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睡眠薬にアルツハイマー病予防効果がある可能性を発表【医師による海外医学論文解説】

 公開日:2023/06/19

アメリカのワシントン大学らの研究グループは、スボレキサントという睡眠薬が、アルツハイマー病の予防に有用である可能性を示唆するデータが得られたと発表しました。この研究結果は、2023年3月10日に「Annals of Neurology」に掲載されました。こちらの研究発表について甲斐沼医師に伺いました。


甲斐沼 孟

監修医師
甲斐沼 孟(上場企業産業医)

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大阪市立大学(現・大阪公立大学)医学部医学科卒業。大阪急性期・総合医療センター外科後期臨床研修医、大阪労災病院心臓血管外科後期臨床研修医、国立病院機構大阪医療センター心臓血管外科医員、大阪大学医学部附属病院心臓血管外科非常勤医師、大手前病院救急科医長。上場企業産業医。日本外科学会専門医、日本病院総合診療医学会認定医など。著書は「都市部二次救急1病院における高齢者救急医療の現状と今後の展望」「高齢化社会における大阪市中心部の二次救急1病院での救急医療の現状」「播種性血管内凝固症候群を合併した急性壊死性胆嚢炎に対してrTM投与および腹腔鏡下胆嚢摘出術を施行し良好な経過を得た一例」など。

研究グループが発表した内容とは?

アメリカのワシントン大学らの研究グループが発表した研究内容について教えてください。

甲斐沼孟医師甲斐沼先生

今回の研究はアメリカのワシントン大学らの研究グループが実施したもので、学術誌のAnnals of Neurologyに掲載されているものです。研究グループは、これまでの研究から質の低い睡眠が脳内のアミロイドβとタウのレベルの増加に関連していることを突き止めていましたが、良質な睡眠がこれらのタンパク質のレベルを減らすのか、そしてアルツハイマー病の進行を止めることができるのかはわかっていませんでした。今回の研究では、認知障害のない45~65歳の38人を対象に、睡眠薬のスボレキサント10mg投与群として13人、スボレキサント20mg投与群として12人、プラセボ(偽薬)投与群として13人に振り分けました。対象者はスボレキサントまたはプラセボ(偽薬)を午後9時に投与し、投与の1時間前から36時間にわたって2時間ごとに少量の脳脊髄液を採取しました。その結果、初回採取から6時間後に採取した脳脊髄液中のアミロイドβのレベルを基準として、プラセボ(偽薬)投与群と比べてスボレキサント20mg投与群では、初回採取から12〜18時間の間に採取した脳脊髄液中のアミロイドβのレベルが10~20%低下していることが明らかになりました。また、タウのリン酸化レベルも、プラセボ(偽薬)投与群と比べてスボレキサント20mg投与群では、複数の時点で10〜15%低下していたということです。一方、スボレキサント10mg投与群とプラセボ(偽薬)投与群の間には有意な差は認められませんでした。研究グループは、「毎晩スボレキサントを飲み始めるべき理由として解釈するには時期尚早だ」としつつも、「結果は極めて有望なものだ。入手可能で、安全性も証明されている不眠症の薬が、さらにアルツハイマー病の発症に関わる重要なタンパク質の量にも影響を与えることを示すエビデンスが得られた」とコメントしています。

アルツハイマー病とは?

今回の研究で取り上げられたアルツハイマー病について教えてください。

甲斐沼孟医師甲斐沼先生

アルツハイマー病とは最も一般的な種類の認知症で、脳が適切に機能しなくなったときに発生する症状全体に対する疾患名です。アルツハイマー病は記憶、思考、行動に問題が起こり、初期段階では認知症の症状はごく少しかもしれませんが、疾病は次第に脳に損傷を与えて、症状が悪化していきます。進行速度は人によって異なりますが、アルツハイマー病の患者の平均余命は発症してから8年と言われています。今のところ進行を止める治療法は確立されていませんが、世界中で治療薬の開発研究は進められており、最近も大手製薬会社のエーザイによる「レカネマブ」という薬のFDA = アメリカ食品医薬品局への段階的承認申請が完了したことがニュースになっていました。

発表内容への受け止めは?

アメリカのワシントン大学らの研究グループによる発表内容への受け止めについて教えてください。

甲斐沼孟医師甲斐沼先生

スボレキサント(商品名ベルソムラ)という睡眠薬は、不眠症の治療薬として米食品医薬品局(FDA)に承認されているオレキシン受容体拮抗薬のひとつであり、覚醒を促す脳内物質のオレキシンが受容体と結合するのを阻害して、睡眠を促す作用を発揮します。今回の研究内容自体は、小規模な試験であり、長期的なスボレキサントの服用が脳の認知機能低下の抑制に実際のところ有効的かは判明していません。また、長期的な服用が有効である場合には、具体的にどの程度の量を、どのような背景を有する人に投与すれば有用かも不明であるので、さらに症例を積み重ねる必要があります。引き続き詳細な検討が必要ですが、今回の医学研究を受けて、オレキシン受容体拮抗薬であるスボレキサントを服用することで、脳内のアミロイドβや過剰リン酸化タウのレベルを継続的に低下させることができれば、脳神経細胞の死滅を減らせてアルツハイマー病の発症を予防する効果が期待できると言えます。

まとめ

アメリカのワシントン大学らの研究グループが、スボレキサントという睡眠薬が、アルツハイマー病の予防に有用である可能性を示唆するデータが得られたと報告したことが今回の研究発表でわかりました。超高齢化社会が進む日本ではアルツハイマー病への関心も高く、こうした研究は注目を集めそうです。

原著論文はこちら
https://pmc.carenet.com/?pmid=36897120#

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