萎縮性胃炎を引き起こし胃酸分泌を低下させます。胃酸は食物中の三価鉄(Fe³⁺)を、腸管で吸収されやすい二価鉄(Fe²⁺)へ還元する働きがあるため、胃酸の減少は鉄の吸収効率を著しく低下させる要因となります。
鉄分の喪失
鉄分喪失の主な原因は慢性的な出血です。女性の場合、月経期には1日あたり約0.5㎎の鉄を消費するといわれています。
そのほか、消化器系疾患(胃・十二指腸潰瘍、大腸ポリープ、痔など)、婦人科系疾患(子宮筋腫など)、さらには悪性腫瘍(胃・大腸がん、子宮がんなど)による出血が含まれます。頻回の献血も鉄分喪失の原因となります。
鉄需要の増加
子どもの思春期や妊娠・授乳期は鉄需要が増加する時期です。成長期は筋肉や血液を作るために多くの鉄を必要とします。暑い時期やスポーツで汗をかくことでも、鉄は消費されやすいです。
また、妊娠初期は1日あたり+2.5mg、中期以降は+9.5mgの鉄の追加摂取が推奨されており、授乳期も+2.0mgが目安とされています(日本人の食事摂取基準2020年版より)。
鉄欠乏性貧血の前兆や初期症状について
鉄欠乏性貧血は、肝臓や脾臓に蓄えた貯蔵鉄が徐々に不足することで以下の症状が現れます。
- 倦怠感
- 集中力の低下
- イライラする
- 氷を食べたくなる(異食症)
- 便秘
初期段階では見過ごされやすい鉄欠乏性貧血は、放置すると日常生活や仕事にも影響を及ぼしかねません。疲れやすさや抑うつ症状、集中力・記憶力の低下、認知能力の低下なども鉄不足が関与している可能性があります。
また、鉄欠乏性貧血が進行すると、以下のようなさまざまな症状が現れます。
- 疲労感
- 倦怠感
- 息切れ、動悸
- めまい、立ちくらみ
- 舌の痛みや口角炎
- 爪の色が白い
- 皮膚の乾燥や抜け毛
このほかの症状として、むずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群)も挙げられます。むずむず症候群とは、安静にしていると脚がピリピリしたり、痛みや痒みなどの強い不快感が現れる症状のことです。
これらの症状がみられる場合は、内科を受診しましょう。鉄欠乏貧血の原因に合わせて、血液内科、消化器内科、婦人科などの専門科を紹介することもあります。
鉄欠乏性貧血の検査・診断
鉄欠乏性貧血の診断は主に血液検査によって行われます。具体的には、下記の項目を確認します。
- 平均赤血球容積(MCV)が80fl未満の小球性貧血である
- 血清鉄が低下している
- 総鉄結合能(TIBC)が360μg/dl以上と高値
- フェリチンが12ng/mL未満に低下している
(※一般的にフェリチンが12ng/mL未満は鉄欠乏とされますが、慢性炎症や感染症を伴う場合にはフェリチン値が実際より高く見積もられることがあり、30ng/mL未満でも鉄欠乏を疑う必要があります。)
特にフェリチンと総鉄結合能(TIBC)の値は鉄欠乏性貧血の診断において大切な指標とされています。
より詳細な検査が必要な場合は、不飽和鉄結合能(UIBC)の値の増加を確認します。UIBCは、トランスフェリンと結合していない(結合可能な)鉄の割合を示します。鉄欠乏性貧血では、血清鉄が不足し貯蔵鉄から補われた鉄がトランスフェリンと結合していないため、UIBCが増加します。
診断後は原因の特定が必要です。女性の場合は婦人科疾患、閉経後の女性や男性は消化管疾患の確認が行われます。便潜血検査も実施されることがあり、陽性の場合は胃カメラや大腸カメラなどの精密検査が必要になる場合もあります。
鉄欠乏性貧血の治療
鉄欠乏性貧血の主な治療法は経口鉄剤の服用です。一般的に1日50~100mgの鉄剤を処方し、フェロミアなどが広く使用されています。
治療効果は段階的に現れ、開始後数日で網状赤血球が増加し、7~10日で最高に達します。ヘモグロビンは1~2週間で増加し始め、6~8週間で正常化しますが、貯蔵鉄を満たすためにさらに3~4ヶ月の継続が必要です。
副作用として悪心、嘔吐、便秘、下痢などの消化器症状が約10~20%の患者さんに出現することがあります。これらの症状は約1~2週間程度で改善することが多いですが、症状が強い場合は鉄剤の変更や服用方法の調整が可能です。
例えば、インクレミンシロップは消化器症状が比較的少ないため、副作用の強い患者さんに適しています。また、フェロミア顆粒の減量も選択肢の一つです。経口鉄剤の副作用が強すぎる場合や、消化器疾患がある場合などには静注鉄剤の使用を検討します。ただし、アナフィラキシーショックのリスクや過剰投与に注意が必要です。
治療効果は定期的な血液検査で確認し、6~8週間で貧血が改善しない場合は、鉄の喪失が継続している可能性や吸収障害の可能性を検討します。月経のある女性では長期的な鉄剤投与が必要な場合があります。副作用で困った場合は自己判断で中止せず、必ず医師に相談してください。
鉄欠乏性貧血になりやすい人・予防の方法
鉄欠乏性貧血は以下に該当する人がなりやすい傾向にあります。
- 妊娠中や授乳中の女性
- 月経量の多い女性
- 成長期の子供や青少年
- 高齢者
- 偏食、ダイエット中の人
- スポーツ選手や激しい運動をする人
- 胃切除や消化管手術を受けた人
予防には、バランスの取れた食事が重要です。鉄分を多く含む食品(レバー、赤身肉、貝類、海藻、緑黄色野菜、大豆製品など)を積極的に摂取しましょう。特に、赤身肉や魚介に含まれるヘム鉄は吸収率が高いです。また、ビタミンCを同時に摂取することで、海藻や緑黄色野菜などの非ヘム鉄の吸収効率も上がります。
一方で、緑茶や紅茶、コーヒーに含まれるタンニンは鉄の吸収を阻害するため、食事中の摂取は控えめにしましょう。また、タンパク質、ビタミンB12、葉酸、ビタミンB6、銅なども赤血球の産生に関わるため、バランスの良い食事を摂ることが大切です。
毎日の食事から鉄分を摂ることが難しい場合は、医師の指導のもとサプリメントで補うことも検討しましょう。ただし、過剰摂取のおそれがあるため、あくまでも食事改善を基本とすることが大切です。また、喫煙は、胃酸分泌を抑えて、鉄の吸収を妨げるため控えることが望ましいです。
定期的に健康診断を受けることで、早期に鉄欠乏を発見し、対処することができます。鉄欠乏性貧血のリスクの高い人は、食生活の見直しを心がけましょう。
参考文献




